第1話 オセロニア的な舞台「シンデレラ」

文字数 3,409文字

 「カット! OK」
 舞台からオーディションで選んだ役者達がぞろぞろと降りる。
 「お疲れ様、明日の本番もこの調子で頼んだよ」
 「はい、監督」
 皆、本番の衣装を着て、緊張していたのだろう。ピリピリとした雰囲気から解放されると、それぞれの顔に笑顔が戻る。関係者と雑談をしながら部屋に戻った。

 (ふー、まいったな)
 台本を机に置いた。初めての仕事は疲れ方が違う。
 今回の依頼は舞台の監督。今まで経験したことの無い職業だ。もちろん、前世でも・・・。
 私は元々、この世界の住人ではなかった。
 ひょんなことから、この世界に飛ばされ、黒猫の冒険者としてイロイロと伝説を作った。
 (自慢の昔話だよね)

 若気の至りと言われると反論できないが、向こうの世界では一生かかっても経験できないことをこの世界で経験した。今回はその時のつながりで、仕事の依頼が私に舞い込んできた。現在、絶賛スローライフ中なので、当初は断るつもりだった案件なのだ。
 主催者から「『監督、脚本、演出』すべてお任せします」と言われ、渋々、引き受けた。
 (やれやれ・・・)

 舞台はオーソドックスに「シンデレラ」をベースにした。主催者からの注文は「結婚式をモチーフ」だったので文句は言われないだろう。
 (結婚式を入れたら問題ないよね)
 次は、役者のオーディション。
 誰か役にハマりそうな人が参加してくれると助かるが・・・。

 (王子役は彼で決まりだな)
 彼のプロフィールをながめながら、演技を見ていた。
 彼の名前はセス。以前の「アイドル活動が大好評だった」と書かれている。
 彼が教師を務める神官学校の広報活動として、今度は役者にチャレンジをしている。初めての経験に緊張しているのが分かったが、堂々と審査を受けていた。
 (その微笑みは反則だろう)
 本番さながらの舞台装飾と衣装が用意されたオーディションが始まる。
 セスは花婿の装いで演技審査に挑んだ。
 台本に書かれている花嫁へ向けた愛の台詞を発すると、その美声による甘美な響きに女性審査員達はうっとりと目を細め、彼が演じる花婿の虜だった。
 (困ったものだ。ちゃんと審査をしてほしい)
 これで、ときめかない女性はいないだろう。彼がスポットライトを浴びて輝く姿が見えた。
 (王子役は君だ。・・・残りは主役だね)

 ・・・オーディションは続く。
 (うーん、どうなんだろう?)
 ひょんなことから、牧師役で出演することとなったラビリー。彼女が練習している間に、なぜか急遽、「花嫁役もテストしてみよう」と私がつぶやいたことからオーディション会場は騒然となってしまう。
 (ゴメンよ、ラビリー。試して見たかったんだ)
 想定外の展開に戸惑う彼女だったが、花嫁衣装を着られることに喜びを感じていた。
 (気を使わせて、ゴメン)
 牧師に比べ、花嫁は人手がたくさん必要となる。そんなわけでラビリーは「魔法の手」を使用し、テキパキと支度を進めていく。気がつけばバージンロードを歩く父親役やベールガールなども兼ねており、一人で何でもこなしてしまう、なかなか珍しい花嫁となってしまった。こんな感じになるとは・・・。
 (これはこれで「有り」なんだけどね・・・)
 彼女には申し訳ないが、魔法使い役が似合うだろう。

 (スタッフからの推薦で飛び入り参加?)
 スタッフ推薦とは・・・?
 監督推薦なら、分かるんだが・・・。まー、仕方がない。演技を見るか・・・。
 その胸に黒花の呪印を宿したアイリアは、呪解の旅をしている途中、結婚式をモチーフにした舞台の役者オーディションが行われることを聞きつける。
 長旅の骨休めに覗いてみることにしたのだが、劇場スタッフ達に参加を打診されたのだった。
 (さて、スタッフのイチオシはどうかな?)
 本当は見学するだけでオーディションに興味があるわけではなかったのだが、自分の美しさなら参加の打診をされるのは当然だと自尊心が満たされたアイリア。自分がより輝けるドレスを選び、魅力的な花嫁姿となるや、自信のほどを覗かせる笑顔で舞台に立つ。
 (うーん、意地悪な姉役にするか・・・)

 オーディションの最後はヤシだった。
 (うん? シンデレラにピッタリでは・・・)
 ひと目で決定した。その醸し出す雰囲気が、私の考えるシンデレラにピッタリとハマったのだ。
 (メインの役者はそろった)

 脚本を急ピッチで仕上げる。脇役のキャスティングも同時進行だ。カボチャはパンプキンレイスに依頼。馬はグアトリガをレンタルしてきた。おまけ付きで・・・。

 ヴィクトリアには貸し出す条件として主役を要求された。今回、出番があるのは「グアトリガだけだ」と伝えると、ふてくされて「貸さない」と言われてしまったのだが、「高貴なヴィクトリアには貧乏なシンデレラは似合わないよ」とポツリと独り言をわざと彼女に聞こえるように言った。
 「そうですわ。私が王妃役で出演すればいいのですわ。オーホッホッホ」
 (・・・仕方がない。今回は、それで手を打つか・・・)

 ポスターが仕上がった。
 セスがドドーンと真ん中に写る。
 (女性の客が多いだろうな)
 主役のヤシはそれに比べると少し控えめだ。
 本番では立場が逆転して欲しい。そう願うばかりだ。

 キャスティング

 王妃役・ヴィクトリア。
 王子役・セス。
 従者役・ケラヴ。
 シンデレラ役・ヤシ。
 その義理姉役1・アイリア。
 その義理姉役2・ラフィリス。
 魔法使い役・父親役・ベールガール役・神父役・ラビリー。
 特別友情出演・パンプキンレイス。

 本番の舞台が幕を開ける。ブザーが鳴り、辺りは静かになった。
 美人の姉達にいじめられるシンデレラ。
 (ヤシを抜擢して、正解だろう)

 舞踏会のダンスシーンでアイリアは主役を奪うかのような演技を見せた。観客はアイリアに見とれていた。
 アイリアの意地だろう。「主役は私よ」と言わんばかりだ。
 (やっぱり、アイリアは映えるな)

 真夜中0時を告げる鐘が鳴る。
 ヤシの靴・・・。いや、シンデレラのガラス靴が片方脱げて、転んでしまう。迫真の演技。ドレスの裾をあげて、走り去る。
 (いいぞ、ヤシ。頑張れ)

 王子はガラス靴のシンデレラを忘れることができなかった。従者を派遣して、シンデレラ探しが国中で始まった。国中の女性が色めきだったのだ。あの王子様の花嫁となれるチャンスが落ちている。我先にと長蛇の列ができた。私はここで細工をした。万が一、同じサイズの足がでないように、シンデレラしか履けないように結界を施した。

 ガラス靴をはく、シンデレラ。ピッタリとサイズが合う。従者に連れられて、王子様と再会。
 愛し合う二人は婚姻することを誓う。
 フィナーレの場面は結婚式だ。ラビリーの「魔法の手」が舞台を舞う。
 (一人で複数の役は大変だよな。ありがとう、ラビリー)
 セスとヤシが口づけをかわすシーンで幕が降りた。

 舞台は大成功。拍手喝采。鳴りやまない拍手に私はヤシの背中を押してあげた。
 「ほら、観客が君を待っているよ。さぁ、笑顔で応えておいでよ」
 「・・・はい」
 うっすらと涙を浮かべるヤシだったが、笑顔で再び舞台に上がると割れんばかりの拍手。
 (さてと、旅にでるか・・・)

 今回、アスガルドで行われた舞台は、あの迷惑な王様の企みだった。私を再びこの地に呼ぶための罠だったのだ。事前に察したので、脱出することができた。
 現在、西の国ガンダーラを目指し、上空を飛行中。
(アイツは元気にしているだろうか? 三蔵法師様に迷惑をかけていないといいんだが・・・)

 「な、何だと・・・逃げられた?」
 「王様の策も実らなかったんか?」
 「勘のいい奴だにゃ。フーパスよ、どこへ行ったか分かるか」
 「まー、西の方角だから。あそこしかないやろう」
 「なら、フーパス。アイツを連れてくるにゃ」
 「王様。ワイを使うと、たこうつきまっせ」
 「金に糸目をつけないにゃ。早く連れてこーい」
 「よっしゃ! ワイに任しとき」
 フーパスは急いで王の間を出ていった。
 「大将軍よ。何が不服なんだ・・・」
 王様の嘆きは続く・・・。

―完―
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