4.さらけ出す勇気

文字数 861文字

 とりわけ悩んだことは、「誰に伝えるべきか」ということだ。最初は人に伝えるべきではないと思った。なぜならほかならぬ自分自身が「障がい」という言葉に対して偏見を持っていたからだ。発達障害なんて、人と違うなんて、自分から伝えるべきではない。偏見や憐れみの目で見られることはとても怖かったし、ましてや、自分自身が正確な診断を受けていなかったから、おいそれと伝えていいのかという問題もあった。
 過去の自分にも、自分の弱さを今周りに伝えられなくて悩んでいる人にも言いたいことだが、結論から言うと、「迷わず伝えるべき」だと今の私は思う。人には短所があり、それが表に出る人、出ない人がいる。私は表にはっきりそれが出るタイプの人間なのだ。周りに伝えて、それにより関係がぎくしゃくするような仲だったら、きっとその人は言わなくても同じような結末を迎えていたはずだろう。ただ、それが怖いことで、嫌われて、軽蔑されるのではないかと、その気持ちは重々わかるし、私が通ってきた道だ。だから私はそれを、「さらけ出す勇気」だと思っている。
 当時の私の話に戻すと、当時仲良かった同級生数人には話した。正直かなりつらかった。でも、その人たちには伝えないと逆に迷惑をかけてしまう、そう思ったから勇気を出して伝えた。その人たちは、当時の反応は様々だったが、各々の形で受け止め、理解をしようとしてくれた。今も仲良くしてもらっているのは、本当にありがたい。あの時に話したのは間違っていなかったし、何より自分の心が軽くなった。あの時一歩踏み出して、「さらけ出す勇気」を持てたことは、今でも私の誇りだ。
 自分から伝えるためには、自分のことを知らなければならない。今でこそ、それなりの知識で自分自身に向き合っているが、当時の私は相当な勉強をしたと思う。改めて敬意を表したい。自分を知る、ということは、ひいては他人や世界を知るということだ。客観的に自分自身の置かれている状況や、立場を理解することは、ADHDをもって生まれてきた私にとっては、とても重要なことだと考えている。
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