第1話

文字数 1,760文字

 朝、スクランブルエッグを作っていた。

「なんか上手くいかない……」

 卵をといて、塩胡椒、牛乳入れて適当に焼くだけの料理だが、フライパンにこびりつき、ぐちゃぐちゃ。酷い状態だった。失敗した。

 こんな料理の失敗でも、ぐちゃぐちゃな卵を見ながら、自分と重ね合わせてしまう。

 大学生活に躓き、中退した。そんな私に両親は激怒。家族と関係も悪化し、今は叔母の家で暮らしていた。叔母も家族が亡くなっているので、居候を受け入れてくれたが、料理も何もしないのも気まずい。こうして早起きして朝ごはんは作ろうとしたが、失敗した。

 たかが料理の失敗だが、上手くいかなかった大学生活も思い出す。

 これでも高校生までは真面目な良い子だった。ルールをきっちり守る良い子とも言われていた。

 ただ、大学では自主性や主体性、適度に手を抜く要領の良さも求められた。「真面目な良い子」は、居場所を失い、勉強も身が入らず、結局退学する事になった。結局、その戦略で通用するのは、高校生までなのだ。大学生からは、本音と建前を上手く使う事、要領の良さ、コミュ力、愛嬌、素直さといった社会性の方がよっぽど大事だが、学校では教えてくれなかった。真面目という言葉は、特に取り柄もない人へのものだと気づいたが、もう遅い。学校の先生の言う事を真面目に信じる子が一番損をするのだろう。

 コロナ対策もそうだろう。真面目に対策している人の方が損してる。五類になった途端に周りの空気を読んでマスク外す人が解せない。手の平返しにしか見えない。結局、本質的な事より空気を読みながら生きていくのが一良いのだろうが、空気とか暗黙のルールとかを読むのも得意じゃない。すっかり不適合を起こしていた。

「おはよう、真穂ちゃん」

 失敗したスクランブルエッグを見ながらそんな事を考えていると、叔母が起きてきた。もう身叔母は支度は整えていた。時計を見ると、もう七時半だった。早く起きたと思ったが、結構な時間が過ぎていたようだ。

「え、スクランブルエッグ失敗したの?」

 叔母は特に私を責める事なく、フライパンを片付けていた。年齢は五十代だが、滅多に怒る事はなく、穏やかな性格な人だ。仕事も障害のある子供の支援などをしている。

「まって、新しく私が美味しいご飯作るから。真穂ちゃんは待ってるだけでいいよ」

 叔母はエプロンをつけ、私を食卓の椅子に座らせると、料理の準備をはじめた。

 待つ事二十分ぐらい。

 トーストやベーコンの焦げる臭いが食卓にも漂い、お腹が減ってきた。

「お待たせ。できたよ」

 叔母は出来上がった朝食を並べていた。トーストにミニサラダ。コーンスープ。それに大きなプレートには、スクランブルエッグとカリカリの焼いたベーコンがあった。

 このスクランブルエッグは、私の失敗作とは全く違った。

 ふわふわで雲みたいなスクランブルエッグだった。その色も花のように鮮やかに見える。ベーコンのピンク色と綺麗に調和も取れている。ホテルにの朝食にあってもおかしくない出来だ。叔母は元々料理上手だが、こんな簡単なスクランブルもレベルが高い。いつもは地味な和食の方が多いので、あまり意識していなかったが。

「さあ、食べましょう」

 こうして叔母と二人で朝食を食べ始めた。スクランブルエッグは想像以上にふわふわでクリーミー。本当に雲を食べてるみたいだった。

「このスクランブル、ホテルのみたい」
「ふふ、美味しいでしょ?」
「どうやって作ったの?」
「コツがあるのよ。スクランブルエッグは塩を入れるタイミングが大切。作る前、十五分前ぐらいに塩を入れておくのがベストタイミングね。今日は時間がないから少し早めに塩入れたけど、それでもふわふわでしょ?」

 そんな仕掛けがあった事に驚く。

「何事も時があるのね。こんなスクランブルエッグでも。あなたは、タイミングをちょっと間違えたのよ。一見簡単そうな料理こそ難しいのよね」

 それは多分、失敗したスクランブルエッグについて言っているのだろう。

「そうか、そうだね……」

 それでも、自分の人生の失敗とも重ねてしまう。

「何事にも時があるから」
「そう、だね……」

 もしかしたら、今は「休む時」なのかもしれない。そう思うと、少し肩の荷が降りてきた。

 ふわふわな雲を味わいながら、硬くなった心も溶けていくようだった。
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