タンタン

文字数 3,478文字

「ごめんなさーい!!」
ふっとばされながら、タンタンは思いっきり謝りました。
本当に反省していました。だって、お花の水やりをやらなかったのです。
モンモンが毎朝していたので、てっきり、今朝もそうだとばかり。でも、モンモンの頭の中では、今日からタンタンが水やり係だったのです。ほうら、モンモンの考えていることがわからなかった、僕がいけないんだ。

モンモンは、ゴツゴツで強いです。
肩と腕にはまるで一つずつ大きなメロンが埋め込まれているみたいで、お腹はレンガでできているみたいで、脚はまるまるの丸太みたいなのです。それが固そうな玉虫色の皮膚に覆われている。
対して、タンタンはひょろひょろのガリガリです。枝っぽい色のぐにぐにの肌、今にも飛び出しそうな眼玉。いつも俯いて袖を指先まで引っ張りながら、タンタンはにこにこしています。
そうして、タンタンは心の中でいつもこう繰り返します。僕って最高。そうそう、それに、タンタンは自分のお仕事、お花を育てて、森の木を切って、それを売るお仕事のことも大好きです。

タンタンは、人里離れた森の中腹にある、がらんとした木造の丸太小屋で寝起きしています。そうして、いつも、モンモンと仕事する。だから、モンモンはタンタンにとって、たった一人の同僚であり、家族です。もっとも、強くてえらいモンモンには、町に本当の家があるそうで、夜になれば帰って行くのですが。

うずくまるタンタンを見下ろして、モンモンはあきれ顔です。
「もういいから、その代わり、丸太を100本切ってくれ」
「そんなの、無理だよぉ」
「できて当然、できなきゃ無能」
リズムをつけて、モンモンは言い放ちます。手を差し出して、タンタンを起き上がらせる。そんなことをされると、タンタンはなんだかちょっと、嬉しい気持ちになってしまいます。なんていったって、倒れたら、起こしてくれる仲間がいるのですから。
「ごめんね。わかったよ。切って来るよ」
えへへ。
タンタンは鼻血を袖でふきふき、森のほうへと歩いていきます。
お空のてっぺんに太陽がギラギラと輝き、タンタンの後に続く血の痕を乾かしてゆきます。
「待っててねー!」
タンタンは一度、振り向いて、モンモンに向かって叫びました。

しーん。

静寂が、返って来るばかり。

日がとっぷり暮れた闇の中、くたくたに疲れたタンタンは、大きな大きな袋を引きずりながら、返ってきました。これには、さすがのモンモンも目を丸くするしかありませんでした。
「本当にできたんだ。お前はほんとうに、役に立つなぁ」
タンタンはうれしくて、くすぐったくなりました。何百ぺんも斧を振り上げたせいで、腕と脚がぶるぶると震えつづけるのも、皮膚がずるむけになった手のひらと足の裏のじんじんした痛みも、ぺっかり忘れて、有頂天です。
「ご褒美に、今度、新しい服をやる」
「ほんとう!?」
思わず、タンタン、ぼろきれのドレスでくるり。ゴムのぞうりでスキップ。
やっぱり、にこにこしていれば、いいことがあるのです。
「ありがとう!モンモン!」
「いいってことよ」
モンモンは帰り支度をし、山を下りてゆきました。
「また明日ねー!」
タンタンはまた、モンモンの背中に向かって叫んでみました。
どきどき。どき、どき……。

そのまま、日は暮れてゆきました。






そうだ、これを町に売りに行って、金貨に変えてこよう。

川のほとりで、汗や血や土やらなんやらの汚れをこすり落としているとき、ふいにそんな考えが頭をよぎりました。いっつもモンモンに任せてばっかりで、わるい。あんなに遠い町まで、山を下りたり、登ったり。きっと大変なはずです。自分で考えろって、モンモンもいつも言っています。
それに、実はタンタンは町へ降りたことがありません。売り買いだけはモンモンがやってくれています。山から見下ろす町はいつもミニチュアみたいで、かわいい。はるか遠くで、いまなんかは、キラキラと宝石のように輝いています。そこには、モンモンのほんとうのお家もあって、もしかしたら、これから行ったら、お家に招き入れて、お茶なんかしてくれるかもしれません。うふふ。うふふ。こうなったらもう、笑みをこぼさずにはいられません。
「ようし!」
濡れたタオルをぎゅうっと絞り、タンタンは小走りで小屋へ戻り、今度は丸太の入った袋の口をぎゅうっと絞り、そのまま町へ続く山道を駆けだしました。

山道は暗く、うっそうと茂る樹々に細かな切り傷をつけられながらも、タンタンは街の灯りを頼りにずんずんと進んでいきました。うねうねとうねる道をぐりぐり歩き、そうしてふいに、ひらけた場所に出ました。直径3mほどの小さな円型の広場の向こうに、彫刻の彫られた門が構えられてあり、そこから先は、レンガ造りの建物が並ぶ……
そう、町です!
広場のすみっこに沿って、おそるおそる門まで近づき、タンタンは、えいやっと一歩踏み出しました。
初めて見る景色。ああ、なんて賑やかなんでしょう。声や足音が遠くから、近くから、細波のように寄せててはかえし、目の端から端まで、オレンジやら白やら、ときには青やら緑やら、色とりどりの灯りがふわふわと漂います。なんだか、歩き方も忘れてしまいそうになりながら、タンタンは、ためしに左に伸びている街道を進んでみることにしました。

ところがすぐ、タンタンは驚きに驚くことになりました。
「え、モンモン!?‥‥が、いっぱい!?」
町には、たくさんのモンモンがいたのです。
果物や肉、魚の並んだ屋台、それらの店じまいをするモンモン。まばゆい光を散らすバーで飲むモンモン、運ぶモンモン。一人で歩くモンモン。子供のモンモンと大人のモンモン。どれも、ゴツゴツでムキムキで玉虫色のモンモン。でも、どのモンモンもタンタンを怪訝そうに横目で睨みつけるだけで、声をかけてはきません。それに、ようく顔を見ると、なんだか、タンタンの知っているモンモンと違うような気がします。

すれ違うモンモンたちを一人一人、じいっと見つめてはよろよろ歩き、また見つめてはぶつかり、怒鳴られ、そんなふうに進んでいるうちに、角につきあたり、曲がると、さっきよりも建物が豪華で大きな感じに変わりました。

そうして、もっともっと、タンタンは驚きあきれ返りました。
今度は、タンタンもたくさんいるのです!!
けれど、タンタンのほうはモンモンよりも数は少なく、さらに、どのタンタンも絶対にモンモンの3歩後ろを歩いたり、モンモンに殴られたり、モンモンにぶんぶか振り回されたり、足蹴にされたりしています。
まるでいつものモンモンとタンタンを鏡に映したような、でもどちらも微妙に顔つきや身体つきの違う、たくさんの知らないモンモンとタンタンが、そこでは、深々とした夜空の闇の下、柔らかな街灯と白い石畳、華やかな建物が続く広々とした街で、殴ったり、怯えたり、笑ったり、怒ったりしているのでした。

タンタンはもうすっかりこわくなり、ひきずっていた丸太でごつごつと膨らんだ袋もどさりと肩からずり落ちてしまい、蒼ざめた顔で自分の膝小僧に目をくぎ付けにしていましたが、やがて、視界の端に、知っている文字が見えて、少し気を取り戻しました。タンタン、とか、モンモンとか書いてあります。
ゆっくりと首を回すと、それはたくさんの張り紙がくっついた掲示板で、そのうちの一枚には、こんなことが書いてあるのでした。

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タンタンは、後ろを振り返りました。
そうして、自分の身体よりも、モンモンの身体よりも何倍も大きい丸太入りの麻袋を眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。眺めました。



知らないタンタンたちの悲鳴と、知らないモンモンたちの怒鳴り声は止むことなく、
いつまでも、いつまでも、美しい町の中に響き続けていました。

そうして、タンタンの頭の後ろでは、森が、静寂をたたえて、
からっぽの小屋とともに、ただそこに在り続けるのでした。


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