第1話

文字数 3,120文字

 がらがらの電車は走る。
 トンネルを抜け、陽の光が車内を照らした。
「……あー」
「……どしたん」
「まぶし」
 ましろは手で光を遮る。
「……ああ」
 理紗は一顧だにせず、抱えたカバンに頭を埋めた。
「…………」
 なにかを言い換けた言葉を飲み込み、溜息をつくましろ。そのまま、もそもそと理紗に体重を預ける。
「……重いんやけど……」
 眠さと、めんどくささが混ざった声で理紗は抵抗を試みる。
「寒いねん」
「……ん……」
 差し込む陽、足元の暖房、触れあう肩だけが2人の体温を守る。
「サボり、付き合ってんやから。相手せえや」
「……頼んでへん」
「ほんまかいな」
 揺れる車内。
 再度トンネルに入ると少し気温が下がる。ましろは思わず身震いした。
「やっぱさ」
「……なに?」
「太陽大事やわ」
「……どしたん?」
「晴れてたらあったかいやん」
「……そらな」
「こういう日は陽にあたらんと」
「……なんかひーひーややこいなぁ」
「茶化しとる場合ちゃうで」
「……どしたん?」
「陽にあたって、運動してちゃんと育たな」
「……健康優良児」
「それや」
「……真逆やったけどな」
「むーびーしょー……」
「……まっくら……陽にあたりたいわけちゃうからなぁ」
「そうなん」
「……ガッコ行きたない……それだけ」
 再度ましろの目に陽の光が入る。車内に響く走行音が音階を変えた。
「結局さ」
「……ん?」
「なにがあったん?」
「……なんもないよ」
「嘘やん」
「……なんもないなんもない……」
「……」
 理紗は頭を埋めたまま答える。その表情はましろには見えない。
「どっか行きたなる気持ちは分かるけどな……」
「……せやろ~」
「こんだけ天気いいと、余計な。草むらで寝たいわ」
「……この時期風邪ひくで……」
 手持ち無沙汰からか、ましろは理紗の頭に手を置いた。そのまま数度、頭をなでる。
「あの映画」
「……ん?」
 喉の奥を少しだけ鳴らし理紗は返事をする。
「なんで選んだん?」
「……ん……」
「内容、覚えとる?」
「……忘れた」
「やんな」
「……おもんなかった?」
 その質問にましろは手をとめ考え込んだ。
「おもんないいうか……絵はきれいやけどよ……内容はよく分からへん」
「……せやねん」
「よー見るの? ああいうの」
「……たまに」
「ふうん」
「……なんか」
「うん?」
「……分からんのがええねん」
 理紗は体を起こしそう答える。
「どゆこと?」
「……よく寝れる」
「寝に映画館行っとるんか、あんたは」
「……そういうわけちゃうけど」
「んじゃなにしに行っとるの?」
 理紗は再度カバンに頭を埋めた。
「……映画見に」
「そらそうやろうけど」
「……飛行機乗ったことある?」
「なに急に」
「……ある?」
「一回だけやな」
「……飛行機乗ると凄い景色見れるやん。見たことない景色」
 理紗は顔を埋めたまま話を続ける。
「空飛んどるからなぁ」
「……雲やばいとか、山ばっかやんとか、琵琶湖でかいとか」
「そんな覚えとらんかも」
「……見たことない景色やけど眠くなんねん」
「んー……そうなん?」
「……それと、一緒やねん」
「いやほんま分からん。どゆこと?」
「……んー……」
 理紗はカバンに頭を埋めたまま左右にふった。
「……いいもん見ながら寝ると気持ちええねん」
「結局寝とるやん」
「……寝とるし……見とる」
「どっちやねん」
「……どっちも、やねん」
「うとうとしてるだけちゃう?」
「……そうかもしれん」
「そんな普段寝れてないん」
「……ん~」
「寝れてないやつの反応やん……」
「……ぐぅ」
「そんな都合よく寝んやろ」
 ましほは理紗の頭を軽くはたいた。
「……なんやろなぁ……スマホ見てまうんよね」
 無視して理紗は話す。
「えすえぬえす?」
「……えすえぬえす」
「おー」
「……なんやねん」
「見んほうがええやつ」
「……言わんでよ」
「JKっぽい悩み」
「……そうなん?」
「分からんけど、多分そうやろ」
「……だから映画館好きやねん。スマホの電源切らなあかんから」
「普段から切りや」
「……そーやねんなぁ……」
 理紗は黙る。
 走行音と2人の息づかいがかすかに響く。
「…………それができれば苦労しとらんか」
「……ま、そんなんどーでもええねん。気持ちよかったら」
「凄い楽しみ方やな」
「……そういうのも……」
「ん?」
「……そういうのもあってええと思うねんなぁ。見とるんか寝てるんかよく分からんやつ」
「んー……」
「……やっぱダメ?」
「金もったいないって思ってまうかもなあ……」
「……ま、そうよな」
 電車の速度が落ち、車輪と線路の接触音が徐々に音量を下げていく。
「……今日もそう思たん?」
「今日は……そうでもなかったかもしれん」
「……おー、選んだ甲斐、あったわ」
 駅に到着しドアが開く。乗客の代わりに冷たい風が車内に入ってきた。
 思わず2人は身を縮こませる。
「あんたと見たから、かなぁ」
「……なにそれ」
「一人で見たら辛かったかも」
「……ふうん」
 理紗はゆっくりと首を動かし、埋もれていた顔をましろに向ける。
「…………このまま」
「んー?」
 理紗は体をお越し、ましろの目を見た。
「……もっと遠く行かへん?」
 チャイムがなり、ドアが閉まる。
 ゆっくりと電車は走りだした。
「遠くって、どこ?」
「…………海」
 ましろは理紗の頭を抱え少し力を込めた。理紗は体をゆっくり倒し、ましろの膝の上に頭を乗せる。
「空とか海とか忙しいなあんた……行けるん、こっから」
「……終点の、もっと先」
「行ってどうするん」
「……海見んねん」
「あの映画みたいに?」
「……うん」
「線路見て、工場見て、商店街見て、橋見て」
「……うん」
「寒いんやろな、この時期」
「……せやね。でも……」
「でも?」
「でも、きれいやろなって」
「…………あかんよ」
「……ん?」
「いい景色見て寝てまうんやろあんた」
「……見んと分からんけど」
「寝るで済むんか?」
「……こうしてても一緒や、きっと」
 ましろは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
 そのまま言葉を紡ぐ。
「この会話も寝ながらか」
「……かもしれへん」
「ひどいやっちゃ。ほんま」
「……せやろ」
「自覚あるんかい」
「……ないよりマシやで。」
 電車は完全に勢いにのり、一定のリズムを鳴らす。窓から見える風景は畑から山林へとその姿を変えつつあった。
「海行ってもええよ。ええけど……」
 進行方向を見ながらましろは答える。
「またサボるで。ちゃんと」
「……ちゃんとってなんやねん」
「ちゃんとはちゃんとや」
「…………」
 理紗はなにかを言い淀んだ。
「ガッコ、行ってないとサボりちゃうからな」
「……ちゃんと、か」
「んで晴れたら原っぱ行くねん。昼寝や昼寝。寝る子は育つ」
「……けんこうゆうりょうじ」
「健康優良児」
「……どうやろな」
「その約束できんのなら、海一緒に行くのダメ。ついていけへん。帰る」
「……そっか」
「ん」
「……しゃあない」
 理紗の目からは少しずつ涙が溢れた。
「ダメやけど……今はそうしててええから」
 ましろはそう言いながら、再度理紗の頭をなでる。
「……やっぱひどいの、自分やで」
「あんたには健康優良児でおってほしいねん」
「……どうやろ、無理ちゃう」
「そっか」
 ましろは理紗をゆっくりと起こす。そのまま立ち上がると、窓を少しだけ開けた。
「貸して?」
「……え?」
「スマホ」
 理紗はスマホを取り出し、見つめた。そのままゆっくりとましろに差し出す。
 そのまま取り出したましろ自身のスマートフォンとともに窓の外に投げ捨てる。二つのスマートフォンがバラバラに散らばった。
「……身代わりか」
 理紗はその様子を見て少し笑う。
「なあ?」
「……ん?」
「…………」
「…………」
 ましろは軽く理紗の頬を張った。
「もうちょい、起きなあかんで」
「……ん」
 車輪の音はさらに響いた。

 おしまい
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