門番

文字数 2,798文字


「クッ! マズイぞ! 現状(いま)は……現状(いま)だけは、マズイんだよ!」
 勇者は焦燥した!
「どうしてコイツが此処に……いえ、こんな時に現れるのよ!」
 盗賊(シーフ)狼狽(うろた)えている!
「クソゥ……ゴォォォレェェェムッ!」
 魔法使い(ダークエルフ)(いきどお)りを吠えた!
 三メートル弱の巨体を誇る石体怪物〈ゴーレム〉を前にして、駄勇者達は戦慄を覚えていた!
 モゾモゾと股間を押さえた内股で……。
「目的の……目的の部屋は、ヤツの背後に在るというのに!」
 脂汗ながらに魔法使いが見据える先には、迷宮冒険者用のトイレが!
 考えてもみたら水食料を買い揃えて挑むダンジョンが日帰り仕様なはずもない。
 かといって垂れ流しでは、いろいろと問題があった。
 まず、パーティーには男女混合も多い。これは実に気まずいし、倫理的にも問題だ。
 (さら)には悪臭や衛生面も深刻だった。冒険者達はダンジョンから帰るまでの辛抱だが、そこに住まうモンスター達にしてみれば(たま)ったものではない。
 次第にフラストレーションは結束し、全国モンスター組合による正式抗議が冒険者組合(ギルド)へと寄せられた。
 ()くして双方の合意協力として、各地ダンジョンには〝冒険者用トイレ〟が設置される運びとなったのである。



「クッ! トイレは……トイレだけは非戦闘区域じゃなかったの? 侵し難い聖域(サンクチュアリ)じゃなかったの!」
「そうだぜ! トイレだけは中立区域! カム●ン・ブルースなサ●ド6だったはずだ!」
「これってば協定違反じゃない!」
「そうだ! 汚ねぇぞ! モンスター組合!」
(ある)いは、暴走……か」
 脂汗を(にじ)ませながら魔法使いが推測を(くち)にする。
「何ですって?」「暴走だと?」
 緊迫した反応を返す勇者と盗賊(シーフ)
 いま一度(いちど)記述しておくが、彼等は内股モゾモゾ体勢である。
「考えてもみろ! トイレを貸し出さねばダンジョンは垂れ流し環境へと逆戻りだ! そこにはモンスター側の利潤(メリット)も無い! 彼等にしてみても望むところではないのは明白!」
「そ……そうか! その通りだわ!」
「そうと解れば話は早ぇ! 背後で操っている黒幕がいねぇっていうなら、遠慮しないで全力攻撃だ!」
「ま……待て! 早まるな! 勇者!」
「完膚無きまでに瓦礫に変えてやるらへほぁへへん……」
 背中の大剣を気合い任せに引き抜いた途端(とたん)、ヘナヘナとくの字(・・・)に腰砕けた。
「へ……へへッ……ス……スマねぇ……どうやらオレはここまでのようだ……」
「逝ったの? 逝っちゃったの?」
「さ……三割(ほど)な」
「……微妙な残尿感だわね」
「だから、待てと言ったのだ。急に(りき)むから……」
「へッ……ア……アバヨ……ダチ公……(ガクリ)」
「「勇者ーーーーッ!」」
 夜空に星がひとつ増えた。
「勇者、オマエの死は無駄にしないぞ」
「ってか、まだ逝ってないわよ……死に体だけど」
「勇者が身を(もっ)て示してくれた……迂闊(うかつ)(りき)みは漏らすだけだと」
「……イヤなダイイングメッセージね」
「ならば、距離を置いて攻撃出来るオレの出番だ!」
 起死回生とばかりに呪文を繰り出す魔法使い!
「喰らえ! ファイヤふぁんボほぉぉうール!」
 敵へと(かざ)(てのひら)
 しかし、何も起きなかった!
「む?」
 不思議そうに(おの)が手へと見入り、再びやり直す!
「喰らえ! ファイやあはぁんボふぉぉぉルあふン!」
 しかし、何も起きなかった!
「何故だ? まさか魔術結界が?」
「あ~……ってかさ? ちゃんと発声出来てないんですけど?」
「……え?」
「発声」
「発声? 呪文の?」
「うん」
「出来てなかった?」
「うん」
「…………」
「………………」
「だって、オレの我慢も限界だものぉぉぉ!」
「この役立たず!」
 魔法使い 呂律(ろれつ)が死ねば ただのモブ




 くの字(・・・)に折れたふたつの死に体へ、盗賊(シーフ)蔑視(べっし)(そそ)がれる。
「ったく、使えないわね! この駄勇者共!」
「「オ……オマエもな……」」
「仕方ないわ……ホントはイヤなんだけど……」
 妖艶な恥じらいに皮鎧(レザーアーマー)を脱ぎ捨てた。
 (あらわ)となる柔肌。
 そして、腹に(くく)り着けた数本のダイナマイト!
「オ……オマエッ?」「そ……それはッ?」
 仲間の驚愕に(はかな)げな微笑(びしょう)が答える。
「盗賊組合(ギルド)から、くすねておいたの。(まん)(いち)、剣も魔法も通用しない──こんな時の(ため)に……ね」
「いや──」「それよりも──」「「──何故、ブラを?」」
「いや~ん ♡  エッチィ~ ♡ 」
「嬉かねーよ」「(He)のクセに」
 ──ズゴシッ!
 二体のくの字(・・・)が頭を地面にメリ込ませた。
「まあ、新しい星座がふたつも……」
「「か……勝手に殺すな……」」
「さて……と」
 淡白に気持ちを切り換える。
 どうやら決心を実行へと移す時が来たようだ。
「アンタ達とバカやってた毎日、悪くなかった……楽しかったわよ」
 辞世を含んだ微笑(ほほえ)みに秘めたる覚悟を感受する勇者と魔法使い!
「オマエ?」「まさか?」
 そして、盗賊(シーフ)は導火線に点火した!
「オイ! やめろ!」「早まるな!」
「もう、これしか手は無いのよ!」
「「盗賊(シーフ)!」」
 自爆狙いで駆け出す!
 威圧に(そび)えるゴーレムへ──ではなく、逆方向へと一目散(いちもくさん)に!
「って、オイーーッ?」「何処へ行くーーッ?」
 あれよあれよと迷宮の闇へと呑まれ去る!
「ヒロインがおもらし(・・・・)なんて耐えられないものぉぉぉーーーーッ!」

 ──遠くで大爆発が聞こえた!

「「シィィィイイーーーーフッ!」」
 駄勇者の巨星、墜つ……。
「バ……バカ野郎が! 早まりやがって!」
「オマエはヒロイン(・・・・)じゃなくてキワモノ(・・・・)だーーッ!」
 彼等の慟哭が、どういう意味合いか──それは作者にも解りかねる。
「グウ……勇者……分かってるな?」
「あ……ああ、アイツの犠牲は無駄にしねぇ!」
 無様に這いつくばりながらもガシリと(ちから)(づよ)く交わす握手!
 それは結束の証!
「「これでトイレ待ちの人数が減った!」」
 最低だ、コイツら。
「あ……後は……アイツを!」
「ああ……あのゴーレムを!」
 ヨロヨロと満身創痍(まんしんそうい)然で立ち上がる。内股で。
「「何が何でも倒してトイレを奪還するッ! 例え漏らしてでも!」」
 ……目的、見失っとる。
 極限状態って怖ッ!
「「トイレはオレ(・・)の物だぁぁぁーーーーッ!」」
 鬼気迫る執念が難攻不落の巨体へと駆け挑む!
 その気迫を敵意と認識したか、ゴーレムの目が鈍く光った!
 振り上げられる巨腕!
 ──ズォン!
 石の剛拳が渾身に地面を殴りつけた!
 迷宮そのものを粉砕するかのような大振動が刻まれる!
「「はふんッ!」」
 ビクリと痙攣(けいれん)を帯びた直立!
 そして二人は悄々(しおしお)(しぼ)み沈んだ。
 駄勇者は逝きました…………。




「ふぅ、御苦労様。終わったよ」
 トイレから出て来たゴブリンおばさんが、見張り番に(ねぎら)いを向ける。
 ゴブリン語を読めなかったのが、この悲劇の原因であった。
 ゴーレムの額には書いてあったのだ──「清掃中」と。
 手にした清掃用具をゴーレムに預けたゴブリンおばさんは、その大きな肩に乗って迷宮の奥へと去って行く。
 微かな刺激臭を漂わすくの字(・・・)達の脇を通り過ぎて……。





[おしまい]
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登場人物紹介

名前:勇者(本名不明)


性格:

直情熱血漢。

ただし〝熱血正義漢〟ではない。

何故なら「自分が一番大事!」という自己中ポリシーに堕落した〈駄勇者:駄目勇者〉だから。

一方で、性根としては人当たりのいいお人よしでもあり、困っている人を放っておけない善性にも在る(私利欲求を侵害しない範囲に於いては)。

とことん楽観な無責任ぶりが日々の馬鹿さ加減に拍車を掛けている。


特徴:

自堕落な駄目勇者──即ち〈駄勇者〉のリーダー格。

体力と格闘センスに於いてはパーティー内でも随一。

また、何故か他人から好かれるカリスマオーラ(だけ)は常態的に発散している。

楽して一発当てたいと思いつつ、今日も役満狙いの粗い麻雀を打ち続ける。


名前:シーフ(本名不明)


性格:

朗々とした性格であり、ある程度は常識派なのでツッコミ役としてのポジションにも機能する……が、私欲準拠に恣意的な性質は、結局〈駄勇者〉としてメッキが穿ける。

また、打算高いしたたかさを根としており、殊更〝美容〟に関しては貪欲。

メンタリティー的には〝女子らしさ〟に在り(性別を除けば)〈ヒロイン〉として機能する。


特徴:

〈She〉ではなく〈He〉の人……ではあるが、紅一点的ポジションとして存在感を発揮している。

打算高いしたたかさを根としており、殊更〝美容〟に関しては貪欲。

メンタリティー的には〝女子らしさ〟に在り(性別を除けば)〈ヒロイン〉として機能している。

かなりイタいキャラクターではあるものの、実はあらゆる面で一番頼りになる人材でもある。


名前:魔法使い(本名不明)


性格:

沈着冷静な頭脳派キャラとして達観的分析力を旨とするも、その実、根としてはツッコミ体質に在る。

また〝人見知りコミュ障〟〝オタ気質〟〝むっつり悶々〟と、なかなか病んだ性質を内包している。


特徴:

パーティー内の参謀役を担当するダークエルフの魔法使い。

良識派ツッコミ役として不可欠なポジションが確立しているものの、メンバーが非常識であるために振り回され続ける苦労人でもあり、また彼自身が一転して〝イタいヤツ〟と落ちる様も珍しくはない。


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