Trick or Treat?
文字数 3,265文字
十月三十一日。今日はハロウィン。
いつものように『サウンドショップフジモリ』のスタジオに集まったあたしたち。だったけど、今日はいつもと違う仕掛けを用意していた。だってハロウィンだよ? 楽しいことしたいじゃん!
ということで、二人を先にスタジオに送り込んで、あたしはてんちゃんと一緒に準備を始めた。
(さて、これでよし……っと)
準備を整えて、あたしは二人が待つスタジオへ飛び込んだ。
この魔女の格好で!
二人とも目をぱちぱちとさせたあと、まきちゃんは歓声を、ちーちゃんは呆れた声を出した。
ますます呆れるちーちゃんを横目に、まきちゃんは目を輝かせてぐるぐるとあたしの仮装を見回してる。
そう言うなり、まきちゃんはさっそくスタジオを飛び出してった。その様子を見送ったちーちゃんは、行かないの? と言いたげなあたしの視線に応えるように、一言。
少しすると、てんちゃんが手に何か抱えてスタジオに入ってきた。
ハイ、と言われるがままに手を出すと、抱えていたビニールの包みを一つ、手のひらに載せてくれた。中に入ってるのは……
あたしの言葉に、てんちゃんは小さく頷いた。ちーちゃんが横から包みを覗きながら、なぜかちょっと不安そうな顔をしてる。
てんちゃんが余っていたクッキーの袋を懐に隠す。ちーちゃんが面食らっていると、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
服装はシンプルだけど、がっつりとクマやキズメイクをしたまきちゃんゾンビのお出ましだった。
あたしが拍手をする横で、てんちゃんはまきちゃんの顔を冷静にじーっと見つめる。まきちゃんは吸血鬼の牙が見えるように、ちょっと照れたように笑った。
クッキーを受け取るまきちゃんを見て、ちーちゃんがてんちゃんに不満げな声をあげた。
そう言うとてんちゃんは、クッキーの包みよりももっと大きな塊……というか衣装を差し出した。丁寧に畳まれた黒い衣装の上に載せられてるのは……ウサギの耳のカチューシャ?
ちーちゃんもそれが何かを察したようで、即座にきっぱりと言った。
声を荒げるちーちゃんの横で、まきちゃんがまた目をキラキラさせて衣装とちーちゃんを交互に見た。ゾンビの格好でそれをしてるから、なんというか異様。
必死で反論するちーちゃんの腕を掴んで、てんちゃんがスタジオを出ていこうとする。
甘い誘いの言葉をささやくも、意地悪ににやつくわけでもなく、いつもどおりの仏頂面だから逆に怖い。
ぱたん、と、二人が出ていったドアが静かに閉まった。
二人が出ていってから、かれこれ二十分くらい経っただろうか。あたしとまきちゃんは指慣らしも終えて、新曲のフレーズをところどころ確認しながら、二人の帰りを待っていた。
ドアが静かに開くと、ぴょこ、とウサギの耳とちーちゃんの顔半分が隙間から覗いてきた。いや、もうその動作だけでかわいいんだけど、ちーちゃんはなかなか入ってこようとしない。その後ろからてんちゃんの声がする。
てんちゃんの仕業か、ちーちゃんの本体が一気にスタジオの中に押し込まれた。顔を真っ赤にしたちーちゃんが身に着けていたのは、予想通り……
……いや、予想の斜め上を行く、セクシーなバニーガールの衣装だった。
ちーちゃんは照れのせいで、あたしとまきちゃんは衣装を見た衝撃で、てんちゃんは満足そうな表情で、みんなしばらく一言も発しなかった。
ようやく、まきちゃんが口を開く。
ちーちゃんがあたしたちから慌ててスマホを取り上げようとする。その横で、てんちゃんは今日いちばんのしたり顔をみせた。
てんちゃんの言葉に、ちーちゃんの覇気が削がれる。ちーちゃんへの『トリート』って、そういうことだったのね。
そういえば……と、あたしはてんちゃんに尋ねた。
みんなからの期待の視線を集めるなか、いつの間に用意してたんだろう、ドラムの影に隠してたものをてんちゃんはひょいっと被った。
尋ねながら、まきちゃんが絶妙に笑いをこらえた顔をしてる。てんちゃんが被っていたものは……
ほかの三人とは比べ物にならないくらいの仮装のユルさに、一気に力が抜けちゃった。でもまあ、これはこれでアリ……かな?