第3話

文字数 1,964文字

 相変わらずテンション高めで、一方的に自分のことを話すおばあちゃん。お耳が遠いため、声のボリュームがコントロール出来ず、周囲に響き渡ります。

 次男さんから、あまり引き止めたら迷惑だからと窘められ、ちょっと不満そうに口を尖らせながら頷くと、あらためて葛岡さんに向きなおりました。


「それじゃ~、またね~」

「はい、さよなら」

「ああ、そうそう! 私ね~、今度あなたに会ったら、言おうと思ってたことがあったのよ~」

「何?」

「あなたとは、嫁姑として、30年一緒に暮らして来たんだけどねぇ~」

「うん?」

「私、あんたのこと、始めっから大嫌いだった! ついでに、未亡人の所へ転がり込んで来た、あの綾瀬って男も、大っ嫌い~!」

「!」「!」「!」


 あまりにはっきりと言い放った暴言に、周囲にいた人たちも一斉に振り向き、場が凍り付きました。


「ああ、スッとした~! これでようやく30年分の胸の痞えが外れたわ~!」


 満足げな表情で、声を出して笑っているおばあちゃん。

 次男さんが何とか取り繕おうとするも、気の利いたフォローの一つも出ず右往左往するばかりで、次男嫁さんは笑いを堪えるのに必死、葛岡さんに至っては、返す言葉も見つからず、ぽかんとしたままです。

 やはり、百合原さんが言うように、言って良いことと悪いことの区別もつかないくらいボケてしまったのでしょうか。

 この惨状にいたたまれず、慌てて立ち去ろうとする次男さんに連行されるおばあちゃんの車椅子が、私の横を通り過ぎる瞬間、


「じゃあねぇ~、松武さん。ごきげんよう~」

「えっ…!?」


 シレッとした顔でそう言ったおばあちゃんに、誰もが彼女はボケてなどいないことを確信したのです。

 すべてはおばあちゃんの計画通り、百合原さんに分からないふりをしたのも、警戒させないための演技だったのでしょう。

 そうしてボケたふりで周囲を欺き、いつ会えるとも知れない天敵=葛岡さんと再会したときに、積年の恨みを叩きつける周到な計算だとしたら、何とも恐るべき執念。

 嫁姑の因縁とは、かくも根深いものだと…




 私の名前は、松武こうめ。とある巨大な新興住宅地に住む、専業主婦です。

 私がこの町にマイホームを建て、転入してからかれこれ20年。すでに新興住宅地とも言えない歳月が流れていましたが、未だこの町の造成工事は続いており、その面積を拡張し続けております。

 当初、各1校だった小中学校は、小学校6校、中学校4校になり、徒歩圏内にたった2軒しかなかったコンビニも、今や激戦区。スーパーは勿論、衣食住、医療、教育、娯楽といった様々なお店や施設も充実しました。

 最寄り駅まで30分以上掛かる路線バスが唯一だった公共交通機関は、地下鉄の延長で徒歩圏内に駅が出来、大型ショッピングモールや役所の支所なども併設され、桁違いに便利になりました。

 当時、まだ幼かった子供たちもすでに社会人。結婚して家庭を持つ年頃になり、新たな世代も誕生して、相変わらず『少子化ってどこの国の話?』と言いたくなるほど、若い活気に溢れるこの町。

 同時に、ここを終の棲家として転入し、この町で人生を全うされた高齢世代や、若くして旅立たれた方たちも、数多く見送って来ました。

 人間だけではありません。我が家の2猫、にきとせるじゅ、葛岡家の3猫、おりべ、いまり、かきえもん、百合原家の愛犬愛子も、とうに虹の橋へと旅立ち、新たに葛岡家には、ジノリとミントンの2猫が、百合原家にも桃と林檎の2犬が家族に加わっています。

 整備されたばかりの道路に植えられた街路樹の桜の苗木も、今では大きく枝葉を張り、道路の両側から見事なアーチを作るほどに成長。春になると薄紅に彩る美しい景観を見に、多くの人が訪れるようになりました。

 造成が始まった当初、広大な雑木林に沼地が点在する荒地だった頃の面影はどこにもなく、今は区画整理で改名された地名の一部に、僅かな痕跡を残すのみ。

 まるで巨大な生命体のように、たくさんの人や動植物、建造物までをも取り込みながら、この町はこれからも増殖を続けて行くことでしょう。




『にっこり笑って、バンパイアの胸に杭を打ち込め作戦』最終結果は。

 …といきたいところですが。

 葛岡さんのおばあちゃんも卒寿を迎え、まだまだお元気なご様子。長男嫁とのデスマッチは終えても、次男嫁とのセカンドステージが始まり、これがまたとんでもないことに。

 ということで、最終結果が出るまでには、もうしばらく時間が掛かりそうですので、いずれまたの機会にでも。




 いつの時代も、世界中どこの国でも地域でも、永久不滅の難題、嫁姑問題。もしかすると、明日あなたの身にも降り懸かるかも知れません。

 そのときは是非、溜まった鬱憤を吐き出しにいらして頂ければと存じます。




 どうかその日まで、ごきげんよう。

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