第1話

文字数 745文字

 スタンリー・キューブリックの代表作、「2001年:宇宙の旅」の第一章。
一匹の猿人が動物の骨を弄んでいるうちに、骨が武器に使えることに気づくシーン。猿人が新しい知恵を得て喜んでいる姿は、知恵を得ることの喜びを感じさせた。

 学生時代、私はバックパッカーとして、インド、トルコ、ASEAN諸国等を回った。マスクは旅の必需品だった。風邪予防ではない。トラブルに巻き込まれないためだ。訪れた国の多くはマスクの習慣がなかった。帽子を被り、マスクをつけていればこちらの表情が見えない。現地の人から警戒されるが、それでいい。観光客狙いの怪しい人物から声をかけられることもない。このことに気づき、夜出歩く時、危なそうな雰囲気を感じたら必ずマスクをつけていた。
これを旅の知恵として、土産話とセットで、周囲によく話した。マスクは私にとって「知恵の象徴」だった。

 アベノマスクが我が家に届いてから一年が経つ。今も使わず、大切にとってある。政府が行った数少ない政策の一つだ。日本の優秀な人材が集まり、知恵を絞った結果が、このマスクなら、さらに暗い気持ちにさせられる。「2001年:宇宙の旅」の猿人なら、「うほっ?」と言って捨てるだろう。せめて進化した人間なら大切に保存し、教訓として後世に語りたい。

 大切にしていると不思議と愛着も湧いてくる。一時は「国民の命」と「政府の命運」も担わされたと思うと、この頼りないマスクも気の毒に感じてくる。「お前も大変だったな」と労いの言葉をかけて、マスクは今も収納箱の中で眠っている。

 コロナによって世界は一変し、世界中の人々がマスクをするようになった。心置きなく海外に行けるようになった時、私の唯一の知恵も通じないだろう。少し寂しいが、今は一刻も早く、もとの日常に戻って欲しい。

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