Trick or Treat?

文字数 3,265文字

 十月三十一日。今日はハロウィン。

 いつものように『サウンドショップフジモリ』のスタジオに集まったあたしたち。だったけど、今日はいつもと違う仕掛けを用意していた。だってハロウィンだよ? 楽しいことしたいじゃん!

ちーちゃんまきちゃん、ちょっと先に入ってて
 ということで、二人を先にスタジオに送り込んで、あたしはてんちゃんと一緒に準備を始めた。
(さて、これでよし……っと)
 準備を整えて、あたしは二人が待つスタジオへ飛び込んだ。

 この魔女の格好で!

じゃーん! トリックオアトリート! お菓子くれないと悪戯しちゃうぞー! ってね
 二人とも目をぱちぱちとさせたあと、まきちゃんは歓声を、ちーちゃんは呆れた声を出した。
わー、ちなっちゃんかわいい! 魔女っ()じゃん!
よく用意したわねその衣装……というか、どこで着替えたの……?
えへへーいいでしょいいでしょー! ちょっとそこで買ってきたんだけど、いい感じじゃない? あ、着替えはてんちゃんに部屋貸してもらっちゃった
てんちゃんも共犯なのね、どうりで来るのが遅いわけだわ……
 ますます呆れるちーちゃんを横目に、まきちゃんは目を輝かせてぐるぐるとあたしの仮装を見回してる。
いいなあいいなあ、あたしも仮装したい!!
やろうよ、せっかくのハロウィンなんだし。二人の仮装も見たい!
するするー! ちょっと買ってくるわ!
 そう言うなり、まきちゃんはさっそくスタジオを飛び出してった。その様子を見送ったちーちゃんは、行かないの? と言いたげなあたしの視線に応えるように、一言。
わたしはしないわよ
えー! なんで!?
そういうのはやりたい人だけすればいいの
む~……
 少しすると、てんちゃんが手に何か抱えてスタジオに入ってきた。
あ、てんちゃん! ねえまきちゃん見なかった?
まきならいまボクの部屋で準備してる。それよりなお、トリックオアトリートの『トリート』のほう、ハイ
 ハイ、と言われるがままに手を出すと、抱えていたビニールの包みを一つ、手のひらに載せてくれた。中に入ってるのは……
わぁ、クッキー! ありがとう! もしかしてこれ手作り?
 あたしの言葉に、てんちゃんは小さく頷いた。ちーちゃんが横から包みを覗きながら、なぜかちょっと不安そうな顔をしてる。
何か仕掛けがあったり、しないわよね? 辛いとか、酸っぱいとか……
なにサクラ、そういうの食べたかった? 今から用意してこようか?
結構よ、このままいただくわ
いやこれはサクラにあげるとは言ってないけど
は……?
 てんちゃんが余っていたクッキーの袋を懐に隠す。ちーちゃんが面食らっていると、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
がおーっ! なんちゃって。どう?
 服装はシンプルだけど、がっつりとクマやキズメイクをしたまきちゃんゾンビのお出ましだった。
おぉー! まきちゃんゾンビメイクかっこいいよ!
なんか、ちょっと吸血鬼混ざってない?
 あたしが拍手をする横で、てんちゃんはまきちゃんの顔を冷静にじーっと見つめる。まきちゃんは吸血鬼の牙が見えるように、ちょっと照れたように笑った。
あ、ばれた? ちょっとこの牙憧れでさあ、つけてみたかったんだよねえ。でもただの吸血鬼だと物足りなくって、アレンジしちゃった
なかなかサマになってるじゃない。ハロウィンにライブする機会があったら、これでステージに上がってもいいくらいよ
仮装ステージか、悪くないね。あ、吸血ゾンビさんにも『トリート』どうぞ、ハイ
やったー、てんちゃんありがとっ!
 クッキーを受け取るまきちゃんを見て、ちーちゃんがてんちゃんに不満げな声をあげた。
ちょっと、だからなんでわたしはもらえないのよ
だってサクラ仮装してないじゃん。それにお菓子も持ってきてないでしょ?
いや、まあそうだけど……
仮装もお菓子もない人には……ハイ、ボクからの『トリック』
 そう言うとてんちゃんは、クッキーの包みよりももっと大きな塊……というか衣装を差し出した。丁寧に畳まれた黒い衣装の上に載せられてるのは……ウサギの耳のカチューシャ?
てんちゃん、まさかそれ……
 ちーちゃんもそれが何かを察したようで、即座にきっぱりと言った。
却下
拒否権なし
なんでよ!?
 声を荒げるちーちゃんの横で、まきちゃんがまた目をキラキラさせて衣装とちーちゃんを交互に見た。ゾンビの格好でそれをしてるから、なんというか異様。
いいじゃんちなっちゃん、こんなときしか着られないよ? 着ようよ着ようよ!
もともとこんなの着る気なんてないから! ……ってちょっと、てんちゃんどこ連れてく気!?
 必死で反論するちーちゃんの腕を掴んで、てんちゃんがスタジオを出ていこうとする。
よしよし……クッキーよりもいい『トリート』あげるから……
 甘い誘いの言葉をささやくも、意地悪ににやつくわけでもなく、いつもどおりの仏頂面だから逆に怖い。
それ着るくらいならクッキーもトリートもいらないわよ! ちょっと聞いてる!?
 ぱたん、と、二人が出ていったドアが静かに閉まった。
……遅いね、ちーちゃん
 二人が出ていってから、かれこれ二十分くらい経っただろうか。あたしとまきちゃんは指慣らしも終えて、新曲のフレーズをところどころ確認しながら、二人の帰りを待っていた。
うん、まあ仮装がアレだし……着るの渋ってるんじゃないかな……
だよね……あ、戻ってきた
 ドアが静かに開くと、ぴょこ、とウサギの耳とちーちゃんの顔半分が隙間から覗いてきた。いや、もうその動作だけでかわいいんだけど、ちーちゃんはなかなか入ってこようとしない。その後ろからてんちゃんの声がする。
サクラー、早く入らないと他のお客さん通っちゃうよー?
そ、それは困るけど……ちょっと、てんちゃん押さないで……うわっ!
 てんちゃんの仕業か、ちーちゃんの本体が一気にスタジオの中に押し込まれた。顔を真っ赤にしたちーちゃんが身に着けていたのは、予想通り……
 ……いや、予想の斜め上を行く、セクシーなバニーガールの衣装だった。
………………
………………
………………
………………
 ちーちゃんは照れのせいで、あたしとまきちゃんは衣装を見た衝撃で、てんちゃんは満足そうな表情で、みんなしばらく一言も発しなかった。

 ようやく、まきちゃんが口を開く。

…………かっ
かわいい! チョーかわいい! え、ちょっとこれはやばいよちーちゃん!
想像以上だったね、やばいね
なにがどうやばいのよ……ていうかふたりともカメラを仕舞いなさい!
 ちーちゃんがあたしたちから慌ててスマホを取り上げようとする。その横で、てんちゃんは今日いちばんのしたり顔をみせた。
いいチョイスだっただろ?
最高! てんちゃんグッジョブ! もうこれは永久保存だよ!!
だから写真はやめてって……てんちゃん覚えてなさい……
あれー? 今度の新作ギターの試奏会連れていかなくていいのー?
ぐっ……
 てんちゃんの言葉に、ちーちゃんの覇気が削がれる。ちーちゃんへの『トリート』って、そういうことだったのね。

 そういえば……と、あたしはてんちゃんに尋ねた。

ねえ、てんちゃんは仮装しないの?
あ、たしかに
そうよ、お菓子係だからって逃げられると思ったら大間違い……
おっと、ちゃんと自分のぶんも用意してるってば、ほら
 みんなからの期待の視線を集めるなか、いつの間に用意してたんだろう、ドラムの影に隠してたものをてんちゃんはひょいっと被った。
あの、それは……
 尋ねながら、まきちゃんが絶妙に笑いをこらえた顔をしてる。てんちゃんが被っていたものは……
かぼちゃ
それは見ればわかる
なんか、一気に仮装のレベルが下がったというか……
作画が雑
作画言うな
 ほかの三人とは比べ物にならないくらいの仮装のユルさに、一気に力が抜けちゃった。でもまあ、これはこれでアリ……かな?
ていうかてんちゃん顔隠れちゃうのもったいなくない!?
いいんだよボクは顔見えなくたって。これでドラム叩けるし
え、その格好でドラム叩くの見てみたい! っていうか、みんなこれで一回演奏してみようよ、動画録ってさ!
絶対却下!!
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登場人物紹介

斉藤 奈桜《さいとう なお》

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

井川 真希《いがわ まき》

富士森 天音《ふじもり あまね》

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