祖母の湯呑み

文字数 430文字

随分前に誤って割ってしまった
祖母の形見のごつごつとした湯呑みが
ときどきなんの前触れもなく
手のひらに感じることがある

それは冬の冷たい風が吹いたときや
子供の頃の夢を見たとき
両親の声をしばらく聴いていないなと
罪悪感を覚えたときに多い気がする

その度に手のひらには皴が刻まれて
大きくて扱いにくかったあの湯呑みが
ぴたりと馴染んでいく気がした

熱いお湯を注いで
手のひらで包んだときの
じんわりと染みわたってくる
懐かしいような温かさは
陽の柔らかい春のようで
手作りの不器用な厚みだからこそ
伝わってくるものがあるのだろうか

祖母はまだまだ生きると言いながら
息の細い自分を信じられないでいた
それを信じようと思うのは
傲慢でも許される気がした

祖母はきっと
寒い町の
昔ながらの家の
日の当たらない台所にて
背中を丸めて丸めて
陽光を乱反射する小さな破片となって
明け方の窓辺に散らばったのだ

だからぼくは
あのときの湯呑みの欠片が
まだどこかに落ちていないか
祖母の立っていた台所を
ときどき思い出すようにしている
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