第1話 きつね

文字数 1,094文字

1話 きつね

山があった。家の描写はなかったが、なんとなくここは自分が普段いる場所だ、という認識があった。蛍なんかがいそうないい雰囲気の田舎。今思えば亡くなったおじいちゃんの家の近くで、親戚が集まった時にみんなで行ったお墓がある所の近くなんだろうなと思う。そこよりもやや拓けた土地ではあった気もするけれど、記憶が薄れている。私はその時10歳位で、おそらくいとこなのか近しい関係のある数人と一緒に、夜の散歩に出かけていた。季節は夏。私は一番年下で、年上のいとこたちは私にとって憧れでもあり、威厳があるように見えた。ぱっとあしらわれることが多かったが一緒にいることが何よりも嬉しくて色んなところにくっついて行った。

「きつねを見ると死ぬよ」
急に誰かが言った。いや、言葉にせずとも共通認識として頭にその言葉が浮かんだのかもわからないが、とにかく“きつねを見ると死ぬ”ということを私は知った。怪談話のような怖いものに興味を持ち始めたばかりの頃の私には、その言葉が、ドンっと何かが心臓を貫くような大きな衝撃から恐怖へと変わった。楽しくてわくわくしていた気持ちから一変、知ってはいけないことを知ってしまった恐怖から離れなくなってしまった。来なければよかったと後悔もした。でもどこに向かっているのかはわからないが、進まないことには安全なところには行けない。左手にはすぐに木が生い茂る山。私が歩いているところはあぜ道。そうだ、左をみなければきつねを見ることはないだろう、なぜだかそんなことが頭に浮かんだ。私は下を向いて歩き始めた。でも周りにいるいとこたちは怖がる様子もなく、ずんずんと歩いている。なんで怖くないんだろう、見たら死ぬのに、大きくなったら怖いものはなくなるのかな、色々なことを考えながら必死についていった。
ふと、左を向いて見る。あ、何もない。良かった。大人になってわかったようなものだけれど、怖いもの見たさで見るものは、大抵大したことがない。その後も、何度も山を確認していたような気がする。でも何もない。私は、また楽しい気持ちが戻ってきていた。
そして、油断した。私がまた歩き始めてさりげなく後ろを振り向くと、知らない大学生くらいの男の人が倒れている。きつねを見てしまったようだった。その近くで女の人も倒れている。あぜ道に倒れた女の人に目を移すと、私の視界にきつねがうつった。目は合わなかったが、全体像はしっかり見えた。私の方を見ているようであった。視線をずらすと少し先で温もりのある明かりの下でおかえりとお母さんが待っている。「きつねみちゃった」一言だけ言って、目が覚めた。
私はずっと生きている。
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