第1話

文字数 1,462文字

         
 ファーストキスの時って、男の子は何を考えるのだろう。
腕をどう回す。唇をどう近づける。舌はどう絡ませるか。など、キスのやり方について、健人はそれなりに学んだが、その瞬間何を考えるかについては、あまり注意を払っていなかった。
 マッチングアプリで知り合った愛莉と何度かデートをし、ファーストキスまで漕ぎつけた。
最初に彼女に会った時、容貌が写真より良くないように感じたが、優しく思いやりがあり、育ちの良さを感じた。彼女が有名女子大の学生であることにも好感を持った。
この子と付き合うことにした、と両親に写真を送って話すと、彼らも大喜びだった。この子なら、おまえの伴侶にしてもいいじゃないか、と将来のことにまで話が及んだ。
 都会の明りの見える海辺で、二人は抱き合った。互いに目を閉じ、唇を合わせた。そこまでは学んだ通りにしたが、それから先がいけなかった。
混乱する頭がコントロールを失った。彼女の唇と、体を感じているのに、奇妙なイメージが頭の中に流れた。
 健人はトンネルの中を走っていた。真っ暗なトンネルの先に、光が見えた。懸命に走ってトンネルを抜けた。トンネルの向こうには、見知らぬ世界があった。それは地球の未開の地のようにも見えたし、未知の惑星のような気もした。
 海岸があり、ジャングルがあった。女の子がいたが、愛莉ではなかった。腰に木の葉をいただけの、陽に焼けた小麦色の肌をした女の子だった。目鼻立ちの整った美しい顔をしていた。女は健人を手招きし、森の中へ走っていった。蠱惑的な大きな腰が揺れた。彼が女を追いかけると、女は木に登った。スルスルと猿のように手足を使った。彼も何とか木にしがみつき、女の方へ這い上がっていった。
 唇が離れてから、二人は見つめ合った。愛莉の瞳はうっとりのなっていたが、二人は違ったことを考えていた。健人の心の中には、たった今見た魅惑的な女の子のイメージが残っていた。
 いけない。こんな大事な時に、いったい何を考えているのだ、と健人は自分自身に言い聞かせた。
 大学に入ったら、女の子と付き合うことを夢見ていたが、うまくいかなかった。
それには理由があった。中学生の時は、いい高校に入るために勉強し、高校に入ったらいい大学に入るために勉強した。世間でそれなりに名の通った大学に入ることはできたが、女の子と付き合うためのことは何も学ばなかった。
 いつまで経っても恋人ができないので、マッチングアプリの力を借りることにした。 数多くあるマッチィングアプリの中で、大手の会社の運営する、料金が高く、入会条件も厳しいところと契約した。
 そのマッチィングアプリはAIが搭載されていて、サービスが充実してた。恋のキューピッドのような機敏な働きをした。
お互いの相性を判断するだけでなく、メッセージのタイミングや内容についてもアドバイスがあった。お陰で話は順調に進み、ファーストキスをするところまでまで至った。
 健人はキスの余韻の残っている愛莉の手を取って歩き出した。海の面は静かな漣が立ち、色とりどりの街の明りが揺らめいていた。
あのトンネルの向こうには、もっと魅惑的的な女の子がいて、もっと刺激的で、ときめく恋があるのかもしれない。だが、ありえないトンネルの向こうの、いるはずのない女の子を求めても、何の意味もないじゃないか。この子は自分にいちばん合っている子なんだ。素晴らしい子なんだ。この子をもっと好きになろう。そんなことを思いながら、健人は愛莉の手を握ったまま歩いた。
                

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