津波が隠した名前の行方は

文字数 980文字

肌を焼くような日差しの夏の朝、十二年前の記憶が呼び起こされた。


それは東日本大震災から約一年半後のこと。私は災害ボランティアの一員として、宮城県の海岸にいた。

大きな川の河口付近にある、長さ百メートルほどの砂浜。風はなく、波は穏やかに海岸線を漂っている。

肌を焼くような日差しの元、私を含む約二十人のボランティアが砂浜に並び、主催者の説明を聞く。

作業内容は遺骨と遺留品の捜索。津波で海底の土砂が浜を覆ってしまったため、スコップで砂を掘り起こしながらの作業になるらしい。

いざ作業を始めてみると、確かに掘っても掘っても何も出てこない。五十センチほど掘って、ようやく砂以外のものが見えてくる。しかし、そのほとんどが大きな石や家の残骸と思われる木片で、遺留品と思しきものはなかなか見つからない。

それでも作業を始めて三十分ほど経つと、各所で遺留品発見の報告が上がってきた。遺骨らしきものが見つかったときは周囲がざわめいた。

ノルマがあるわけでもないのに、遺留品を見つけられないことに少し焦りを感じ始めたとき、砂の中から何かが出てきた。

スコップを手放し、手で砂をかき分ける。中から出てきたのは名札だった。地元の中学校のもののようで「本郷望海」という名前が書かれている。

ホンゴウノゾミ、と読むのだろうか。男女どちらともとれるその名前を見ていると、否応なしに人物像をイメージさせられる。

年齢や学年、性別などをいろいろ思い描くのだが、どうしても

「生きてるのかな」

という疑問が頭をよぎる。悲観的なことは考えたくないのに、震災の被害規模から最悪のケースを想像してしまう。

頭を振って悪いイメージを必死に振り払い、

「きっと生きてる」

と自分に言い聞かせ、スコップを手に取り作業に戻った。

その後、作業は四時間ほどで終わった。主催者の話では、遺骨らしいものが数点と多数の遺留品が見つかったそうだ。遺留品は警察や自治体で保管し、持ち主がわかるものは本人や家族に返却されるとのこと。

「あの名札も本人に届きますように」

そう願いながら、帰り支度を始めた。


あれから十二年後の夏。出社直後に起動したパソコンに、人事部から「中途採用社員の配属先」というメールが届いていた。

メールを開き、本文に書かれている社員の名前を見た瞬間、私の頭の中にあの砂浜での記憶が呼び起こされた。そこに書かれていたのは……

総務部 本郷望海
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