第1話

文字数 4,991文字

 体育の授業が終わった。
 私の高校は、二クラス合同で授業をして、男子が奇数クラス、女子が偶数クラスで着替えをするから、一組の私は男子が着替え終わるまで廊下で待つ事にした。
 いつもは他の女子とお喋りしたりするけど、今日は早く教室に戻りたい。
 デートに誘われたのだ!
 幼馴染の浩太から遊園地のチケットを貰った!
 期限は今週の日曜まで。ただ、ホームルーム直前だったので、いつ行くかはまだ決めて無いから、浩太とその話を早くしたくて、演劇部で身に付けた早着替えスキルを使って、一人、男子の着替える教室前に立っていた。
 中で男子が何か盛り上がっている。
 「俺は金髪ロングが好きだ」とか、「セミロングのカールがいい」とか、女の子の髪の毛の話題の様だ。
 すぐ近くに女子が居るのにほんと、男子はデリカシーが無いというか、はぁ……
 でも浩太は違うって私は信じてるよ。
 着替え終わった二組の男子が教室から出始めた頃、中に入っていいと合図が出たので私はすぐ教室に入り、浩太の席に向かった。
 浩太はスマホを前に何故か難しそうな顔をしている。

「浩太、誘ってくれてありがとう。
 待ち合わせは日曜の九時に駅でいい?」
「うん。俺、土曜は予定があるから日曜がいい。優那は門限とかある?」
 

 首を傾げて見ると、浩太のスマホ画面が目に入った。


和樹>『お前だけどんな子が好きか言って
    ないよな?教えろよ〜』

浩太>『 俺はロングヘアの子が好き。
    昔お           

 打ち掛けのチャットアプリにはハッキリとロングヘアの子が好きと書いてあった。
 対して私はショートヘア。昔はロングだったけど、中学で演劇部に入ったときバッサリと切った。

「……最っ低!」
 
 気が付けば私の口からそんな言葉が出ていた。
 私は呼び止める浩太の声も無視して自分の席に戻った。
 タイミングよくチャイムが鳴り、先生が教室にやって来てくれた。

 運が悪く今日は金曜日だった。
 だから一日頭を冷やして謝ったり、チャットアプリの事を問い詰める事が出来ない。
 でも、もう一度浩太と話そうとしても、腹が立って、何故か悲しくなって顔を見る事も出来なかった。
 悶々してる間に金曜日が終わって土曜日を過ぎて日曜になった。
 当然のように仲直り出来てない。
 でも、私は仲直りせずにデートする方法を思い付いた。演劇部の私だからできる方法だ。
 
 日曜日、私は朝の四時に起きて鏡の前に立った。
 今まで一度も浩太の前で着たことのない服を用意して、ロングヘアのカツラを被り、目元もメイクした。
 今はコロナウィルスの所為でマスクは必須だから目から下は大丈夫。
 カツラは演劇部の備品で、メイクも部活で身に付けたスキルだ。
 
 全ての支度を終えると、時計は六時を指していた。
 私は多めの朝ごはんを食べた後、家を出て、遊園地のゲート前に着いたのは八時前だ。
 浩太の性格上、チケットが勿体ないから一人でも来ると思う。
 二時間くらい入場ゲートで目を凝らしていると、浩太を見つけた。予想通り一人の様だ。

「ねぇ君、東高の二年生だよね?」
 
 いつも浩太としゃべるときよりハスキーな声を出した。
 これも演劇でよく男装をするから身に付いたスキルだ。

「そうだけど何処かで会いましたか?」
「やっぱり、私も東高の二年なんだ。何度か廊下ですれ違った事あるからもしかしたらって思ったんだ」
「そうだっけ?ごめん、気付かなかった」
「別にいいよ。あのね、よかったら一緒に行かない?
 本当は友達と来るはずだったんだけど、みんな来られなくなっちゃって……
 君も一人なんでしょう?」

 私は頭の中で一人で来ていて欲しいと願ったし、同時に断られたいとも思った。
 だって私を誘ったのに別の女の子と行くなんて最低だよ。

「いいよ、俺も一人なんだ。
 一緒に行こう。俺は浩太」
「……やった!私はユリ。よろしくね浩太くん」

 適当に思い付いた偽名を名乗って大袈裟に喜んで見せると、長い髪がふわりとなびいた。

「こっちこそよろしくお願いひますっ」

 浩太の声が裏返っている。複雑な気分だけどその反応は可笑しくて思わず笑ってしまった。

 最初に乗ったのはハンドレッドモンスター。
 車型の乗り物に乗って、文字通り百体出てくるモンスターを鉄砲で撃っていって、スコアを競うアトラクションだ。
 
「私こういうの得意なんだよね」
「俺も俺も。せっかくだし勝負しよう」
「いいよ、負けた方がジュース奢りね」
 私とは違う女とデートした罰だ。
「おっし、負けないぞ」

 浩太が気合を入れると同時に乗り物が動き出した。
 最初の方は大きくて動きも遅いモンスターなので、順調にスコアを稼いでいく。
 炎が上がったり、派手な鳴き声を上げるモンスターの演出で気分も盛り上がる。
 浩太も「おらっ」とか「うわっ、あれカッコいい!」とか楽しそうにしている。
 今、私が変装をやめたら一緒に楽しめるのかな?ふとそう思った。でも浩太は私はショートヘアなのに長い髪が好きとか言うんだもん。
 いけないのは浩太だよ。せいぜい高い飲み物を奢らせてやる。
 最後のエリアに移ると、急に大きなドラゴンが出てきて翼を大きく振った。同時にブォッと強い風が吹いて来た。
 風で前髪を乱されて目に髪の毛が入った。
「きゃっ!」
 思わず目を閉じて、乱れた髪の毛を片手でかき上げてなんとか整えた。
 けど、その間に乗り物は大分進んでいて、スコアは追いつけない程広がっていて、私の負けになってしまった。

 アトラクションが終わると私は真っ先にトイレに駆け込んで、髪……というよりカツラを整えた。
 さっき雑に扱ってしまったのでズレていたらと不安だったけど大丈夫そうだった。
 ブラシで乱れた毛先を整えてからトイレを出て、途中見かけた自販機で浩太が好きなコーラを買って戻った。
 
「ほら、約束のジュースだよ」
「ありがとう。ていうか選ばせてくれないんだ?」
「な、なんとなくよ。なんとなくコーラ好きそうだなって思っただけよ」

 バレたかな?と不安になりチラッと浩太を見てみるけど、浩太は美味しそうにコーラを飲んでいて気付いていないようだった。

 その後、コーヒーカップでは正面から向き合わない様に座って乗り、空中ブランコでは、カツラがズレないかヒヤヒヤしたりしたけど無事乗り切った。
 今からお昼ご飯だ。
 浩太はハンバーガーとポテトのセット。飲み物は当然の様にコーラだ。
 対して私はクリームソーダだけ。
 マスクを外さずに食べられるのがこれしか無かったから。それを見越して朝ごはんは多めに食べたから問題ない。
 コロナを言い訳にしてカウンター席に横並びで座った。

「それだけだとお腹空かない?ポテトいる?」
「大丈夫、あんまりお腹空いてないから」
「そう、分かった」

 浩太の気遣いが嬉しい反面、私以外の女に優しくしないでよ、という思いもあり複雑な気分になる。
 私はマスクをしたままバニラアイスをスプーンで崩した。透き通るような緑と崩れた白が歪に混ざり合うのが、まるで自分の心を移しているように見えた。出来るだけそれを見ないようにして、ストローでズルズル飲み干した。
 ……私、なにがしたいんだろう?
 
 昼ごはんの後、次はどこにいこうかと相談していると、遠くの方から陽気な音楽が聞こえてきた。
 パレードだ。
 パレードなら大きな動きも無いからカツラの事を気にせず楽しめる。
「浩太くん、行こう!」
 
 私は浩太の手を引いてパレードフロートが見える所まで走った。人垣の向こうで大きな乗り物に乗ったマスコットが手を振っている。
 人混みを掻き分けて前の方に行き、ダンサーの動きを真似て思いっきり体を動かした。
 さっきのモヤモヤした気分を吹き飛ばすんだ。

「ほら、浩太くんも早く早く!」

 浩太を手招きすると、浩太も周りに手が当たらないように気を遣いながら踊り出した。
 激しく動くと汗が流れた。
 汗と一緒にモヤモヤした気持ちが流れ落ちていくように感じて、私はより一層体を動かした。  
 最後にはパレードフロートから紙吹雪がドンっと撃ち出されて、それと同時に私は晴れ晴れした気分になった。

「ユリさん、紙付いてるよ」

 浩太が私の髪の毛に手を伸ばした。
 私は思わずその手を叩いてしまった。

「……もうっ!女の子の髪を触るなんて最低だよ!」
「わわ、ごめん。そんな気じゃ無かった。紙が付いてるからさ」

 言われて私は手鏡を取り出した。
 確かに紙吹雪のテープが付いていたので、私はそれを取ってゴミ箱に捨てた。
 手を叩いてしまってから気不味い沈黙が流れている。
 さっき無くなったはずのモヤモヤした気持ちが戻ってきた。
 沈黙を破ったのは浩太の「ごめんね」だった。

「怒ってないよ、あんまり髪の毛を人に触られたくないの。
 お手入れ大変だけど自慢の髪なんだ。
 ところで浩太くん、会ってからずっと私の髪ばっかり見てるよね?」
「な、なに急に?」
「なんとなく視線を感じるなぁ〜、どうしたんだろう?って思ってさ。
 浩太くんは長い髪の人好きなの?」

 首を傾げて浩太を見つめた。
 浩太が顔を背けて「ん〜っ」と唸っている。
 お願い、違うと言って。
 そう言ってくれれば、明日仲直りできると思うから。今日までの事は水に流せるから。
 でも今の私はユリだ。優那ではない。
 だからユリとして自然に返せるように、頭の中でロングが好きと言われた場合を想定してどう答えるか考えた。
 
「俺、好きな幼馴染がいるんだ。
 その子の髪が長かったからロングヘアが好きになった。
 当然ロングヘアじゃ無くても今のショートヘアでもその子が好きだよ。
 ただ、最初に会ったときのロングヘアがずっと頭に残ってるからロングヘアが好き」

 それはつまり浩太は私が好きだという事で、しかもずっと前から好きだって……え、えぇ!?

「そ、そうなんだ」

 なんとかハスキーな声のトーンは維持できたけど、今顔を見られたら不味い。
 ふにゃって崩れているから、嬉しくて浩太に飛び付きそうになってるから。「私も大好き」って言いそうになるから。

「じゃあ、次は向こうにひこうっ」
 
 声が裏返ってしまった。
 ギクシャクと歩き出す私の後を浩太がついてくる。
 
 浩太はジェットコースターが大好きだから一緒に乗ろうと誘ったけど、浩太は「食べ過ぎで乗ったら吐くと思う」と言って、メリーゴーランドとかのんびりしたアトラクションを回った。
 観覧車にも誘われたけど、恥ずかしかったので断った。
 日が暮れる頃、遊園地を出て駅に向かうと浩太が「お腹が痛いからトイレに行くから先に行って」と言って何処かへ行ってしまったので、一人で先に帰った。

*––––––––〜

 家に帰ってから顔を赤くしてベットで悶々としてる間に日が変わり月曜日になった。
 浩太とどんな顔をして会えばいいのか分からないまま、通学路で浩太と会ってしまった。

「あっ、」

 それだけ言って浩太は目を逸らしてしまった。
 どうしよう、でも悪かったのは私だしなぁ……
 勇気を振り絞って私はまず、謝る事にした。そう、昨日私は変装して浩太とデートしてたんだよと言うのだ。

「あ、あのね……
 昨日は……チケット無駄にしちゃってごめんなさい。あと、その前に最低って言ってずっと無視しちゃってごめん」
 
 私の意気地無し……

「いいよ、誤解させた俺も悪いし。ごめんな」

 ユリに変装した事は言えなかったけど、仲直りは出来た。それでも昨日のあれはバレてなかったのか気になる。

「昨日は一人で遊園地に行ったの?」
「そうだけど、途中で東高の二年って女に声掛けられて一緒に遊んでた」

 こっちの反応を見るような目線を送る浩太……
 あれ?
 
「急にどんな女が好き?とか聞かれてその子と関係ない人が好きって言ったら自分の事みたいに顔赤くしてたし……変な奴だったな」

 まさか、気付いていたの?

「へ、へぇ。
 因みに浩太はどんな女の子が好きって答えたの?」
「秘密〜。だってもう知ってるだろ」

 バレてる!
 でも今更私がユリでした。なんて言うのは恥ずかしいし気不味いし悔しい。
「分かんないよ、教えてよ〜」
「嫌〜、優那がもっと素直になったら教えてもいいかな」
 知らぬ存ぜぬでゴリ押しするのも許してくれないようだ。
「……バカ、私に好きって言ってよ」
「何か言った?」
「言ってないよ」

 あぁ、素直になりたいな……
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