第1話

文字数 1,822文字

一匹の赤毛のサルが、石を大事そうにかかえています。
両手で抱くようにして、さもいとおしげに、ときおり、優しくなでています。
遠目に見れば、赤ん坊を抱いているのかと思うでしょう。
けれど、よく見れば、どう見てもそれは、赤ん坊ほどの大きさの、ただの茶色い石なのでした。

いつからか、赤毛のサルは、肌身離さず石をかかえていました。
ほかのサルが、
「なんでそんな石ころを抱いているの」
とたずねると、赤毛のサルは真顔で聞き返すのです。
「石ころ? 何が?」
「それ、その胸に抱いている石」
すると赤毛のサルは、心底驚いた顔であんぐり口をあけました。
「この子が? あんたには、あたしの可愛いこの子が、石に見えるって?」
赤毛のサルは、石を手でもちあげると、
「よしよし」
とあやしはじめました。
「いい子だねえ。可愛い子だねえ」
ごろんとした石に向かって、話しかける赤毛のサルのことを、次第にだれもが相手にしなくなりました。

気がふれて、石をわが子と思いこんでいるのだと、気の毒そうに言うサルもいました。
年老いたサルが気をつかって
「赤ん坊は元気?」
と赤毛のサルに話しかけることもありました。
赤毛のサルは、にこやかに笑ってこたえます。
「ええ、とっても」
そして、年老いたサルにむかって、石を差し出そうとするのです。
「抱いてみますか」
年老いたサルは、決まり悪そうに、あとずさりして
「いやいや、よしとくよ」
とどこかに行ってしまいました。
すると赤毛のサルは、なにもなかったかのように、石をまたしっかりと胸に抱くのでした。

ある日、いたずら者の若いサルが、ちょっかいをしかけました。
赤毛のサルに
「可愛い赤ちゃんですね。抱っこしてもいいですか」
と話しかけたのです。
赤毛のサルが、ほかのサルから話しかけられたのはずいぶん久しぶりでした。
赤毛のサルは、興奮して石に話しかけました。
「ねえ、おまえ。可愛いって! 可愛いって言ってくれたよ」
そして、ほこらしげに、石を差し出しました。
「抱っこしてあげてくださいな」
いたずらサルは、一瞬だけ、申し訳なさそうな顔をしましたが、ひょいと手を伸ばして石をつかみました。
赤毛のサルは、はっとしました。
それは、赤ん坊を抱く手ではありませんでした。
そこいらに落ちている石をひっつかむ手でした。
「返して!」
赤毛のサルが、さけんだのと、いたずらサルが、
「ただの石じゃないの!」
とさけんだのと、ほぼ同時でした。
そして、赤毛のサルがとびかかろうとするその一瞬前に、
いたずらサルは、石を思いっきり投げていました。
赤毛のサルは、叫び声にならない声をあげました。
泣きながら、石にかけよりました。
「ああ! ああ!」
石の上にくずれるように倒れこみます。
石をかかえてその場にすわりこんだまま、天をあおいでさけび泣く赤毛のサルの声が、一晩中サル山にひびきました。

翌朝、赤毛のサルは、日当たりのいい、空き地に穴を掘って石をうめました。
そっとていねいに土をかけて、その前で、赤毛のサルは頭をたれて、いつまでもすわりこんでいました。

それを遠くから見ていた、いたずらサルがつぶやきました。
「石の墓を作るなんて、本当にいかれてる」
「あれは、赤毛の赤ん坊だよ」
という声にふりむくと、年老いたサルが、赤毛のサルをながめて言いました。
「見たんだよ。あの赤毛があの石を、ごろんと産んだのを」
いたずらサルは、何も言い返すことができませんでした。
ただ、赤毛のサルのことを、じっと遠くから見ていました。

それからまもなくして、いたずらサルは身ごもりました。
「生まれてくるのが楽しみだねえ」
と他のサルに言われるたびに、ぞくぞくといやな感じがするのでした。
それでも月日は過ぎて、いらずらサルは、産み月をむかえました。
難産でした。うんうんとうなってようやく、何かがぬるりと腹から出たのを感じました。
次の瞬間、ごろんと音がして、いたずらサルは、ぎゃっと飛びのきました。
そこには、赤黒い石が、ひとつ、ころがっていました。
「あ、ああ、あああ」
いたずらサルは、よろよろとあとずさります。
なかまのサルたちがかけよりました。一匹のサルが、石をだきかかえました。
「可愛い赤ん坊だねえ」
「ああ、本当に可愛い」
サルたちは、赤黒い石に話しかけています。
いたずらサルは、石を指さしてさけびました。
「石だよ! それは石じゃないか!」
サルたちは、いぶかしげな顔で、首をかしげるばかりでした。
そして、石の赤ん坊を、ゆらゆらとあやし続けるのでした。
(終わり)
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