本当に体験する怖い話

文字数 1,999文字

「胡散臭いタイトルだな」
 ふらりと立ち寄った古本屋で、目にとまったのは『本当に体験する怖い話』という古びた本。無造作に十円と値札が貼られている。
 僕は夏の暑さにうんざりとしていた。だから、十円で少しでも涼しめるならいいと安易に買った。

 帰宅し、見たいテレビ番組が始まるまでの一時間だけ読む。主人公の年齢や性別は書いていない。不思議だと読んだが、怖いという印象は残らなかった。見たいテレビ番組が始まり、そっちに夢中になる。
 寝る前にふと本の内容を思い出し、続きは読まないかもなと思った。


 ピンポーン

 家のインターホンが鳴った気がして、目が覚めた。時計を見ると十二時。こんな時間に誰かがくるとは思えず、そのまま再び眠りについた。


 朝、『本当に体験する怖い話』とタイトルが目についた。胸がざわつく。そうだ、そういえば、この本に書かれていたと思い出す。『夜中の十二時に、チャイムが鳴った』と。
 ゾッとし、急に恐ろしくなった。
 そのあと、何が書かれていたっけ?

 気になったが、本を触れる気にはなれない。必死に思い出し、『三日間、同時刻にチャイムは鳴った』と書かれていたと青ざめる。
 同時に、読んだのがここまでよかったとも思う。

 どうしようかと悩む。十二時までなら、前後十分くらいコンビニで時間を潰せなくもない。いや、何を本当だと怖がっているのか。偶然に違いない。

 そうして、その日は時間を気にしながらも、いつも通りに過ごし寝る。けれど、どこか緊張しているのか眠れない。そして──。

 ピンポーン

 今度は、はっきりと聞いた。
 時計を見ると十二時。ぐっしょりと、暑さのせいではない汗をかいた。


 翌朝。
『本当に体験する怖い話』という表紙を見て、目にするのが嫌になった。偶然どこかのページが開いて、読んでしまったら嫌だと、紙袋に本を入れた。
 今日で三日目。今日で夜中のインターホンが終わると思えば、安堵しかない。

 その夜、僕はいつも通りに布団に入ったが、眠れない。時計とにらめっこをして、はやく過ぎ去ってくれと願う。
 本を読んでいたときは、怖くない話だと思った。けれど、まさかタイトル通りになるとは。こんなの、怖すぎるだろ。
 後悔だ。興味本位で、いや、『本当に』なんてあり得ないと思っていた後悔だ。

 ピンポーン

 時間だ。恐怖から解放された合図。僕は脱力した。



 一週間後、同僚の原が怖い話はないかと言ってきた。本の話しをすると、
「え、超おもしろそう。俺、そういうのまったく信じないから、マジなら体験してみたい!」
 と、目を輝かせる。
 思い返せば、僕はこんな話しをしなければよかった。買った古本屋に本を引き取ってもらえばよかったのに、行くのが面倒とか、捨てるのがなんとなく怖いとか思って。僕は、事もあろうか原に『本当に体験する怖い話』を渡してしまった。

 原は一週間、平然と仕事に来ていた。僕は体験したことを、気のせいだと思うようになっていた。だが、月曜になって、
「休みの間に一気読みしたよ。本当に体験すんの? って思っても現実味がなさ過ぎ」
 と、原が本を返してきた。
 僕は思い出してゾッとしたが、原は夜中のインターホンくらい怖くないのかと思い、
「そ、そうか」
 とだけ言った。


 原は、水曜日に休んだ。
 無断欠勤だと上司は怒った。

 木曜日も原は休んだ。金曜日も。連絡は取れないという。
 上司が原の家に行き、大家さんに鍵を借りて開けた。忽然と姿を消したかのように、水の入ったコップが置かれたままだったという。スマホも充電機された状態のまま。

 原の家族に連絡をしたが、行方は分からず。原は捜索願いが出された。


 休日になり、僕の胸が騒ぐ。原がどこに行ったのか、その手掛かりを僕は知ることができるからだ。答えはきっと、『本当に体験する怖い話』の中にある。

 上司や原の家族や、警察に話したとして、誰が信じてくれるだろうか。ただ、このまま原を見捨てるのはできない。
 僕は、怖いと思いながらも『本当に体験する怖い話』を最後まで読むことにした。


 僕はどうしたらいいだろうと考える。原は読んだあと、本を返してきた。だから、本を処分しても結末は変えられないのだろう。

 時刻は夜の十一時五十分。

 本には、十二時に四度目のチャイムが鳴り──見知らぬ女が立っていて、どこかへ連れて行かれると書いてあった。

 僕は考え、考え、ボールペンを手にし──。


 チャイムが鳴った。

 どうなるかと、僕の胸は高まる。僕の抵抗は、意味のあるものになったのかと。
 玄関へと走る。

 そこには──僕が本文の上から書きなぐった通り、
「あれ? 俺、何してたんだっけ?」
 と、本の記憶を失った原が立っていた。
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