第3話
文字数 1,308文字
3
今からなん十万年も前のお話。ニンゲンという、とてもとても弱い、一つの動物がいました。ニンゲンには鋭い爪も牙も、栄養を蓄える大きな身体も、寒さを耐える厚い毛皮も、ありませんでした。
しかし彼らは、そんな弱さの代わりに、とてもとても頭が良かった。知恵を絞って、協力し合い、ベンリな道具を作って自分たちの安全を守っていた。
だけど彼らの知恵は、いつしか「守る」ではなく、「攻める」あるいは……「殺す」ことに使われ始めてしまった。彼らは目についたありとあらゆるジャマモノを殺して、殺して、殺し尽くして、そうやって、彼らの一番住みやすい楽園を、この星に作ったのです。
……キュウさんは、耳がほわっとする暖かい口調で、そんなお話を始めてくれました。ただ、口調は柔らかいけれど、なんだかこわいのです。話の中身もそうだけど、キュウさんが、なんだか見えないところで怒っているようで、こわいのです。
この話を聞きながら、わたしは、そんなことをするなんて。って思いました。ニンゲンは頭が良いから、っていうのがちょっと意味が分からなかったけど、どうやら、わたしの思う「アタマが良い」とは、少し違うみたいです。
ベンリな道具をゼロから作るのが上手だったことは、とってもすごいと思うけれど、どうやらニンゲンは、敵が全部いなくなったら、今度はニンゲン同士でお互いを敵だと思って、殺し合いをして、セカイを壊してしまったそうです……。
そういう、誰も思いつかないようなことを思いつける、ジャアク? なソンザイだったんだそうです。
そしてそのニンゲンがこの世からいなくなってなん十万年も経って、少しずつ少しずつ自然が回復して、そうやって、いまわたしたちがいるこのセカイになったと、キュウさんは教えてくれました。
「ありがとうキュウさん、教えてくれて」
「いいのよ。私も久々にだれかとお話することができて、とても楽しいわ」
「…………」
レオンは、この話を聞いている間、ずっとしゃべっていませんでした。
「どうしたの? レオン」
「……いや、なんでもねぇよ。ただの考えごとさ。なぁ、九尾さんよ」
「なにかしら」
「ニンゲンは、もうこのセカイにいねぇのか?」
キュウさんは、しっぽを一気にざわつかせて、ぎゅるぎゅると動かし始めました。
「それは、そうでしょう。ニンゲンがこのセカイを壊してから、どれだけの時間が経っていると思うの。その時ニンゲンは、みんな死んだはずで――」
キュウさんは、そこまで言って、ぐっとそれ以上言葉を続けるのを止めてしまいました。
「……ゼツメツしていなかったって、言いたいの? 貴方は」
「……いや、それはどうだろうな。そこまで言っていいのかは分からねぇが……今日、こんなモンを見ちまったもんなぁ」
そう言ってレオンは、わたしの頭に乗ったまま、わたしのおでこをぺちぺちと叩きました。
「え? どういうこと?」
――そして、わたしは、そのニンゲンに見た目がそっくりなことを、教えてもらいました。姿が。形が。顔が。指が。舌が。歩き方が。話し方が……。
わたしは、ニンゲンなのでしょうか。
……それは、いいことなのでしょうか。わるいことなのでしょうか。
~続く~
今からなん十万年も前のお話。ニンゲンという、とてもとても弱い、一つの動物がいました。ニンゲンには鋭い爪も牙も、栄養を蓄える大きな身体も、寒さを耐える厚い毛皮も、ありませんでした。
しかし彼らは、そんな弱さの代わりに、とてもとても頭が良かった。知恵を絞って、協力し合い、ベンリな道具を作って自分たちの安全を守っていた。
だけど彼らの知恵は、いつしか「守る」ではなく、「攻める」あるいは……「殺す」ことに使われ始めてしまった。彼らは目についたありとあらゆるジャマモノを殺して、殺して、殺し尽くして、そうやって、彼らの一番住みやすい楽園を、この星に作ったのです。
……キュウさんは、耳がほわっとする暖かい口調で、そんなお話を始めてくれました。ただ、口調は柔らかいけれど、なんだかこわいのです。話の中身もそうだけど、キュウさんが、なんだか見えないところで怒っているようで、こわいのです。
この話を聞きながら、わたしは、そんなことをするなんて。って思いました。ニンゲンは頭が良いから、っていうのがちょっと意味が分からなかったけど、どうやら、わたしの思う「アタマが良い」とは、少し違うみたいです。
ベンリな道具をゼロから作るのが上手だったことは、とってもすごいと思うけれど、どうやらニンゲンは、敵が全部いなくなったら、今度はニンゲン同士でお互いを敵だと思って、殺し合いをして、セカイを壊してしまったそうです……。
そういう、誰も思いつかないようなことを思いつける、ジャアク? なソンザイだったんだそうです。
そしてそのニンゲンがこの世からいなくなってなん十万年も経って、少しずつ少しずつ自然が回復して、そうやって、いまわたしたちがいるこのセカイになったと、キュウさんは教えてくれました。
「ありがとうキュウさん、教えてくれて」
「いいのよ。私も久々にだれかとお話することができて、とても楽しいわ」
「…………」
レオンは、この話を聞いている間、ずっとしゃべっていませんでした。
「どうしたの? レオン」
「……いや、なんでもねぇよ。ただの考えごとさ。なぁ、九尾さんよ」
「なにかしら」
「ニンゲンは、もうこのセカイにいねぇのか?」
キュウさんは、しっぽを一気にざわつかせて、ぎゅるぎゅると動かし始めました。
「それは、そうでしょう。ニンゲンがこのセカイを壊してから、どれだけの時間が経っていると思うの。その時ニンゲンは、みんな死んだはずで――」
キュウさんは、そこまで言って、ぐっとそれ以上言葉を続けるのを止めてしまいました。
「……ゼツメツしていなかったって、言いたいの? 貴方は」
「……いや、それはどうだろうな。そこまで言っていいのかは分からねぇが……今日、こんなモンを見ちまったもんなぁ」
そう言ってレオンは、わたしの頭に乗ったまま、わたしのおでこをぺちぺちと叩きました。
「え? どういうこと?」
――そして、わたしは、そのニンゲンに見た目がそっくりなことを、教えてもらいました。姿が。形が。顔が。指が。舌が。歩き方が。話し方が……。
わたしは、ニンゲンなのでしょうか。
……それは、いいことなのでしょうか。わるいことなのでしょうか。
~続く~