月を見上げて
文字数 2,965文字
「あのね、実はかぐや姫なんだよ。」
「は??」
学校帰り、幼馴染がそう言った。
意味がわからず、怪訝そうにその顔を覗き込む。
幼馴染は特にいつもと変わらない顔で言った。
「だから、かぐや姫。」
そう言って自分で自分の顔を指差す。
コイツ、いきなり暑くなったせいで、脳みそヤラれたらしい。
俺はツッコむのもアホらしくて、適当に話を合わせた。
「ほ~ん??で?いつ月に帰るんだよ??」
「今夜だよ。だから言っとかないとと思ってさぁ~。」
いつもと変わらず何でもない事のようにそう言う幼馴染に、俺は鼻糞をほじりながら「そっか」と返事をした。
これが本当なら、令和のかぐや姫は随分あっさりしているようだ。
「何か聞いておきたい事とかないのかよ~!」
「え~??いきなり言われてもなぁ~??」
「トクちゃんとは幼馴染だったから、特別に何でも答えてあげる~。」
そう言って笑う幼馴染。
何なんだろうな??
七夕はまだ先だし、かぐや姫って??
早く早く!と幼馴染が急かすので、俺は何か質問しなければと頭を捻らせ、聞いた。
「竹から生まれたんか??」
「いや?それやると捕まって変な実験されるから、もうやってない。ちゃんとお腹に入るよ。」
「それじゃおばさん達、普通に産んだ子だと思ってっから、勝手に帰ったら可愛そうじゃん。」
「ん~、お腹に入る時に教えるよ??」
「だとしても今まで無償で育ててくれたんだろ~??」
「いや、毎週、金塊を生み出して返してるよ。」
「金塊って、換金大変じゃん。」
「そうなんだけど、価値が安定してて月で取れる成分で支払うとなると、金塊が一番いいんだよね~。下手な鉱物とか持ってきちゃうとヤバイじゃん??」
「まぁな~。」
「他には??」
「ん~??そもそも、何で月から来ておいて、月に帰る訳??いちいち来たのに帰るから問題になるんだろ??来なきゃ駄目なのかよ??」
「うん…そこは申し訳ないと思うんだけど……。月だと子供は産まれても、大人になれないんだよ。育たなくて死んじゃうの、皆。だからこっちで大人になるまで育ててもらうしかないんだよ。でも大人に育つと、今度はこっちじゃ生きられなくなっちゃうんだよね~。」
「うわっ!メチャ迷惑!!カッコウみたいじゃん!!」
「………だよね~。うん。本当、そうだよね……。」
俺の言葉に、幼馴染は急に言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに笑った。
その顔があまりにも悲しそうで、俺は息ができなくなってその場に立ち尽くした。
「…………え??……マジなん?!」
その顔が嘘ではないと俺にはわかった。
何年幼馴染やってると思ってんだよ、お前?!
幼馴染は寂しそうにゆっくり頷いた。
「トクちゃんとずっと一緒にいたかった。ずっと同じ学校行って、成人したらお酒とか飲みたかった……。でももう……薬飲んでても、ここだと息が苦しいんだ……。」
そう言われ、ここ1ヶ月ほど幼馴染が休みがちだったのを思い出した。
肺の中の空気が重くなり、足に血が落ちすぎて持ち上がらない。
チカチカと近くの街頭が瞬いた。
幼馴染の顔がそれによって見えたり消えたりする。
「ーーーーーっ!!」
名前を呼んだと思う。
でもそれが言葉だったのか何なのかわからない。
「最後にね、トクちゃん。選ばせてあげる。」
「な…何を……?!」
「覚えてるか、忘れるか。」
いきなり今、そう言われたって困る。
覚えていたら辛いだろう。
でも忘れてしまうのはお前が辛いだろうが!!
そう言いたげな俺の顔を見て、幼馴染は笑った。
「気にしなくていいよ。お父さんとお母さんは忘れたいって言った。だから忘れるよ。だからトクちゃんも………。」
「忘れない!!」
俺は幼馴染の言葉を遮ってそう叫んだ。
びっくりして見開いたそいつの目から、ポロリと涙が溢れた。
「へ、エヘヘ……トクちゃん、忘れないの??」
「忘れない。覚えてる。」
「お父さんとお母さんは忘れるのに?トクちゃんは覚えてるの??」
「ああ。」
「誰も覚えてないよ?それでも??」
「それでいい。この星でたった一人、お前を覚えていてやるよ。」
「………辛いかもよ?お父さんとお母さんは、ずっと育ててきたのに二度と会えないのが辛すぎて死んでしまいそうだから忘れたいって言ったよ。トクちゃんの気持ちは嬉しいけど、そのせいでトクちゃんが死んじゃったりしたらヤダよ……。」
「死なない。その程度で死なない。」
「その程度って言われるのもちょっとショックだなぁ~。」
「隣の星に引っ越したぐらい、なんてことねぇよ。」
「トクちゃん……。」
「お前が来れねぇなら、俺がいつか月に行ってやるからよ。だからお前も忘れんなよ?」
「エヘヘっ、トクちゃん頭悪いじゃん。宇宙飛行士にはなれないよ。」
「は?!今は技術が進歩してんだろ?!宇宙旅行も冗談じゃない話になってきたし。金があれば何とかなる!!」
「お金持ちでもないじゃんか!!」
幼馴染はとうとうげらげら笑っていた。
涙をポロポロ溢しながら、おかしそうに笑っていた。
「これから稼ぐ!!稼いで稼いで稼ぎまくって!!お前に俺の家族写真を見せてやる!!」
「マジ~?!楽しみにしてる~!!」
幼馴染は笑っていた。
何かその顔を見れてホッとした。
「ありがと、トクちゃん。」
「て言うか、そう言うのは早く教えろよ~!!そうしたらあの映画だってお前と見に行ったのによ~。」
「あ~!!あれ!見たかった!!先週の日曜、トクちゃんと行っとけばよかった!!月に来る時!!絶対!感想教えて!!」
「いや、それは流石に忘れると思うぞ?!」
思わず冷静にツッコんだ俺に、それもそうかと幼馴染は笑った。
街頭がチカチカと瞬いて、消えた。
夜の道路から人工的な灯りが全て消え失せた。
幼馴染の背後には、大きくて丸い月が浮かんでいた。
「じゃ、トクちゃん。帰るね?」
「残念だったな?お前の好きなフラバの新作、来週発売だったのにな~。」
「そう言うの言わないでよ!!ゲームの新作も半年後だったし!!未練は山のようにあるんだから!!」
「あはは!」
「トクちゃん!月に来る時に持ってきてよ!!絶対!!」
「お~、持って行けそうな物はぜんぶ持ってってやるよ。」
「……ありがと、トクちゃん。」
「気にすんなよ、俺ら、幼馴染じゃんか。」
「うん……。」
「大丈夫、大丈夫!月なんて、すぐ隣だろ??」
「うん。」
「いつも見上げてやっから、お前もこっち、たまには見ろよな?!」
「見るよ……月からずっと見てる……!!」
「お~!!じゃ、元気でな?!」
「トクちゃんもね!!」
幼馴染の背後の月が、やたら大きくて強く光っていた。
アイツの存在はシルエットでしかもう見えていなくて、やがてそれも見ていられなくて一瞬目を閉じた。
「……………あ……。」
一度瞬きをしたその僅かな時間。
その隙に幼馴染は消えてしまった。
でもちゃんと覚えていたから良しとしよう。
この世界の誰もあいつを覚えていなくても、俺はちゃんと覚えていたから良しとしよう。
来週、フラバの新作フラペチーノを買って、あの映画を見てこよう。
忘れないように日記をつけて。
勉強は苦手だが、稼ぐ為にはある程度の学歴実績も有効だ。
それからこれからはどんな分野が稼げて、俺は何に向いているかもちゃんと考えないとな。
宇宙旅行となると、やっぱ、海外発になりそうだから、英会話も習っておきたいしなぁ…。
「何か、やる事多いなぁ、おい。」
俺は笑って月を見上げた。
「は??」
学校帰り、幼馴染がそう言った。
意味がわからず、怪訝そうにその顔を覗き込む。
幼馴染は特にいつもと変わらない顔で言った。
「だから、かぐや姫。」
そう言って自分で自分の顔を指差す。
コイツ、いきなり暑くなったせいで、脳みそヤラれたらしい。
俺はツッコむのもアホらしくて、適当に話を合わせた。
「ほ~ん??で?いつ月に帰るんだよ??」
「今夜だよ。だから言っとかないとと思ってさぁ~。」
いつもと変わらず何でもない事のようにそう言う幼馴染に、俺は鼻糞をほじりながら「そっか」と返事をした。
これが本当なら、令和のかぐや姫は随分あっさりしているようだ。
「何か聞いておきたい事とかないのかよ~!」
「え~??いきなり言われてもなぁ~??」
「トクちゃんとは幼馴染だったから、特別に何でも答えてあげる~。」
そう言って笑う幼馴染。
何なんだろうな??
七夕はまだ先だし、かぐや姫って??
早く早く!と幼馴染が急かすので、俺は何か質問しなければと頭を捻らせ、聞いた。
「竹から生まれたんか??」
「いや?それやると捕まって変な実験されるから、もうやってない。ちゃんとお腹に入るよ。」
「それじゃおばさん達、普通に産んだ子だと思ってっから、勝手に帰ったら可愛そうじゃん。」
「ん~、お腹に入る時に教えるよ??」
「だとしても今まで無償で育ててくれたんだろ~??」
「いや、毎週、金塊を生み出して返してるよ。」
「金塊って、換金大変じゃん。」
「そうなんだけど、価値が安定してて月で取れる成分で支払うとなると、金塊が一番いいんだよね~。下手な鉱物とか持ってきちゃうとヤバイじゃん??」
「まぁな~。」
「他には??」
「ん~??そもそも、何で月から来ておいて、月に帰る訳??いちいち来たのに帰るから問題になるんだろ??来なきゃ駄目なのかよ??」
「うん…そこは申し訳ないと思うんだけど……。月だと子供は産まれても、大人になれないんだよ。育たなくて死んじゃうの、皆。だからこっちで大人になるまで育ててもらうしかないんだよ。でも大人に育つと、今度はこっちじゃ生きられなくなっちゃうんだよね~。」
「うわっ!メチャ迷惑!!カッコウみたいじゃん!!」
「………だよね~。うん。本当、そうだよね……。」
俺の言葉に、幼馴染は急に言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに笑った。
その顔があまりにも悲しそうで、俺は息ができなくなってその場に立ち尽くした。
「…………え??……マジなん?!」
その顔が嘘ではないと俺にはわかった。
何年幼馴染やってると思ってんだよ、お前?!
幼馴染は寂しそうにゆっくり頷いた。
「トクちゃんとずっと一緒にいたかった。ずっと同じ学校行って、成人したらお酒とか飲みたかった……。でももう……薬飲んでても、ここだと息が苦しいんだ……。」
そう言われ、ここ1ヶ月ほど幼馴染が休みがちだったのを思い出した。
肺の中の空気が重くなり、足に血が落ちすぎて持ち上がらない。
チカチカと近くの街頭が瞬いた。
幼馴染の顔がそれによって見えたり消えたりする。
「ーーーーーっ!!」
名前を呼んだと思う。
でもそれが言葉だったのか何なのかわからない。
「最後にね、トクちゃん。選ばせてあげる。」
「な…何を……?!」
「覚えてるか、忘れるか。」
いきなり今、そう言われたって困る。
覚えていたら辛いだろう。
でも忘れてしまうのはお前が辛いだろうが!!
そう言いたげな俺の顔を見て、幼馴染は笑った。
「気にしなくていいよ。お父さんとお母さんは忘れたいって言った。だから忘れるよ。だからトクちゃんも………。」
「忘れない!!」
俺は幼馴染の言葉を遮ってそう叫んだ。
びっくりして見開いたそいつの目から、ポロリと涙が溢れた。
「へ、エヘヘ……トクちゃん、忘れないの??」
「忘れない。覚えてる。」
「お父さんとお母さんは忘れるのに?トクちゃんは覚えてるの??」
「ああ。」
「誰も覚えてないよ?それでも??」
「それでいい。この星でたった一人、お前を覚えていてやるよ。」
「………辛いかもよ?お父さんとお母さんは、ずっと育ててきたのに二度と会えないのが辛すぎて死んでしまいそうだから忘れたいって言ったよ。トクちゃんの気持ちは嬉しいけど、そのせいでトクちゃんが死んじゃったりしたらヤダよ……。」
「死なない。その程度で死なない。」
「その程度って言われるのもちょっとショックだなぁ~。」
「隣の星に引っ越したぐらい、なんてことねぇよ。」
「トクちゃん……。」
「お前が来れねぇなら、俺がいつか月に行ってやるからよ。だからお前も忘れんなよ?」
「エヘヘっ、トクちゃん頭悪いじゃん。宇宙飛行士にはなれないよ。」
「は?!今は技術が進歩してんだろ?!宇宙旅行も冗談じゃない話になってきたし。金があれば何とかなる!!」
「お金持ちでもないじゃんか!!」
幼馴染はとうとうげらげら笑っていた。
涙をポロポロ溢しながら、おかしそうに笑っていた。
「これから稼ぐ!!稼いで稼いで稼ぎまくって!!お前に俺の家族写真を見せてやる!!」
「マジ~?!楽しみにしてる~!!」
幼馴染は笑っていた。
何かその顔を見れてホッとした。
「ありがと、トクちゃん。」
「て言うか、そう言うのは早く教えろよ~!!そうしたらあの映画だってお前と見に行ったのによ~。」
「あ~!!あれ!見たかった!!先週の日曜、トクちゃんと行っとけばよかった!!月に来る時!!絶対!感想教えて!!」
「いや、それは流石に忘れると思うぞ?!」
思わず冷静にツッコんだ俺に、それもそうかと幼馴染は笑った。
街頭がチカチカと瞬いて、消えた。
夜の道路から人工的な灯りが全て消え失せた。
幼馴染の背後には、大きくて丸い月が浮かんでいた。
「じゃ、トクちゃん。帰るね?」
「残念だったな?お前の好きなフラバの新作、来週発売だったのにな~。」
「そう言うの言わないでよ!!ゲームの新作も半年後だったし!!未練は山のようにあるんだから!!」
「あはは!」
「トクちゃん!月に来る時に持ってきてよ!!絶対!!」
「お~、持って行けそうな物はぜんぶ持ってってやるよ。」
「……ありがと、トクちゃん。」
「気にすんなよ、俺ら、幼馴染じゃんか。」
「うん……。」
「大丈夫、大丈夫!月なんて、すぐ隣だろ??」
「うん。」
「いつも見上げてやっから、お前もこっち、たまには見ろよな?!」
「見るよ……月からずっと見てる……!!」
「お~!!じゃ、元気でな?!」
「トクちゃんもね!!」
幼馴染の背後の月が、やたら大きくて強く光っていた。
アイツの存在はシルエットでしかもう見えていなくて、やがてそれも見ていられなくて一瞬目を閉じた。
「……………あ……。」
一度瞬きをしたその僅かな時間。
その隙に幼馴染は消えてしまった。
でもちゃんと覚えていたから良しとしよう。
この世界の誰もあいつを覚えていなくても、俺はちゃんと覚えていたから良しとしよう。
来週、フラバの新作フラペチーノを買って、あの映画を見てこよう。
忘れないように日記をつけて。
勉強は苦手だが、稼ぐ為にはある程度の学歴実績も有効だ。
それからこれからはどんな分野が稼げて、俺は何に向いているかもちゃんと考えないとな。
宇宙旅行となると、やっぱ、海外発になりそうだから、英会話も習っておきたいしなぁ…。
「何か、やる事多いなぁ、おい。」
俺は笑って月を見上げた。