第1話

文字数 1,482文字

私は先輩が好きだ。特に好きなところは、先輩が文芸部の集合に遅れて、私が三年生の教室に呼びに行くと、必ず窓際の席で、一階の自販機で100円で売っている缶コーヒーを飲みながら小説を読んでいるところだ。それを最初に見た日から、私は先輩の真似をするようになった。家に帰って自分の部屋の窓際に椅子を置いて、コーヒーを片手に小説を読む。小説を読むのも、コーヒーの味も、正直あまり好きじゃなかった。でもだんだんと好きになっていった。先輩のことはもっと好きになっていった。
ある日、私は先輩に告白した。彼も私のことが好きだったらしく、すぐにデートなどをする仲になった。彼とのデートはすごく楽しかった。映画を見に行ったり、動物園や水族館などに行ったりもした。中でも一番好きだったのは、彼の中学の頃からの行きつけの喫茶店で、窓際の席に座り、コーヒーを頼んで小説を読むことだった。デートの最後は必ずそこに行って、帰りに読んだ小説の感想を言い合った。デート以外でも、私たちは一緒になることが多くなった。帰りは必ず一緒に帰って、登校も一緒にするようになった。たまに私が寝坊しても、彼は待ってくれていて、その時は一緒に二人で怒られた。文芸部では、二人で小説の話で盛り上がってしまい、部長に怒られた時もあった。そうやって周りにほんの少し迷惑をかけていたが、そんなこと気にもならなかった。むしろ、彼との日々を刺激するいいスパイスになった。こんな日がずっと続けばいいのに、と思っていた。
そんな楽しい日々は、風のような速さで過ぎていき、あっという間に終わりを告げた。卒業の季節がやってきたのだ。彼は東京都の有名大学に行くため上京すると言った。私は彼と疎遠になることが怖くて、たびたび彼に抱きついた。その度に彼は私の頭を優しくなでてくれた。嬉しかった。卒業式が終わると、携帯で頻繁に連絡を取ると誓い合って、彼は去っていった。私は三年生になり、彼と同じ大学に行くため必死で勉強をした。私は頭が良い方ではなかったので死ぬ気で勉強をするようになった。彼との連絡はあまり取らなくなっていた。
ある日、久しぶりに彼と電話で話した。その時彼に、一緒の大学に行くために死ぬ気で勉強をしていることを伝えた。すると彼は、「僕のためにそんな頑張らなくてもいいんだよ、無理して合わせなくても、付き合ってることに変わりはないんだしさ。」と言った。一体彼の言ったことのどんなところに怒りを覚えたのだろう。勉強のストレスだったのだろうか。彼に「私はこんなに努力してるのになんでそんなこと言うの!」と怒りをぶつけた。彼は「ごめん」と言ったが、私はすぐに電話を切った。
それから少し経って私たちは別れた。あれから、何回か喧嘩をするようになっていたのだ。いや、私の八つ当たりかもしれない。今思えば、彼は一回も言い返してくることなどなかった。
彼と別れて、私は勉強を頑張らなくてよくなった。勉強を続けて、先輩とまた会いたいとも思ったが、もう別れたし、何よりあんなに勉強を頑張ったのに、彼のいる大学には入れる気がしなかった。
頭の良さは、学校では指折りになる程になっていたため、周りから頼られるようになり、友達もたくさんできた。私は先輩なしでも怖くなくなっていた。でもまだ、コーヒーも小説も好きだった。窓際でコーヒーを飲みながら小説を読むのはずっとしていた。しかし、コーヒーはあまり味がしないし、小説を読むのも、少し退屈になっていた。正直、コーヒーは苦いし、小説はあまりおもしろく感じなかった。
私は、小説も、コーヒーも、先輩も、まだ好きなのだろうか。
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