第1話

文字数 517文字

お父様が万引きをされましてと恐縮する警察に、そこは敬語を使わなくてもいいだろうと電話を切ったのだが、沸き上がるのは怒りよりも憐憫で、どうしてあんな奴が俺の父親なのかとうんざりしながら仕事を切り上げ課長の席に向かい、父の体調が芳しくない、早退したいと神妙な面持ちで告げてからそこを後にした。

 さすがに「父が万引きした」、「警察に身元を引き取りに」とは言えなかった。隠す必要などないのだが、それは父のため、というよりも、そんなことを報告されたところで困惑するしかない課長のためだった。

 席に戻り窓ガラス越しの遠くのカラスを眺めては、あのカラスにも父親はいるはずで、できれば替わって欲しいとパソコンを切った。携帯を繰り母親を探したが、日々父との格闘で疲労困憊、今日くらいは俺だけでなんとかするかと会社を出た。

 が、警察署に着くと既に母親がいた。警察は「お父さんまだ体力あるから。お母さんだけじゃ危ないって。息子さんがしっかりみとかないと」と俺に説教を始めた。「お店の方はね、事情わかってるから大丈夫」と続け、いつも通り万引きが問題になることはなかった。アルツハイマーの親父を地元全体で支えていた。その死を願っているのは、俺だけだった。
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