相性の良いカラダ。

文字数 2,440文字

 はは、いやあ楽しいなあ!
 これは何とも奇跡的だね、長い旅をしているとちゅうで、こんなに気の合う可愛い(ひと)と出逢えるなんて!
 え? 「わたしにとっても奇跡的よ」? はは、君は本当に可愛いことを言ってくれるね! うん? ぼくの旅の目的かい? 笑わないでね、この旅は「相性の良いひと」を探す旅なんだ。とびっきり相性の良い相手を探すために、はるばる異世界からこの国まで、ふらふら旅してきたんだよ。
 でももう今回は、旅の目的を達成しちゃったかもな。うん? 本当だよ! 君みたいに相性の良さそうなひとと逢ったのは初めてかもしれないよ! ……あれ? そんなに疑うんなら、ベットでの相性も試してみるかい?

* * *

 ……はあ、気持ち良かったよ。
 本当、奇跡的だなあ。君みたいなひとと巡り逢えるとは……。やっぱりぼくの思った通り、君とはとびきり相性が良い!
 それに顔立ちも綺麗で何ともキュートだし、これなら彼女も満足してくれるだろうな……。けれど本当に残念なのは、相性が良いのは顔だけだってことだよ! これほど親和性が高いなら、体まるごと使えると思っていたんだけどな……。
 ……え? 「いったい何を言っているの」? はは、知らない方が無難だよ。ほら、後ろから濡れた布で口を押えられただろう? 甘い香りがするだろう、眠くなってきただろう……そのまま眠ったままで首を落とされて死ねば良い、死骸は存分に有効活用してあげるから……。

* * *

「……どう? 着け心地はどんな感じ? 違和感はない?」
「ええ、とっても。生まれた時から着けてたみたいなフィット感!」
 もう旅の支度を終えた青年の目の前で、さっきまでベットを共にしていた乙女が微笑(わら)う。その白く細い首すじには、すうっと一本赤い線が引いてある。ご機嫌な彼女の目を申し訳なさそうに甘く見つめて、青年はもごもごとつぶやいた。
「……ごめんね、ぼくはにぶいから……女性とベットを共にしないと、君との相性がちゃんと確かめられなくて……」
「ううん、いいのよ。あたしのために『好きでもない相手』といちいち体を重ねるあなたの方が、よっぽど気が重いはずだもの!」
 何でもなさそうに応える乙女の首が、一瞬ぐらりと不自然に揺れる。あわてて彼女の頭を支えた青年は、気づかわしげに苦言を(てい)した。
「ああ、ほらほら気をつけて! まだ体と首がなじんでないんだから!」
「ええ、ごめんねあなた。あんまりこの首と相性が良かったものだから、ついつい油断してしまって……」
「うん、君が無事なら良いんだ。しかしあんまり美しすぎるのも不幸だね。本来の君の美しさに惚れ込んだ女神さまに、君の体をまるごと奪われてしまうなんてさ!」
「ええ……いいえ、それでも魂を消されなかっただけまだましだわ。代わりにあてがわれたのは、『生まれたてのゾンビ』の死んだ体だったけど……」
 あきらめたように微笑う彼女に、青年はいかにも不服そうにしなやかな腕を組んでみせる。
「それにしたってあんまりだ! 刻々腐っていく体のために、ぼくらは異世界まで渡り歩いて『替えの体』を探さなきゃいけなくなったんだから!」
「腕一本とか、足一本とか、相性の良いパーツがばらばらに見つかるのも難よねえ。おかげで体がツギハギだらけ……」
 彼女がついつい本音を吐いて、なめらかな絹の衣装にくるまれた腕をすらとはだける。その腕にも、よく見れば手首や足首にも、体を()いだ血の色の線がついている。大きくうなずいた青年は、愛おしむように慈しむように、そっと乙女のほおに触れた。
「まったくもって……! 相性の良い体のある場所に、ピンポイントでワープ出来る能力をくれたのは、それでも女神に感謝だけどさ。本当に君になじむパーツかは、体を重ねないと分からない……」
「だから良いのよ、構わないわ。あなたがあたしのためにしてくれていることだもの」
 彼女はようやくなじんできた首をほんのちょっぴりかしげて、他人の顔ではにかんだ。青年もふっと微笑い返して、そっと乙女の手を握る。
「それじゃあ、そろそろ旅に出ようか。ぼくのカンでは、次に出会うのは胴体だね」
「なるべく胸がおっきければ良い。あなた、大きい胸が好きだし」
「はは、何でも良いんだよ。誰より愛しい『君の魂の入れ物』ならね」
 さらりと甘い言葉を返した青年の目の前で、赤く染まったベットからずるりと首なしの死体が落ちた。それには目もくれず立ち去りかける青年に肩を抱かれつつ、乙女は少しためらうようにふり返る。
「……ねえあなた、あの死骸はどうするの? あのまま腐らせちゃ、何だかちょっと可哀そうだわ」
「うん? 良いよ、あのまま放っておいて。相性の良い首を()ったら、あれはただの……」
 青年は新しい彼女のくちびるへそっと口づけて、それからふふっと含み笑って吐き捨てた。
「ただの、ゴミだよ」
 はにかみ合って手に手をとって、二人は部屋を後にした。
 二人は、知らない。もう自分たちの魂は、腐りきっていることを。魂が腐れきってしまえば、じきに「入れ物」も腐れることを。
 乙女の体も青年の体も、もう中身に毒されてじゅくじゅくに熟しきっている。もう間もなくだ。もう間もなく、おそらく次に訪れる地で、二人は二回目に死ぬゾンビのように、ぐずぐずに腐って土に還る。
 そうして魂のなくなった元の体も、やはり永くはもたないだろう。二人の遠い故郷で『絶世の美人』の生活を謳歌している女神さまも、知らず知らずに体がはしから腐ってきて、甘く()えた香りがしてきて……。
 おや、そこのあなた。テーブルの上の果物かごのフルーツたち、熟れすぎてやしませんか? これはいけない。きっとこの話も何も、腐りかけの果物が見た夢なのでしょう。
 おや、あなた。あなたも買われてだいぶ時間が経ったみたいだ。体を嗅いでごらんなさい。甘く饐えた匂いがしませんか? 香水? シャンプー? 柔軟剤? ははは、ご冗談おっしゃるな。果物は風呂に入らないし、第一おしゃれもしませんよ!(了)
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