第1話

文字数 1,050文字

 網戸の卵

 網戸に虫の卵が植えつけられているのを偶然見つけた。卵は直径約一ミリで、淡い灰色をしていて、人工物のようにかっちりと丸い。よく見てみると、単なる丸ではなく、円柱を輪切りにし、表面にちょっと膨らみを持たせたような形をしている。
どんな虫かは知らないが、あるメスが網戸を見て、あらこりゃちょうどいいわ、とプリプリと卵を産みつけ、去っていったのだろう。無事役目は終えた、とばかりに、産んだことすら忘れているかもしれない。
卵は全部で七粒あった。くっつき合って一塊になっている。一体どんな虫が孵るのだろう? これはじっくり観察できそうだ。
 数日間は何も変化がなかった。指でそっとさわってみると、適度に固い。もしかすると、産んだメスは、私が卵をさわっているのを、どこかの葉っぱの陰からひやひやしながら見ているかもしれない。
 あるとき、ついに変化が現れた。卵の表面に、小の文字が現れたのである。単なるスジだが、漢字の小の字に見えたのだ。小小小小小小小と七つ仲良く、文字を浮かばせている。淡い灰色だったのが、心なしか少し濃い灰色になったようだ。
 小の字は日に日に濃くなっていった。だんだんしかめっ面に見えてくる。
 ある日私は、あっ!と声をあげた。黒っぽい丸い虫がゴチャッといたのだ。数えてみると、ちゃんと七匹いた。いつのまに孵ったのだろう。卵と同じで、どことなくメカっぽい虫だった。なぜだかポール・バーホーベンの「スターシップ・トゥルーパーズ」という感じがした。いや、その映画を見たことはないが。しばらくじっと観察していたのだが、虫は動かなかった。生まれたばかりで、まだ動けないのかもしれない。七匹とも、じーっと固まっている。
 翌日か、翌々日か、動きがあった。固まっていた虫が、少しばらけていたのだ。息を吹きかけてみると、細い脚を動かしてゆっくりと網戸の上を移動した。これからこの子達はどうするのだろう? どうやって餌を取るのか。この網戸にへばりついている限り、餌は取れまい。
 更に翌日見ると、虫達はもっとばらけていた。網戸の小さな目を通り抜けて、裏側に回っているものもいる。数えてみると、数が減っていた。どこかに行ったのだろう。風にでも吹き飛ばされたか。半透明の殻だけが、七つしっかりへばりついている。指でそっとさわってみると、内容物が出てしまった殻は乾燥しきっていた。
日に日に虫の数は減っていった。そしてついに完全にいなくなってしまった。
網戸にへばりついていた卵の殻も、いつのまにかすべてなくなっていた。

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