You like caffeine

文字数 1,193文字

 先輩がアメリカで恋をして帰ってきた。
 朝、先輩は私にLサイズのコーヒーを押し付けてきた。
「やる」
「味は一緒なんじゃないっすか?」
「馬鹿言え。コーヒーとカフェインは不可分だ」
 いい香りが漂う。
「小さい頃にはカフェインフリーしかなかったんで、違いがよくわかんないっす」
「俺もなかったよ。なんだ。フリーって。カフェインレスって言え!」
 忙しなく席に戻っていく先輩の姿は、デートの待ち合わせに早く来すぎた人みたいだった。
 昼、別のお店のコーヒーを手に、先輩はメモを送信してきた。
「どう?」
「Mサイズにしてください」
「小説の方だよ」
 先輩は仕事そっちのけで、小説を書いていた。
「なんで、コーフィなんですか? 怖いんすけど」
「こっちの方がデカフェされてない感じが出るだろ? 文章の中じゃなきゃ、あの目の覚める感じがおいしさから出力されてしまうんだ。メタバースのコーヒーはカフェインレスだし」
「わかるんですか?」
「間違いない」
「まあ、摂っていないものを感じられる訳ないっすよね」
「映画も動画も日本版は全部カフェインレスだ」
「わかるんですか?」
「この国では小説の中でしか本物のコーヒーには出会えないんだ。どうだ? 飲みたくなったか?」
「全然」
「じゃあ、二作目の方は? 小説がうまくいけば、AIにアニメも作らせられる」
「でも、なんでコーヒー風呂?」
 先輩は身を乗り出した。ぱちっと目が合う。
「漫画もあるな」
「もしかして、カフェインを流行らせようとしてます?」
「はじめは健康薬品でも観葉植物でもいいから、本当のカフェをこの国にとりもどす!」
「古参の緑茶でさえカフェインレスなんすよぉ」
 親指を立てる先輩。
「いいな。緑茶の原点回帰を実現できればいいのか。健康被害といえば、エナジードリンクの過剰摂取によるものくらいだったんだ。十分可能性はある。むしろ謎だ。なぜカフェインを嫌う?」
「もう、好きでも嫌いでもないんすよ。労働時間が短いんすもん。それだけで健康法万歳っす」
「本場のコーヒーを飲めば気分が上がって、集中力が増して、疲労も取れるんだぞ?」
「問題は中毒性ですよ。先輩」
 次の日も、先輩はコーヒーをくれた。はしゃいでいる。
 創作投稿サイトにコーヒー小説が続々と投稿されていた。
「すごいぞ!」
「なんで……?」
「どのタグも先輩後輩、コーヒー、執筆だな。とにかく流行しそうだぞ!」
「ーーでも、カフェインレスっすよこれ」
「お前もわかるのか!?」
「普通は知らないっすもんね。カフェイン」
 うーんと先輩は眉を顰めた。
「そこだよな。……おっ、これはわかってる人じゃないか?」
「あ、それ私っす。先輩の小説読めば、なんとなくわかるんで」
「素質あるな!」
 先輩がカフェインみたいだからだ。
「だって、このままじゃ先輩、アメリカに移住しそうだし」
 まんまるな目をして、先輩は言う。
「なあ、アメリカにコーヒーを飲みに行かないか?」
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