秘密

文字数 3,167文字

学校の映像授業で見るストラス先生の映像体(アバター)は、
眼鏡をかけた優しそうなお姉さんだった。

いくら非酸素・非炭素系種族だからって、
古式(こしき)ゆかしく眼鏡で個性を(あらわ)すのはベタな気もする。
でもまあ、人類も属する一大星間国家の科学省長官を務める〝才女〟で、
その本体は極寒の凍結惑星全体に量子回路を広げた結晶生命体となれば、
まあ仕方ないというか、やっぱりお似合いなのかもしれない。

彼女は単一個体で種族をなす、天然の量子人格種族であり、
量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)技術を開発した功労者でもある。
今回の授業ではそんな先生が、人格量子化技術の重要な点について、
直々(じきじき)に説明してくれるそうだ。

『皆さん、お早うございます。
〝帝国〟の最先進種族は、量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)によって、
高度演算・共有人格形成能力を獲得し、生物学的寿命を克服しました。
人々は、生物学的な身体をもつ時以上に豊かな精神活動を営みながら、
安全で快適な仮想現実(バーチャル・リアリティー)内で生活や訓練を行います。
そして、必要とあれば様々な機械・生物工学的身体に人格を再転移(ダウンロード)して、
外界で活動することができるのです』

『一方、その量子頭脳内では、人口過剰や政策の硬直化を防ぐため、
量子人格の複製を原則として禁止すると共に、
歳月の経過に従って徐々に類似の記憶や人格を整理・統合し、
外界での経験を持つ新生者、帰還者や他種族との交流人格に席を与える、
人格融合演算指示(プログラム)が働いています』

『この規則は、現皇帝種族たる〝光輝帝(ルシファー)〟サタンについても、
他種族と同様に適用されています。
しかし、サタンの人格群は特に永い独立寿命を以て知られ、
種族自体もまた様々な危機を乗り越えつつ、現在の地位を得ました。
近年の研究によると、こうした長寿と繁栄の理由は、次の三点です』

『第一は、歴史上の苦難に(はぐく)まれた知性です。
サタンは元来、小型惑星の貧しい自然環境のもとで、
他の生物を(あや)めずに樹液や血液を摂取できるよう進化した、
猫と蝙蝠(こうもり)の合いの子のような、愛らしい種族です。
この種族はその後も、地磁気の減衰や近隣恒星の新星化に直面し、
生存のためにあらゆる技術や政策の可能性を追求した結果、
広範な学習と柔軟な思考を重視する教育文化を獲得しました。
そのため、その各個体もまた、広い視野を持って創造性を養い、
常に瑞々(みずみず)しく、新しい発想を社会に提供し続けたのです。
このことが出生・移入や人格統合による世代交代の少なさにも関わらず、
同種族の効率的で持続的な発展を可能としてきました』

『第二は、彼女自身の努力が与えた謙虚さです。
幸いなことに、地磁気の減衰や新星の出現に先立って、
サタンは惑星統一政府の設立に成功していました。
そのため、同種族は協力してその危機に立ち向かう中で、
譲歩し合って多様な意見を調整し得る、政治文化を(はぐく)みました。
彼女はまた、その過程において、自らの〝内なる自然〟すなわち、
知性に伴う欲求の無制限性や、本能が知性に与える感情的影響を知り、
個人や集団の欲求や感情を適切に自己制御する必要性を学びました。
これにより彼女は、旧帝国の軍事種族優越主義に(とら)われず、
産業・技術・途上種族や非酸素・非炭素系種族への偏見を免れました。
そのため、内戦によって〝先帝〟が滅亡し、旧帝国が崩壊した時も、
社会の寛容さと統合を最大限に両立させ、多くの種族から支持を得て、
混乱を収拾することに成功したのです』

『第三は、〝先帝〟種族との融和が与えた、多様性(ダイバーシティー)です。
天文学的危機に陥ったサタンを最終的に救ったのは、
銀白色の(うろこ)に覆われた軟体動物類似の生物から進化し、
高度な知性と強靭な肉体を備えた〝先帝〟種族でした。
帝国の公用語で〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟を意味する、
サタンの名もまたこの時、彼女から与えられたものです。
サタンはその恩義に報いるため、〝先帝〟を神に見立てた神話を作り、
自らは魔王を演じるなどして、発展途上種族の文明開発に尽力しました。
また、側近団たる中枢種族達に傀儡(かいらい)化された〝先帝〟種族から、
多くの亡命者を各界の指導者として受け入れたのです』

『かつては秘密とされた、この第三の理由こそ、
彼女達の長寿と繁栄を説明する、最大の理由でありましょう。
生来のサタンは、自ら悪役となってまで途上種族を支援した、
才知豊かで心優しい種族です。
一方〝先帝〟種族は、多数の軍事種族を率いて銀河統一の偉功を挙げた、
意思強固で厳格な種族です。
両者は〝全ての種族の発展〟という気高い理想は共通していましたが、
性格においては温順(おんじゅん)峻厳(しゅんげん)という、
対照的な気質を持っていました。
加えてサタンは多数の発展途上種族への支援を通じ、
〝先帝〟亡命者達は自らの政策への反省の過程で、
さらに多くの知識を得ながら、異なる価値観を学びました。
これによる意見の多様性が、記憶や人格の整理・統合を抑えると共に、
種族全体としての環境適応性を高めたのです』

『サタン本来の知性と優しさが、銀河系という環境的限界を前に、
軍事的拡大から民生持続への転換の必要性を発見した時、
その内にある〝先帝〟の覇気(はき)と不屈の精神もまた、
かつて自ら築いた軍事帝国の創造的破壊を(いと)うことなく、
両者は一体となって、国家再生の勇断と成功を導いたのでした。
彼女は今も国政の民主化など、さらなる改革を進めつつあります』

『以上のような、事実上の〝混血種族〟サタンの事例を見る限り、
個体においても種族においても、長寿と繁栄の秘訣(ひけつ)とは、
常に謙虚に学びを求め、生存の選択肢を増やしながら、
最良の決定を極め続けようとする知性、あるいは人間性でありましょう』

『なぜなら我々を繁栄に導いた文明とは、高度な知性すなわち、
環境の違いや変化に応じ、自らの活動を柔軟に制御する能力によって、
より良く生きてゆけるような、生命活動の様式だからです』

あ~あ、何だか道徳の授業みたいだな。
知恵と謙虚さと強さがぶつかった時はどうするの? とも考えた。
まあ、量子人格の年長者達でなく、自然個体の学生達に言うってことは、
柔らか頭が大事だよって、今から教えておきたいだけかもね。

確かに他の授業でも『文明の二本柱である技術と政策の基礎は、
知性の二大特徴、限りない想像力と欲求です!』とか言ってたな。
要は頭を使って押したり引いたり、いろんな発想が大事という話で、
実践的には後から学んでいけばいいってことなんだと思う。

今は出生率も高くないし、量子頭脳の性能も上がっているから、
人格の統合もゆっくりで、何百、何千年かけて進むそうだ。
そもそも私が量子人格化(アップロード)されるまで、
今だと百年以上かかる予想だ。

私達から見れば彼女達は実際、神様みたいなものだし、
向かうから見れば私達なんて動物みたいなものだろう。
なんで最初から量子人格の〝子ども〟を作らないのかな!?
神の孤独を慰めるため? 人間だったら癒し動画?

……なあんて思ってたら、それに気づいたかのように、
画面の中の先生が、にっこり優しく微笑(ほほえ)んだ。
ちょっとドキッとしたけど、まあいいや。
将来立派な仲間になるまで、大事に育ててくださいね。
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