第1話

文字数 1,976文字

昭和の石川県の母ちゃんたちは、みんな、しっかり者だった。

というのも、昭和の石川県の父ちゃんたちの頭の中は祭りで占められていたので、しっかりせざるを得なかったのだ。

子ども歌舞伎、神輿、山車、火祭り、燈籠祭り、来訪神、はだか祭り等々、多分、日本のあらゆる形態の祭りが、昭和の石川県には存在したと思う。

昭和の石川県には、集落の数だけ祭りがあった。

都会で祭りというと、浴衣で神社にお参り、お面に金魚すくい、たこ焼き、綿あめ・・・というイメージだ。

私が生まれ育ったのは、口能登(くちのと)の60件ほどの小さな集落だった。

祭りのメインは、天狗の棒ふりとムカデ獅子の獅子舞、神輿を木遣りに合わせて担いだ。

祭りは、8月のお盆の翌週の週末で、集落の全ての村人、総出の行事だった。

『男として成長する』こととは、祭りに夢中になり、頭の中が祭りで占められていき、祭りの采配が立派にできるようになることと同じだった。

* * *

祭りには、親戚や日頃お世話になっている人々をヨブ(招待する)。

ヨバレた(招待された)人は、お酒、梨や葡萄、お菓子にジュース、アイスクリームといったお土産をもってヨバレる。

部屋を仕切っていた襖が取り払われると、30畳ほどの広間になった。

そこに、10人座れる座卓が5つ並んだ。

祭りの料理とお酒を仕切るのは、母ちゃんの役目だった。

お煮染め、お刺身、にぎり寿司にオードブル、たくさんの料理が座卓に並んだ。

祭りに欠かせないのは、母ちゃんの作った笹寿司だ。

石川県民は、自分の母ちゃんが作った笹寿司が、世界で一番美味しい笹寿司だと信じている。

* * *

祭りというと、男は朝から酒を飲んでもいい、一年でも数少ない日だ。

昭和の父ちゃんたちは、信じられない量の酒を飲んだ。

私の父の紺屋町の父ちゃん、母の兄の荻谷(おぎのやち)の父ちゃん、母の弟の金沢の父ちゃんの3人で、祭りの日の朝から飲み始め、次の日の朝まで、6升を空けたという伝説が残っている。

父ちゃんたちが祭りで飲むのは、いつも日本酒だった。

8月の暑い夏でも、お燗の酒を飲んだ。

酒器は、はじめは猪口だが、そのうちに湯飲みになった。

* * *

荻谷(おぎのやち)の父ちゃんは、酒を飲むとき、割り箸を割らず箸先を汚さなかった。

妹である私の母に、「せっかくの祭りのご馳走に手をつけんのは失礼やろ」と叱られた。

渋々、箸を割って食べたのは、漬物だった。

「それじゃ、漬物が一番美味しいみたいやがいね」と、また叱られた。

そして、御館(おたち)の父ちゃんは、仏壇に供えられたお酒を見て言った。

「わしは生きとるうちに、酒を飲んでしもうさけ(飲んでしまうから)。わしが死んでも、遺影に酒を供えるとか、そんなこと、しんでもいい(しなくていい)」

また、飲酒に寛容だった昭和のこと。

私の兄は、小学校5年生の祭りのとき、大人に勧められて飲んだ日本酒で倒れた。

荻谷(おぎのやち)の祭りの夜の帰り道、家族全員が乗った車を運転したのは、私の父、紺屋町の父ちゃんだった。

「ほら、車がフラフラしてセンターラインを越えとるよ、しっかりせんかいね」と、助手席の母ちゃんが、父ちゃんの肩を揺すった。

* * *

祭りは子どもたちにとっても、一年で一番待ち遠しい行事だった。

夏休みに入るとすぐ、夜8時から9時まで、毎日、祭りの練習だった。

天狗と獅子は男の子たち、私たち女の子はお囃子の笛と太鼓を担っていた。

祭りの次の日には、青年団から、いくらかの日当がもらえた。

そして、酒の空瓶をお店に持っていくと、1本10円で引き取ってくれた。

そのころ、子どもたちのお小遣いの相場は、1日10円だった。

飴?チョコ?ベビーラーメン?一発、くじを引いたら50円に化けるけど、ハズレたらしょぼいガム一枚になってしまう・・・毎日、悩んだ。

そんな私にとって、祭りの日当、空瓶のリユース代は、大金だった。

その大金があったから、別冊マーガレットが買えた。

* * *

令和の石川県では、少子化・過疎化に加えて、新型コロナ禍によって、たくさんの祭りが消えたようだ。

私の生まれ育った集落でも、新型コロナ禍以降、天狗の棒ふりとムカデ獅子の獅子舞の復活は、容易ではないようだ。

そして、令和の父ちゃんたちは、そんなに酒を飲まなくなった。

飲む酒も、焼酎割りやカクテルとお洒落になった。

子どもにお酒を勧めるのは児童虐待だし、飲酒運転は社会的地位を失いかねない犯罪だ。

酒はアルミ缶か紙パックで売られ、空瓶は資源ごみで収集される。

それでも、そんな令和になった今でも、昭和の母ちゃんたちは、台所や畑が大好きで、息子、息子の妻、孫を助けて、時には若干の迷惑をかけながら、元気いっぱい、全員が長生きだ。

昭和の父ちゃんたちは、令和という元号を知ることなく、酒を飲んだ量の順番で、全員がこの世を去った。

昭和の父ちゃんたちに、献杯!
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