第1話
文字数 2,402文字
先生は確かにそう言いました。
「なんでも相談して」
「必ず解決するから」
「秘密は守るよ」
男の子はその言葉を信じ、勇気を出して先生にすべてを話しました。
「これでもう、僕に嫌がらせをしてくる人はいなくなる!」
先生にすべてを話すと、男の子の心は、ぱっと明るくなりました。
次の日、先生は男の子が話したことをすべて男の子に嫌がらせをするみんなに話してしまいました。もちろん先生は、嫌がらせをやめさせるために話したのです。男の子にそれまでどんなことをしてきたのか。どうして嫌がらせをするのか。もし自分が同じことをされたらどう思うか。嫌がらせをする子どもたちを先生は昼休みにひとりずつ呼んで話をし、最後に「もう二度と嫌がらせをするなよ」と言い聞かせました。
教室に戻った子どもがひとり、ふたりと増えていきました。男の子は先生がその子たちを呼んで話をしたことなど知りませんでした。いつものように窓際の一番前の席に座って大好きな本を読んでいました。本を読むとつらいことも忘れられます。本を読んでいる間は、教室とは別の場所にいるような気持ちになります。もちろんそこには、男の子に嫌がらせをする子など、だれもいません。
教室のうしろでは先生に呼ばれて叱られた子どもたちが群れをつくり、男の子の背中をにらみつけながら話していました。
「あいつ、先生にチクった」
「そうだ」
「なんで俺たちが怒られなきゃならないんだよ」
「そうだ」
「全部、あいつが悪いんだ」
「そうだ」
ひとりが言いました。
「学校に来られないようにしてやろう」
「うん」とみんながそれに同意し、子どもたちの群れは男の子に向かって動き出しました。
男の子は妖怪が好きでした。その時、手にしていた本も妖怪について解説した小さな図鑑でした。河童、座童わらし、キジムナー・・・。この世にいるかどうかわからない。でもある人はいると信じ、別の人はそんなものはいないと反論するか、かつてはそういうものもいたかもしれないと、人によってとらえ方がちがう未知の存在について書かれた本です。
「お前。どうなるか、わかってんだろうな」
男の子はいつも嫌がらせをしてくるみんなに囲まれてしまいました。なにも悪いことはしていない。みんなに嫌な思いをさせたこともない。迷惑をかけたり、だれかの邪魔になることをしたこともない。男の子はただ、学校に来て、小学五年生の毎日を過ごしているだけだ。それなのに、いつからか、みんなに嫌がらせをされるようになりました。ノートに落書きをされ、悪口を言われ、持ち物を隠され、下駄箱の靴を濡らされ、ジャージを破られ、カバンに貼っていたシールを剥がされたりもしました。
どうして?
なぜみんなは僕に嫌がらせをするの?
教えて!
僕に嫌がらせをする理由を。
僕にいけないところがあるなら、すぐに直すよ。
だから、だれか僕に教えて。
だれも話してくれなくてもいい。
相手にしてくれなくていい。
ただ、僕になにもしないで!
言いたいことはたくさんありましたが、男の子は何も言えませんでした。
気がつくと、男の子は町を歩いていました。ふらふらと。行くあてもなく。
時々、殴られたところに強烈な痛みが走り、足を止めました。ただ夢中で学校を飛び出していました。
「僕なんか、いないほうがいいんだ」
涙がこぼれてきました。それまではどんな嫌がらせをされても泣いたことなど一度もありませんでした。いつも我慢してきました。でも今日は、涙がとまりませんでした。
「友だちも、先生も・・・。いや、僕なんか友だちなんかじゃないとみんなは言った。先生も僕を守ってはくれなかった。だから、教室にいるみんなは僕の友だち、先生なんかじゃない」
海が見える公園に出ました。青い海はどこまでも続いていて、見上げると白い雲がぽつりと浮かんだ大空が広がっていました。
「僕の居場所は、どこにあるんだろう」
公園は崖の上にありました。男の子はその突端までゆっくり歩いてきました。なにかに引き寄せられるように。からだは独りでにそこに向かいました。
身を乗り出して崖の下をのぞき込みました。荒れた波がくり返し岩礁にぶつかり、白く泡立てられたしぶきが飛び散るのが見えました。
「ここで、なにしてるの?」
男の子は声をかけられました。
もしかしたら、この子も僕に嫌がらせをしてくるかもしれない。男の子は身構えました。
「別に・・・」
「遊ぼうよ」
同じぐらいの歳の男の子ですが、初めて見る子でした。
「・・・いいよ」
「痛いの? 大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「かけっこする。あっ、ダメか。痛そうだもんね」
「・・・」
「じゃ、なにする」
「なんでも、いいよ」
「僕もなんでもいいよ。あれ、ポケットに何が入ってるの?」
「あっ、これ・・・」
男の子はいつも読んでいる小さな妖怪図鑑を差し出しました。
「ボロボロだね。妖怪が好きなんだ」
二人は並んで、近くの壊れかけのベンチに座って本のページをめくりました。
「ねぇ、ねぇ、妖怪について知ってること。僕に教えて」
「うん!」
男の子はうれしそうに妖怪について話し始めました。
「僕が好きなのはね。キジムナー。これが僕の中では一番。だってね・・・」
男の子の話を聞いていた子は、ペロッとべろを出しました。
「そうなんだ。おもしろいね。あはは……。(けっこう人気あるんだな……。ぼっ、ぼっ……)」
もともと赤みががっていたその子の顔はさらに赤くなりました。
「ねぇ、お友だちになってくれる?」
その子が言いました。男の子は「うん」と答え、男の子にあたらしい友だちができました。
「明日もここで会おうよ」
「いいよ」
ふたりはまた遊ぶ約束をしました。
西に傾いた太陽がふたりを真っ赤に染めていました。
「あれ」
男の子がまわりを見ると、その子はもうどこにもいませんでした。
「明日も、会えるかな」
空には一番星が輝き始めていました。
「なんでも相談して」
「必ず解決するから」
「秘密は守るよ」
男の子はその言葉を信じ、勇気を出して先生にすべてを話しました。
「これでもう、僕に嫌がらせをしてくる人はいなくなる!」
先生にすべてを話すと、男の子の心は、ぱっと明るくなりました。
次の日、先生は男の子が話したことをすべて男の子に嫌がらせをするみんなに話してしまいました。もちろん先生は、嫌がらせをやめさせるために話したのです。男の子にそれまでどんなことをしてきたのか。どうして嫌がらせをするのか。もし自分が同じことをされたらどう思うか。嫌がらせをする子どもたちを先生は昼休みにひとりずつ呼んで話をし、最後に「もう二度と嫌がらせをするなよ」と言い聞かせました。
教室に戻った子どもがひとり、ふたりと増えていきました。男の子は先生がその子たちを呼んで話をしたことなど知りませんでした。いつものように窓際の一番前の席に座って大好きな本を読んでいました。本を読むとつらいことも忘れられます。本を読んでいる間は、教室とは別の場所にいるような気持ちになります。もちろんそこには、男の子に嫌がらせをする子など、だれもいません。
教室のうしろでは先生に呼ばれて叱られた子どもたちが群れをつくり、男の子の背中をにらみつけながら話していました。
「あいつ、先生にチクった」
「そうだ」
「なんで俺たちが怒られなきゃならないんだよ」
「そうだ」
「全部、あいつが悪いんだ」
「そうだ」
ひとりが言いました。
「学校に来られないようにしてやろう」
「うん」とみんながそれに同意し、子どもたちの群れは男の子に向かって動き出しました。
男の子は妖怪が好きでした。その時、手にしていた本も妖怪について解説した小さな図鑑でした。河童、座童わらし、キジムナー・・・。この世にいるかどうかわからない。でもある人はいると信じ、別の人はそんなものはいないと反論するか、かつてはそういうものもいたかもしれないと、人によってとらえ方がちがう未知の存在について書かれた本です。
「お前。どうなるか、わかってんだろうな」
男の子はいつも嫌がらせをしてくるみんなに囲まれてしまいました。なにも悪いことはしていない。みんなに嫌な思いをさせたこともない。迷惑をかけたり、だれかの邪魔になることをしたこともない。男の子はただ、学校に来て、小学五年生の毎日を過ごしているだけだ。それなのに、いつからか、みんなに嫌がらせをされるようになりました。ノートに落書きをされ、悪口を言われ、持ち物を隠され、下駄箱の靴を濡らされ、ジャージを破られ、カバンに貼っていたシールを剥がされたりもしました。
どうして?
なぜみんなは僕に嫌がらせをするの?
教えて!
僕に嫌がらせをする理由を。
僕にいけないところがあるなら、すぐに直すよ。
だから、だれか僕に教えて。
だれも話してくれなくてもいい。
相手にしてくれなくていい。
ただ、僕になにもしないで!
言いたいことはたくさんありましたが、男の子は何も言えませんでした。
気がつくと、男の子は町を歩いていました。ふらふらと。行くあてもなく。
時々、殴られたところに強烈な痛みが走り、足を止めました。ただ夢中で学校を飛び出していました。
「僕なんか、いないほうがいいんだ」
涙がこぼれてきました。それまではどんな嫌がらせをされても泣いたことなど一度もありませんでした。いつも我慢してきました。でも今日は、涙がとまりませんでした。
「友だちも、先生も・・・。いや、僕なんか友だちなんかじゃないとみんなは言った。先生も僕を守ってはくれなかった。だから、教室にいるみんなは僕の友だち、先生なんかじゃない」
海が見える公園に出ました。青い海はどこまでも続いていて、見上げると白い雲がぽつりと浮かんだ大空が広がっていました。
「僕の居場所は、どこにあるんだろう」
公園は崖の上にありました。男の子はその突端までゆっくり歩いてきました。なにかに引き寄せられるように。からだは独りでにそこに向かいました。
身を乗り出して崖の下をのぞき込みました。荒れた波がくり返し岩礁にぶつかり、白く泡立てられたしぶきが飛び散るのが見えました。
「ここで、なにしてるの?」
男の子は声をかけられました。
もしかしたら、この子も僕に嫌がらせをしてくるかもしれない。男の子は身構えました。
「別に・・・」
「遊ぼうよ」
同じぐらいの歳の男の子ですが、初めて見る子でした。
「・・・いいよ」
「痛いの? 大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「かけっこする。あっ、ダメか。痛そうだもんね」
「・・・」
「じゃ、なにする」
「なんでも、いいよ」
「僕もなんでもいいよ。あれ、ポケットに何が入ってるの?」
「あっ、これ・・・」
男の子はいつも読んでいる小さな妖怪図鑑を差し出しました。
「ボロボロだね。妖怪が好きなんだ」
二人は並んで、近くの壊れかけのベンチに座って本のページをめくりました。
「ねぇ、ねぇ、妖怪について知ってること。僕に教えて」
「うん!」
男の子はうれしそうに妖怪について話し始めました。
「僕が好きなのはね。キジムナー。これが僕の中では一番。だってね・・・」
男の子の話を聞いていた子は、ペロッとべろを出しました。
「そうなんだ。おもしろいね。あはは……。(けっこう人気あるんだな……。ぼっ、ぼっ……)」
もともと赤みががっていたその子の顔はさらに赤くなりました。
「ねぇ、お友だちになってくれる?」
その子が言いました。男の子は「うん」と答え、男の子にあたらしい友だちができました。
「明日もここで会おうよ」
「いいよ」
ふたりはまた遊ぶ約束をしました。
西に傾いた太陽がふたりを真っ赤に染めていました。
「あれ」
男の子がまわりを見ると、その子はもうどこにもいませんでした。
「明日も、会えるかな」
空には一番星が輝き始めていました。