第1話

文字数 1,937文字

 誰かとの食事が苦痛で仕方ない。

 原因は、小学校の時の給食だ。元々食が細く胃が弱かった私は、給食を全部食べきる事ができず、いつも怒られていた。

「世の中には食べたくても食べられない人がいる」
「農家の人が可哀想」
「給食のおばさんの苦労云々」

 などと学校の先生に注意され、無理矢理食べさせられ、誰かとの食事=怖いもんだとインプリントされてしまった。

 父も母も仕事が忙しく、家族と一緒に食事した記憶も乏しいからかもしれない。高校生になっても給食の嫌な記憶が抜けず、昼休みは部室へ逃げ込んで一人でお弁当を食べていた。

 今は2022年。黙食という感染症対策もあり、余計に食事の時間が苦痛だった。ちょっとでも声を出したら、先生に睨まれる。それもきつかった。

 私のような症状を会食恐怖症というらしい。一応精神科に診断書をもらい、教室で昼ごはんを食べるのを免除されていた。

 教室と違ってこの部室はいい所だ。漫画研究会に所属しているが、ここはフィギアやコミックス、アニメDVDで溢れている。ぼっちでも良いという懐の広さを感じホッとしてしまう。

 そばにマイメロとクロミちゃんのマスコットも置いて一緒に食事する。マイメロとクロミちゃんはメンヘラ御用達のキャラクターらしいが、確かにぼっちの私には何か惹かれるものがある。そんな事を考えながら、コンビニ弁当を食べる。ミニ海苔弁で私の胃袋にちょうどいいサイズ。ご飯も少なめで、ちくわ天やフライも小さくて嬉しい。

「佐野さん、ここで弁当?」

 しかし、なぜか顧問の雲川結衣が入ってきた。この部活の顧問で美術教師だ。噂によると学園長のコネで働いているらしく、授業も全くやる気がない。歳はまだ25ぐらい。痩せているので大学生ぐらいにも見える時もある。

 何で雲川先生がいるのか。顧問だが、別に担任でもないので、私の事情はこの人は知らないが。

「あは、マイメロとクロミちゃんと一緒に弁当食べてるの? ちょっとメンヘラっぽいよ」
「別にいいじゃないですか」
「私も弁当食べよ」

 雲川先生も弁当を出して食べ始めた。自分のと全く同じコンビニのミニ海苔弁だった。

「このミニサイズ最高だよねー。私、食が細くってね。職員室での黙食もきついから、ここで食べるわ」

 そう言い、雲川先生は黙々と食べ始めた。箸の持ち方が綺麗で、姿勢も良かった。私は雲川先生の意外な姿を見てしまう。

 不思議とこの人と食事をするのは、緊張とかしなかった。同じミニ海苔弁を食べているせいだろうか。無理に会話もしないからだろうか。

 この日を境に雲川先生と一緒に弁当を食べるようになった。この部室で、小さな弁当を。

「私、会食恐怖症なんです。学校の給食がトラウマで。無理矢理食べさせられて」
「そっか。そうなんだね。学校の給食は無理矢理全部食べさせるより、自分の胃袋を知って、無理しない方が大事だよね。あと『ご飯少なめで!』と盛り付ける人にハッキリ言う勇気と練習」

 それは雲川先生に同意だった。

「私の親はいわゆる芸術家ってやつだったの。娘にも画家になって欲しかったみたいだけど、自分の才能は自分がよくわかってた。親の言う通り、自分のキャパに合わない美大に行ったりしてたら、人生詰んでたと思う」

 そんな過去の話もしてくれた。

 雲川先生には障害者の友達もいるらしいが、子供の頃からちゃんと福祉支援を受けている子の方が幸せに見えるそうだ。親に無理矢理一般クラスに行かされた子はいじめを受けたり、苦手な事にエネルギーを消耗するらしい。そもそも得意な事や苦手な事も認識出来ず、進学や就職で失敗してしまう事も多いそう。

「自分のキャパを知るって大事だよね。人それぞれ身の丈にあった幸せがあるから」

 雲川先生は、あのミニ海苔弁に視線を落とした。確かにそうかもしれない。

 今のところ、私の会食恐怖症は治っていない。教室で食事するのは無理だ。でも、雲川先生と一緒だったら大丈夫そう。もしかしたら、二人だけの食事だったら大丈夫かもしれないと気づく。

 それに無理矢理会食恐怖症を治す必要もないとも思う。人にはそれぞれキャパシティがある。そう思うと、別にそれでもいいと気が抜けてきた。肝心なのは、自分が苦手な事をちゃんと伝えられる勇気。

「今度、一人で定食屋に行ってみようと思う。色々練習もかねて。店員さんに『ご飯少なめで!』って言うのが目標」
「それは、いいね! スモールステップだよ。それができたら、アイスでも奢ってやるか」
「本当ですか?」
「うん。甘いものは別腹だね。私こそ毎日一緒に弁当食べてくれてありがとう」

 雲川先生は、そう言ってはにかむ。先生と一緒にアイスを食べるのが今から楽しみだった。小さな幸せ? でも身の丈にあった小さなもので良いんだ。
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