鬼の子と洋服屋さん
文字数 1,990文字
とある小さな村に洋服屋さんがオープンしました。
店主の腕は確かなのですが、いかんせんまだ引っ越してきたばかりのオープンしたて。なかなかお客さんを獲得できません。
今日も今日とてミシンを使いながらそんなことを考えていると、店のドアを遠慮がちにノックする音が聞こえてきました。
いそいそとドアを開けてみると、そこには何と、頭に角をはやした子どもがいるではありませんか。
店主は一瞬おどろきましたが、この村の近くの山には、心やさしい鬼の一家が住んでいると聞かされていたことを思い出しました。
鬼たちはめったに姿をあらわしませんが、村人たちが使う道をふさぐ岩をどけてくれたり、村はずれにある畑の草を抜いてくれたりと、よく手伝いをしてくれるのだそうです。
オドオドとした上目づかいでこちらを見てくるこの子は、その鬼一家の子どもに違いありません。
とびきりやさしい声でそう訊ねると、鬼の子はしばらくモジモジしていましたが、やがて思い切ったように口を開きました。
なるほど。お囃子や屋台のない山の中でも、華やかな浴衣を着ればちょっとはお祭りに参加したような気持ちになれるかもしれません。
親思いな鬼の子のアイデアに心打たれたものの、鬼が着られるほど大きな浴衣ともなると、生地を沢山使わねばなりません。この子にその代金が払えるのでしょうか?
鬼の子がさし出してきた袋の中には、山で集めてきたらしき綺麗な小石が詰まっています。店主はその袋を受け取って、うなずきました。
鬼の子のよろこぶ顔を見て、店主はこれでいいんだと思いました。それに、鬼の浴衣を作ったとなれば、バツグンの宣伝にもなるでしょう。
しっかりしているようでもやっぱり子ども。親鬼の具体的なサイズはわからないようです。
と、その時。店主は村の人から教えてもらったもうひとつのことを思い出しました。あ れ を利用すればどうにかなりそうです。
「パパが姿を見せたら村の人がビックリしちゃうから」そう言って鬼の子は頭を下げ下げ去っていきました。
店主はやはり村のはずれにある、ハスを育てている泥田へと向かいました。
泥田のはしっこに残るとにかく大きな足跡。
これは昔、鬼が泥をかき混ぜてくれた時に残していった跡だと聞きました。この巨大さからして、きっと鬼パパのものに違いありません。
店主は店で一番大きなメジャーを取り出すと、ていねいに足跡を測り始めました。
店主は急いで店に戻ると、上等な生地を倉庫からありったけ運び出し、浴衣作りの準備に取りかかりました。
それから夏祭りが行われるまでの数日間。
店主は不眠不休でミシンを動かし続けたのです。
夏祭り当日の早朝
ヒュー……パンパーン
ヒュー……ドンッ
パンパン……パパーン
ひと仕事やり終えた店主は、寝不足のまなこをショボショボさせながら、それでも満足そうに夜空に咲く大輪の花を見上げていました。
今ごろきっと、揃いの浴衣を身につけた鬼の親子も同じ夜空を見上げていることでしょう。
それから。
鬼の親子の浴衣をみごと縫いあげた店主のお店は、評判が評判を呼び、どんどん繁盛していったそうです。
また、鬼の子がくれた袋には、べに縞のメノウだの水晶などがぎっしり詰まっていたため、洋服屋さんが仕入れのお金に困ることはなかったそうです。
おしまい