蝉の歌

文字数 709文字

父が死にかけている。蝉が鳴いている。
父が何を考えているのか知らない。蝉は死にたくないと泣いている。
蝉は死を知って歌うのだろうか。父は死を待って何を思うのだろうか。

足掻け。足掻け。
蝉は夏を怨み、愛の讃歌の中で一生の後悔を懺悔して怒るんだ。
怒れ。怒れ。
死がすべてを奪うなら、死へと向かう時間のその一切に迫真を込めて戦うんだ。
戦え。戦え。
夏がすべてを白にかえても、青にかえようとも、残るものが何であろうとも。抗え。抗え。
蝉は歌う。夏の灼熱に燃やされようとも最後の瞬間までけたたましく叫べ。この夏も過ぎれば蝉は一掃され抜け殻が残るだろう。それでも惨めな生が永遠でないことを恨め。
人は揺らう。命を燃やして命に燃やされまいと最後の瞬間まで自らを尊べ。一抹の風に消えようとも親身によってつながる。それが不幸であれ。心を掻きむしることに小心を震わせ。

泣きながら歌いながら、死を拒め。恨みを込めて怒りに心を騒がせて、なおも死を蔑め。
どんなことがあろうとも、生に安寧や安息などなくて、慰めも労いも情けも礼賛もしない。それでもなお生きろ。生きろ。

生きろ、生きろと願う。かわることもできずにただ生きろと願う。あなたが苦悩と苦痛に精神を歪ませようともただ生きろと願う。無責任に心情のことも知らないふりをしてただ生きろと願う。端麗じゃなくとも、厭らしくあってでも生きていてくれ。

生は囚人だ。死という罪を認めさせようと執行される刑務の中で責の中で一生を終える。その最後の瞬間まで死を憎め。絶対に肯定するな。どのような真理と現実があなただと認めようとも決めようとも、その一切を否定し生にこびりついておくれ。


その時にやっと僕はあなたの消失を見つめよう。
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