第1話

文字数 7,183文字

私は今年から、美大へ通うために都内の小さなアパートへ引っ越しをした。
その大学から自転車で約10分の距離だったこともあるし。交番も近い。
そして何より安い。
そのせいかすごくボロくて、住む部屋も狭い。
まあ事故物件ではないことがありがたいと思えばいいか。
私は実家から運び出した荷物を片付けていたがその時、トントンっとノックがした。
インターホンが付いているのに誰なんだろうと片付けを一旦やめてそれにでた。
「今行きます」と返事をしてドアを開けたら、一人玄関前で何かの紙を持って立っていた。
顔からして50歳くらいのおじさんだったので「どちら様でしょうか」とさらに返事すると。
「この隣の富澤です、お引越しなされたお方ですか?」と彼は答えた。
「あ…、今日からここでお世話になる松田です。」と返すと、その富澤という彼は
私の後ろの部屋をジロジロと眺めてこう言った。
「あなたもしかして絵を描く人なのですか?」多分段ボールから見えていたキャンバスを
見てすぐにわかったのだろう、この時私は
「あ…はい、美大に通う事になったので」と答えたすると彼は
「絵を描いていらっしゃっていますか、僕もそうなんですよ、これさっき描いた絵なんです
もらってください」とその絵を描いた紙を渡してきた。
見たところ水彩で描かれたイラスト“?”だったのだが本音を言えばあまり上手くはなかった
しかし私はお世辞を交えて
「お上手ですね」と答えたすると彼はすごく機嫌よく喜び。
「また僕にも絵を見せてくださいね」と言って隣の部屋へと戻っていった。
バタンと部屋のドアが閉まる音を聞いてこちらも自室のドアを閉めて片付けに戻った。
「なんだったのだろうあの人、まあ今は片付けね」段ボールから荷物を取り出して、
それを部屋の目に見えるところへ置いた。
ある程度片付けを終え、休憩をしていた時にお腹がグーっと鳴った。そういえば
お昼食べてなかったと気づくが外は夜だし、もうご飯作る体力もないから出前を
頼んだ。
それから何分か頃に、ピンポンが鳴ってすぐに頼んだものを取りにドアを開けた。
「こんばんわー、お届けに参りました」
「ありがとうございます」と代金を渡すと配達員はこう言ってきた。
「お宅の隣って富澤って人でしたよね?」
多分ここの近くの配達員で顔が広いのかもしれないが、そんな事を来たばかりの
私に聞いてきたので「?そうですけどどうしてですか?」と返した。
「あの人は…いやなんでもないです、すみません」とドアを閉めてすぐにカンカンと
廊下を走っていった。
「なんだったんだろう?」と思うが今は食事にありつかなくちゃとさっきの言葉を忘れて
出前を食べ、1日を終えた。
朝の8時過ぎ、今日から大学へ通う最初の日となる、キャンバスや絵の具や筆を持って
早速学校へ向かった、重い荷物を抱えて玄関のドアを開けたら、廊下に彼がいた
「あ、富澤さんおはようございます」
「あ、松田さんおはようございます」と挨拶をしてすぐに学校へ向かおうと思ったが
彼はその都合を考えてないのか、「ちょっと待ってください」と止めに入った。
「メールがまだ交換してないですね、ぜひしてください」
本来なら「いえ、それはちょっと」と言って断るのが妥当だが今はそんな余裕がなく
「あ…いいですよ」と言ってしまった。
メアドを交換した後さっさと荷物を自転車に積み学校へと向かった。
このアパートの近くに通うべき学校があってよかった、美大生なので重い荷物を持って
通う事になるが、これを我慢する時間は少しですむから引っ越しは正解だった。
新入生の挨拶など済ませて、私の学部である“油絵科”の紹介を先生がしてくれた。
製作室の紹介を先生がしているところ、ケータイがブーっとなった。
「今日は大事な話だがら無視っと」それに出ずに先生の話を聞いていた。
その後は同級生と挨拶を少しして、新入生のすべきことは午前で終わった。
先ほどきたメールを確認したら、富澤さんから来ていた、内容はこうだ。
「水彩で描きました」とあのイラストを添えていた。
「うーん、やっぱり“下手”だね、でもそういうのもねぇ」と思い適当な事を言って
メールを返した。
それからはバイト先を探しにアパート近くの店を回った。
美大はお金がかかるのでバイトは必須だから。
バイトの面接中もメールは来た。
しかし無視をして集中をした、なんとかバイト先も決まり、午後のすべきことも終えた。
近くのラーメン屋で食事をしてから、自分のアパートに戻ってきた。
階段を登り廊下へ差し掛かった時にそこに誰かがいた。
あれは富澤さんだ、廊下の手すりで何やらぶつぶつと言っていて何をしてるのだろうと
「富澤さん何しているのですか?」と尋ねた。すると
「なんだよ!わしになんかようかよ!さっさと言えよ‼︎」と大声で怒鳴り出した。
「え…いや」とたじろいでいると彼は服につかみかかって引っ張り出した。
「さっきもそうだがなんだあの返事は‼︎、まともな返事ができんのか‼︎」と耳元で大声を出して
喚いた、それを聞きつけたのか、下の階からここの住人らしきおばさんがやってきた。
「富澤さん‼︎落ち着いて‼︎」とすぐに彼のつかんだ手を離して。
「ここはなんとかしますので、すぐに部屋に戻ってください!」と言ってきた。
私はすぐに部屋に戻ってドアの鍵を閉じた。その後も言い争うような大声が聞こえてきて
何分後かに収まった。
「なんだったんだろ…あの人…」と今日はそんな事を気にする暇もなく、歯を磨き寝た。
そんな出来事があってからの朝、朝食をとっている時にドアをノックする音が聞こえた
誰なのかと出てみたら、昨日大騒ぎしていた富澤さん本人が尋ねてきた。
「昨日はごめんなさい、すごく嫌なことがあって…」と頭を下げて謝ってきた。
このことから私は彼が悪気があったわけでなく、よくある嫌な事があって機嫌が悪いという
人間の“誰にもある事があった”だけと思ったので。
「あ、いいですよ気にしてませんから」と返した。
そしたら少し気を良くして「これからも仲良くしてください」と言ってドアを閉めて
隣の部屋へ帰った。
その後は学校へ行き、最初の授業を受けていたら。メールが来た。
中身はいつもの“絵を描いたのでみてください”という内容だったが適当に返すと
またあの時のようになるから今度はお世辞を交えて丁寧に返した。
最初のあたりはなんとかできたものの、このメールのやり取りは徐々に数を増やしていった。
ある時はデッサンなどの制作授業中に、またある時はバイト中もそうだった。
こんなことを繰り返すので、先生やバイト先の店長からよく注意されることが増えた。
これ以上頻繁なメールが来て対応していたら日常のすべき事ができない。
こういう時普通は本人に“頻繁なメールはやめてください”と言えば何もなく
解決はするかもしれない。
しかし相手は昨日メールなどの反応で人が変わったように暴れる人。言ったらどうなるか
自明である。
「言える人とすればあの時駆けつけてきたあの人かも」と思いその人の部屋を探す事にした。
富澤さん以外、その階の下の管理人室へ行きチャイムを鳴らした。
出てきたのは本人だった。
「あら、えーと松田さんじゃないですか、どうしました?」と聞いてきたので。
「あ…えーと実は富澤さんのことで相談がありまして…」と聞くと少しため息をつき。
「そう言えば松田さんはここへ来るのは初めてですし…、どういった内容ですか?」と返した
私は今までの内容を管理人さんに話した。
「わかりました富澤さんには私から言っておきますので」と答えた。
ちょっとだけ私は安心をしたところ管理人さんは話してきた。
「昨日のことは大丈夫でしたか?、それがちょっと心配で」
「あ…ええ」と返事をした、すると
「ごめんなさいね、実は富澤さんはなんというか…精神的な障害を抱えていて、
普段はおとなしい人なんですけど嫌な事があると手につけられないくらいに人が変わるの」
と管理人さんは彼について話した。それに対して私は
「えっと…家族はいないんですか?、そういう人は普通誰かサポートが入るのでは?」
と聞くと
「兄弟はいたのですが、絶縁になってね…、常に警察沙汰を起こすからそれで…」
と言った。
「今富澤さんをどうにかできるのは、福祉士をやってた私だけで、彼を落ち着かせる薬も
もらってきてるので」
という管理人の表情は少し疲れがあるように見えた。
私は一通り相談をし終えたので、部屋へ戻ることにした。管理人さんは
「また何かあれば相談してくださいと」添えて部屋の扉を閉めた。
自分の部屋へ帰ろうと階段を前へ来た時に誰かの視線を一階の各部屋の廊下で感じた。
パッとみたらちょうど2メートルくらい先の部屋がバタンと閉まった音がした。
「誰か帰ってきたんだろう…きっとそう」と思い自室へ戻った。
ある日の休日だった。私は自分の絵を描いていた。
いつもは課題の絵やレポートだったけど、たまには自分の描きたいものを描くのも
気分はいいと思い、アクリル絵の具を出した(油だと乾くの遅いし、値段も高い)
ある程度出来上がってきた時に扉をノックする音がした。
もう誰だかわかった富澤さんだ。
「こんにちわ、どんな絵を描いているか見せてください」と言ってきた。
大家さんから彼の事を聞いて、私は彼には少し優しくしないとと思って
「ええ、いいですよ」と答えて部屋に入れた。
彼はまだ完成をしていない絵を見ていた。
「なるほど…こういう…」とぶつぶつと言ってしばらく眺めていた。
そして。
「ありがとうございました、また見せてください」と言って部屋を出た。
バタンと隣の部屋の扉の音が聞こえたので、すぐに絵の続きに入った。
ある程度描いた後は休憩のために外に出て空気を吸った。もちろん下の階で
スゥーっと呼吸をしていたら。
「おはようさん」とおじさんの声がした、後ろを振り向くと、声の通りの
強面のおじさんが話しかけてきた。
「えっと松田さんだっけ最近来た。」
「あっはいそうです…」
「すまんな挨拶に来てなくて、あの時夜勤明けだったんで」と
ゲラゲラと笑った。見た目は怖いけどひょうきんでいい人だったのは
すぐわかった。
「ところで、お前さんは富澤の隣の部屋で暮らしているらしいけど…」
「えっなんでですか」と聞くと部屋の廊下の裏側まで連れていかれた。
「誰もいないよな…よし」
なんだろうと不安になりながら私はこう聞いた。
「富澤さんの事がどうかしたのですか?」
「あいつに何もされてないか?」
とヒソっとした感じで話してきた。
「え…?いや今は特にないですよ、前はちょっと…」
「やっぱりか‼︎あいつまたやったのか‼︎」と大声を出した。
「あいつはこのアパートではみんなから嫌われているやつだよ
毎日何かあれば大声で騒ぎ出してさ、もう一生刑務所にいろって
思うんだよ‼︎」
そのおじさんは言葉に恨みつらみをのせるかのように続けて話した。
「君が来る前にそいつの隣に先住者がいたんだが、あいつが暴れるから
引っ越しちゃったんだよ前もその前も」とヒートアップするように
口ぶりは荒くなっていたので「落ち着いてください」と私は言った。
「でも大家さんは、あの人は障害のある人だって言ってし…」
「知るかそんなもん、そうだからといって許される事があるかい、
あいつになんか絵をもらったけどそんなもんゴミにしかならんよ」
と言ってたので富澤さんは、このアパートの全住人に描いた絵を配っていたらしいし。
もらった住人は皆それを捨てているというのを、このおじさんの話から想像がついた。
「おまえさんも、あいつから何かをもらうなよ、もらったら捨てろよ」
と言った後少し落ち着いたのか彼は。
「まあ何かあれば俺んとこに来なよ、103の“吹田”だ」と言ってどこかへ行った。
「…とりあえず家に戻るか」と思ったその時に上の方から窓がピシャっと閉まる音がした
その窓は多分だが私の隣の部屋の窓だったかもしれない。
もしかしたら“聞かれていた?”と考えたがすぐに頭から話した。
不安なことは頭に入れたくないから。
その夜、隣の部屋でダンダンと大きな物音がした、“また”富澤さんが暴れているのだと
思いその音に耳を尖らせないように眠ることに集中した。
「…!…‼︎」と何か叫んでいるように聞こえたけど物音のせいで聞こえない。
私のその夜の寝心地は最悪だった。
次の朝だった、私はゴミ袋を両手に持って下にあるゴミ捨て場に向かった。
「眠い…」とあくびをしながら階段を降りるとそのゴミ捨て場に彼がいた。
私は気づかれないように、そばにあった木の後ろに隠れて、富澤さんがどこかへ行くのを
待っていた。
「昨日あんだけ暴れてたんだ、今もあの時の気分だろう…」
とよく見たら彼はゴミ袋を開けて漁ってたのが見えた。
やはり吹田さんとの話を聞いてたのだろう、自分のあげた絵を捨てられたと思って
ゴミを漁って探しているんだと、私はすぐに部屋へ戻ろうとしたら。
「ちょっとあなた‼︎何やってんのゴミ袋漁って‼︎」
巡回中の警官が彼に話しかけてきた、普通ならこういう時は大人しくなるか
勇気あるものはすぐに逃げ出すだろうが、今の富澤さんはそれには含まれない。
「なんだ‼︎警官がなんのようだ‼︎なんも悪いことしてないだろうが‼︎」と怒鳴りつけた。
警官もまた何かを察したように「落ち着きなさい」と言ったが彼の感情は
さらにたかぶったのだろう
ついに警官を殴り倒した。そばにいたもう一人の警官が暴れる彼を取り押さえてそのまま交番へ
連れていた、ここまでならそれで済んだだろうが、連れていかれる時に私と彼の
目が合ってしまった。
その時私は戦慄した、この後のことは予想はつく、大家さんがきっと彼を迎えに来る。
その時に解放された彼に逆恨みされるのではと思った。
私はすぐに自室へ戻り鍵をかけた。
「どうしよう、あの人に何か勘違いされたのでは」と思って少し怯えて部屋の隅にいた。
すると部屋のインターホンが鳴った、富澤さんはすぐに連れていかれたので違うとわかり
ドアを開けてみると、昨日の吹田さんが訪ねてきた。
「あっどうも昨日は…」
「おう、実家のお袋がたくさん芋送ってきたんで少し分けてやるよ」
と袋に入ったじゃがいもを持ってきてくれた。
「ん?どうした、なんか元気なさそうだけど…」と自分の顔色に気づいて吹田さんは
私に聞いてきた、私は今起こった出来事を彼に話したら。
「まあ大丈夫じゃないか?、あいつは今交番にいるのだろ、仮に大家が連れて帰っても
しばらく大家のとこで隔離になるもんだから」と心配を払うように言ってくれた。
その後は他愛のない話をして吹田さんは「じゃあな」と言って扉を閉めて自分の部屋に
戻った。
そして夜、提出するべきレポートを書き終え、夕飯の支度をしようと台所へ向かった。
すると下の方から何かの音が聞こえた。
「…!…」とはっきりは聞こえていないが、誰かの声が聞こえた。
私は外に出て廊下の下の覗いた、ちょうど103号室の方から人かげが見えた
「吹田さん?…いや違う、あれは富澤さん?」夕暮れのほのかな光ではっきりわかった
彼の手には血のついた包丁を持っていたことを、まさか…っと思う前に音が出ないように
そして素早く玄関へ戻った。すぐに鍵をかけてケータイから110番の電話をかけた。
「はいこちら警察署です…」
「もしもし、アパートの住人が包丁を持って下の部屋から出てきました…」
「アパートはどちらですか?」
すぐにここのアパートの名前を言おうとした時だった、カンカンカンと階段を登る音が
聞こえた。
廊下の足音はすぐ自分の部屋の前で止まった。トントンとドアを叩く音が聞こえた。
悪い予想は現実になった、やっぱりあの時…、すぐにドアの叩く音はドンドンと大きくなり
ドアをガチャガチャとノブを乱暴に回し始めた。
外に声が聞こえないようにそして正確に、
「〇〇アパートです、すぐにきてください」と言ってすぐに切った。
外にいる彼はドアを蹴り始めた、木でできた簡単なドアはきっとすぐに破れるだろう。
私はすぐに窓を開けてすぐに窓から逃げようとした。
しかしここからの高さでは足を怪我する可能性がある、ここからの脱出をやめすぐに
洋服ダンスに入って隠れた。ドアはバギッと破れて中から血まみれの富澤さんが入ってきた。
彼は部屋の中をガタンガタンと荒らして私を探していた、すぐに空いてる窓を見て彼は私が
外へ出たと思いすぐに部屋を出た。
今のうちにこのアパート近くの交番へ向かおうと慎重に部屋を出た、幸い廊下には富澤さんは
後ろをむいていたでゆっくりと足音を立てずに階段を降りた、しかし彼の勘付いたのか
階段の中腹あたりでそっちへと近づいてきた。
私は思わず“早足で階段を降りてしまった”。
タンタンと足音がしてしまったのでその音を聞いて、彼はダッと走ってこっちへ向かった。
私は走ってすぐに交番へ向かった、後ろから包丁を持った富澤さんが迫ってきた。
「捕まったら殺される…!」と思い、無我夢中に走った。
しかし女性の私は全力で走っても足が遅かったので彼との距離はどんどん近づいてきた。
もうだめだ、捕まってしまう…とハアハアと息を切らして走ったその先に、
小さな交番が見えてきた、私はすぐにそこのドアを開けて警察官に助けを求めた。
同時に富澤さんも入ってきたが、すぐに警官に取り押さえられた。
私は一気に力が抜けてその場に座り込んだ。
今までニュースとかで聞く犯人に追われるということを経験したのは、この時が最初だった
あの後聞いた話だけど、富澤さんは大家さんと吹田さんを包丁で刺して殺害したと聞いた。
そしてその後に私を殺そうと考えてもいたと。
事件が落ち着いてすぐ私は今のアパートを引っ越して、友人の住むアパートへ住むことにした
大学から少し遠くなり、私は重い画材を抱えて学校を通うことになった、けれども
今度はもうあのようなことは起きないと思う、あの時のようには。


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