平和な日常、そんな日々。

文字数 1,111文字

十六夜(いざよい)先生は、美大に通う女子大生だ。

そして、ぼくは底辺画商だ。そう底辺。
でも、ぼくには確信がある。
十六夜先生は、天才画家だと!

今の時点では、誰も十六夜先生の才能に気づいていない。

ふふふふふ♪

ぼくは早朝に自転車で、十六夜先生が好きなパン屋に行っていた。
我儘な女子大生の十六夜先生は、あそこのパン屋じゃないと嫌らしい。
坂道があって自転車ではかなり辛いのだが。まあ十六夜先生の為だ。

ぼくのアパートは、十六夜先生のアトリエと化している。
今や十六夜先生の根拠地と言って良い。狭いけど。

「十六夜先生!起きてください。朝ですよ」

狭いキッチンで、浴衣を着た十六夜先生が、足を露わにして眠っていた。
寝落ちしたのだろう。

そして床の上には、スケッチが雑に置かれていた。

なんて事を!

大体、天才芸術家は自分の作品の価値を理解していない。

はぁ~

十六夜先生のスケッチには昨晩描かれた妖精が、描かれていた。
まるで生きているかの様に見える。

じーっとみていると微かに動き出した。
時として十六夜先生の絵には魂が宿るのだ。
さすが未来の天才画家!

あっ妖精と目が逢った!

ぼくは、素早くスケッチ帳を閉じると、封をした。

ふふふふふ♪

今迄の経験から、封をしても妖精は再び眠りに落ちるだけで、害はない。

「あぁぁ琉依くん、おはよう」
十六夜先生が起きた様だ。
ホント可愛いい声だ。
「あれスケッチ帳は?」
「なんか良さそうなだったので、画廊に飾って置きます」
「あっそぉう、よろしくね」

「これ一応手付金です」
とぼくは3万円札を渡した。
ぼくが深夜に働いたバイト代だ。

うっうっうっ3万円・・耐えろぼく。未来の為に。

「ありがとう、助かるぅ」
十六夜先生の可愛い声に、ぼくの日々の心労は癒された。

ふと床を見ると、色とりどりの絵具色の小さな足跡がついていた。

しまった!逃げられた!

ぼくは焦って、十六夜先生が描いたキャンバスを見た。
キャンバスにはいるはずの妖精がいない!逃げたんだ!
封が解かれたんだ。

ひぃぃぃぃ!

焦るぼくに
「どうしたの?」
と可愛い声が。

十六夜先生は冷蔵庫から、ストレートのオレンジジュースの瓶を取り出していた。

その隙に、ぼくは急いでキャンバスを幕で隠した。
「なんでもないです」
「そう」

多分大丈夫だ。
十六夜先生によって描かれた妖精は、帰巣本能があって、キャンバスそのうち帰って来るはずだ。

ふぅ。

十六夜先生が描いた絵に魂が宿る事は、十六夜先生にも知られてはいけない秘密。
もし十六夜先生が知ってしまうと、その現象が消えてしまうような気配を、妖精たちが発しているような気がして。

浴衣姿の十六夜先生は、ストレートのオレンジジュースの瓶をラッパ飲みしていた。
平和な日常、そんな日々。


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登場人物紹介

十六夜先生。美大の女子大生。

底辺画廊。十六夜先生にアパートの一室をアトリエとして提供している。

スケッチの中の妖精。

キャンバスから逃げ出した妖精。

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