4.二十年目:未練

文字数 2,630文字

 ステラの喪失から二十年、世界が平和になってから約十年。気がつけば途方も無い年月が経っていました。しかし、墓参と削石と食料調達がほぼ全てという生活を振り返ってみても、それほどたいした思い出もありはしません。そう言いたい所ですが、世界が平和になって以降、一つだけ私にとって厄介な仕事が増えてしまっていました。城下町に程近いこの草原に、家族が憩いに来たり子供たちが遊びに来たりと次第に人影がちらつき始め、彼らが私に向けてくる好奇心や悪意に対応する必要に迫られてしまったのです。
 二十年間、ステラの墓を参り、石を彫り続けた生活。そのせいで、人嫌いどころか人を憎みだしてしまった私にとって、これらの対応は極めて難儀するものでした。もっとも、単なる好奇心や、野次馬根性で話しかけてくる人々は、基本的にただ無視をしていれば十分でした。また、石を投げつけられるといった危害を加えられることもありましたが、これもまだどうにか我慢ができました(もっとも、ステラの墓への危害は何があっても捨て置けませんが)。
 一番の難敵、それはいたずら盛りの子供たちでした。『おじさん、誰?』、『おじさん、何してんの?』、『なんで穴に住んでるの?』といった執拗な質問責め。それで私の隙を作り、様々ないたずらを仕掛けてくるのです。それが嫌で一時期、草原で子供たちがざわついている時は、洞穴の前に大きい石を置いて入って来られないようにしていたほどでした。
 ですが、それでは逆に私が外に出てゆけません。それは肝心のステラの墓が守れないという状況を意味します。そして、大抵の子供たちは草原にポツンと置かれている石を見れば何かちょっかいを出してみたくなるものです。案の定、石の上によじ登り始める子や、墓石に落書きをしようとする子、揚げ句の果てにはいきなりとび蹴りを食らわせて墓を蹴倒そうとする子まで出てくる始末。しかも、それを叱り付けて、こちらが子供を泣かせたり、怪我でもさせたりしようものなら、親に言いつけられて町から兵士を送られてしまうのです。
 結局、ステラの墓と自分自身を守るために、私は仕方なく一計を案じざるを得ませんでした。兵士を呼ばれるリスクをとってまで子供たちと対峙するより、子供たちの前ではピエロを演じておこうと考えたのです。それ以降、石を削る時間を割いて子供達の遊びに加わり、ゲームの審判など、あまりやりたがる者のいない役割を率先して引き受けるようにしました。他にも、新たな遊び方を提示してみたり、日が沈む前に子供たちが町に着くよう、早めに切り上げて帰るよう促したりなど、人嫌いの私なりに子供たちに歩み寄る努力をしてみました。結果、紆余曲折ありましたが、何とかこの作戦は功を奏し、子供たちを手なずけることに成功したのです。さらに、こうしているうちに子供達の親からも信頼を勝ち得て、城下町でも『城近くの草原に住んでいる、石にさえ触らなければ優しいちょっと変わったおじさん』という評価をなんとか得ることができたようでした。

 また、このように城下町と多少の交流ができたおかげで、私は世間話という形で約20年ぶりに巷の情報を手に入れることができるようになりました。
 その情報によると、勇者アルクスと共に大魔王を討ち果たしたのは、ラザールという聖職者とタルドという魔法使いだったそうです。
 私は、この二人の名に聞き覚えがありました。ラザールは私が卒業した神官学校の後輩で、学校一の俊英と呼ばれるほど優秀な成績で卒業した男です。しかし、如何せん僧職に就くには野望の強すぎる男で、いつか神の道に外れる行いをしてしまうのではないだろうかと専らの噂でした。
 魔法使いのタルドも、普通の魔法使いなら老境に差し掛かってようやく覚える魔法を壮年の身でひょうひょうと使いこなし、将来を渇望され音に聞こえていた新進気鋭の魔法使いの一人でした。
 恐らく勇者は、ステラと私のような事が二度と起こらぬよう、献身(自身で言うのもなんですが)よりも野心を持った聖職者と、駆け出しのひよっこ魔法使いなんかより強大な魔力を持った魔法使いを仲間に加えたかったのでしょう。そしてその二人を引き連れて、見事大魔王の討伐に成功したというわけです。
 もし勇者がステラの墓に来て手を合わせてくれるのなら、私は彼と和解できるだろうと心のどこかで思っていました。しかしどうしても私には、それが単なる偶然だと言い訳されても、このパーティの後継選びは、私とステラへの意趣返しのような気がしてしまうのです。それゆえ、今更ながらにこの件は、私の勇者への憎悪をさらに募らせることとなったのでした。
 さらに聞いた話しによれば、アルクスは今、政治の世界に足を踏み入れているようです。今の王には後嗣が無く、世論は次の王に大魔王を討ち果たして世界の平和を取り戻したアルクスを推す声が最も多いようなのです。それに応えるべく、今のうち政治の世界でも実績を積んでおこうという魂胆なのでしょう。ただ、その多忙さゆえか、ステラの墓参りをする気はさらさらないようですが。
 ラザールは、既にもう功成り遂げたと考えているようで、あっさり聖職者を辞し、国から貰った莫大な恩賞でかなり破廉恥な放蕩生活をしていると聞きました。英雄の一人なのでひた隠しにされてはいるようですが、すでに城下の者で知らぬ者はいないそうです。大魔王を討ち果たすという結果を出したとは言え、聖職者の座をかなぐり捨て、そのような生活に走るのは如何なものかと私は思いますが、彼のような野心家にはそれが正しいやり方なのでしょう。一方のタルドは、冒険に参加した頃には既に妻も子供もいたらしく、今は家族や先日産まれた目に入れても痛くない孫と共に人里離れた山奥に住みつき、魔法の研究に没頭しているそうです。
 他人と自身とを比較するのは大抵惨めな気分になるので、基本的にはそういうことはするものではないと気付いていますが、それでも彼らと私との間には相当な差がついてしまったと感じてしまいます。これからさらに上へ昇り詰めようと考えている勇者、それぞれ栄華に達しその幸せをかみしめている従者……。彼らのようになりたいとは露ほどにも思わないし、私は私の行うべきこと、したいことをしているのですが、どうしても心中にもやもやした霧が晴れません。
 ……どうやら、この生活を始めて二十年経ってもまだ、私は欲望への未練を捨てきれないようです。
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