第4話 咎人の焔

文字数 11,471文字

 紫雲館学園から断罪の旅団(ブリゲードオブジャッジメント)本部までの道のりを三人の少年が連れ立って歩く。
 互いの左頬を赤く腫らした二人の後に真っ青になった少年が付いていく。
「上の奥歯がグラついてやがる、生え替わったばっかだってのによぉ・・・・・・この歳で入れ歯かよクソッタレ」
「黙って歩けゴリ男、んなもん勝手に生えるだろオメーはよ。女々しいにも程があんぜ」
 ガシッグイィィィッ!!
「今何つった静電気野郎が」
「繊細ぶってんじゃねぇって言ったんだ。あぁ、分かり易く言わねぇと分かんねぇか単細胞のゴリラにゃよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 胸倉を掴んで睨み合う二人の横を申し訳なさそうに俯いたまま追い越していく逞真を励ませずに見送って、言いようのない感情に互いの胸元を突き飛ばしてついていく隆介と正道の二人。

「そう落ち込むな南風原、男の誉れだろう!」
「・・・・・・もう良いから帰れよ正道、基地ん中見たいだけだったらまた今度オレが連れてってやっから」
「ソレもあるがコレは別だ!俺が指名されるのは何時になるのか直談判するぞ!!」
 快活に笑いながら言う正道の頭が悪すぎる発言に頭痛を覚える隆介。
 望まぬ指名を受けた人間の前で、さも残念そうに言い放つ思慮の無さに怒りがこみ上げてくる。
「だから、なんでンな事この場で言い出すんだ!?」
「・・・・・・はぁ」

 重すぎる溜息を吐いて立ち止まる逞真を前に喚き合う二人が完全に沈黙した。

「ゴメンね、喧嘩させちゃって・・・・・・一人で行くよ」
「待て南風原お前は全く悪くないぞ、むしろ俺が変わってやる!」
「・・・・・・誰が一人でなんか行かせるかよ、お前がどう思ってるか知らんけど旅団(オレら)の都合にダチ巻き込んで堪るかってんだ。絶対ぇお前を継承者になんざさせねぇ」
「ありがと、夕日綺麗だねぇ。」

 西の空に沈む夕日が朱く煌めいている。
 一人は単純に綺麗だと、もう一人は特に感傷も無く、残り一人はまるで血の様だと思う朱に染まった空。
(ふざけんじゃねぇ・・・・・・なんでコイツなんだよ!)
 胸に埋められた宝玉に手を置いて思う。
 父と生き別れた日から旅団に保護されるまで大半の悪事を(なんでも)やって生き延びることを選び、魔族に対する復讐心に駆られて道を踏み外しかけていた自分と違って、遺された才を頼りに真面目に生きてきた奴が、選りに選ってこんな血の匂いしかしない断罪者面した死刑執行人の集団に入れだなんて論外でしか無かった。
 柔道場で合流した際、普通に生きている人間にとっては死刑宣告に近いソレを羨ましがる素振りを見せた正道と殴り合ったが、生体装甲を貫通して自分の顔面に一撃入れた正道の方が資質が有るとすら思う。
 希に起きる現象だとは聞いていたが、それを引き起こすだけの資質を柔道家の少年は持ち合わせていたのだ。

「ブレイズオブブレイムって言うんだって、僕が引き継ぐことになるかも知れない神器。どんなんなんだろねぇ?」

 力無く笑いながら歩く少年の発言につい昨日会った焔使いの青年の顔が浮き上がる。

 神器【咎人の焔(ブレイズ・オブ・ブレイム)
 殲滅戦に特化した劫火の宝珠。隆介の【蒼雷の宝玉】と同系統の超攻撃型異能。
 安全な後方に居る事すら許されないなんて。

「あのな、逞真。学園辞めて沖縄に帰る・・・・・・なんか出来ねぇよなぁ。」
「流石にソレはね、一応学級委員長とかやってるし看板背負っちゃってるから。大体、今の継承者さんに何かあったとして継承権が遷らない以上僕が使うしか無いんだよ・・・・・・逃げられないんだ。」
 有名人なのだ、この少年も。遷ったから辞めました、ホルン奏者として生きます!では既に済まされる状況では無かった。
「他人の生死の上でホルンを吹いて褒められてる自覚はあったんだよ?でも、まさかこんな早くに現実見せつけられるとは思ってなかった。」
「大丈夫だ、隆介が付いてる。俺も一刻も早く選ばれてお前を支えてやるぞ!」
 豪腕を逞真の肩に回して励ましながら歩く正道に微笑みながら頷く。
「お前の出番、無ぇから。そういうのはオレだけがやれば良いんだっつの・・・・・・って何笑ってんだよクソ」
 チラチラと様子を見つつ横を向いて呟く隆介を逞真達二人が笑いながら見ている。

 角を曲がればその先は旅団本部正門への一直線だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 旅団本部正面玄関ホール。
 
 白衣に身を包み翠色の本を小脇に抱えた青年が、カプチーノを飲みながら楽しそうに夕暮れに沈みかけている薄暗い基地内の説明を柔道家の少年へしているのを不服そのものと言った表情で煙草を吹かしながら睨んでいる。

「納得いかねぇ・・・・・・・・・なんなんだあのアマ。」
 正門へ到着すると待ち構えたように八雲が現れ、『ややこしいからお前はここで英人と待機ね。』などと言って逞真だけを連れて厳太の転移符を使って消え去ったのだ。

(話を付ける?誰に付けんだコレで。)
 共に話を聞くことすら許されない己の評価に腹が立つ。

「隆介クンのクラスメイトだって知ってたから念のために試作品飛ばしといたんだ。まさか彼からキミに相談するなんて思ってなかった。周防サンは朝から正門見張ってたんだよ?同じ教室で朝から彼と一緒だったら感付くだろって・・・・・・ま、キミは彼の様子に気付けなかった様だけどさ。」
 灰皿の傍にしゃがみ込んで下から睨み付けるが白衣の青年は全く動じる様子も無く懐の端末を操作し始める。
「試作品?」
「うん、ブラックロックでは前世代の機体を量産して実用してるんだけど・・・・・・来た来た♪」

 空いた手を差し出すと2cmに満たないサイズの黒い粒状の何かが数個着地した。よく見るとプロペラ状の羽根が四隅に付いていて、着地面には八本の脚が生えている。

「神器貰ったのが四年前だから三年チョイでこのサイズまで小さくしました!陸海空自在に動いて監視回収作業も思いのまま!目指せナノマシン頑張れボク!!機甲猟兵Ver.21.0だよ!」
 簡単に説明して胸を反らして笑う英人の掌に転がっている黒い機体を凝視しながら驚く正道。
「おーーーー!ナノマシンだってよ!?つーか思いっきり息吹きかけたら吹っ飛びそうだな!」
「大丈夫、砂嵐でも壊れない程度に作ってあるから好きなだけ吹き飛ばすと良いよ!」
 英人の発言に目を輝かせながら利手の中指を親指に引っかけて見せる正道に、満面の笑みを浮かべたまま親指を立ててみせる英人。中指で弾き飛ばすと何事も無かったかのように飛び戻る機甲猟兵を見て盛り上がっている二人に対して隆介の目が一層険悪の色を増す。

 監視されていたなんて全く気が付かなかった。

「ちょっと待て!何時から覗いてた!?」
「教えてあげないよ?何も見てない振りしてクラスの女子を目で追ってたとかそんな私的なこと言えるワケが無いよね、ボク優しいなぁ。」
「・・・・・・学園行くときは定期的に探るようにする、壊れてたって知らねぇからな。」
 苦虫を噛み潰しながら吸い終わった煙草を灰皿に捻り込む。
「良いね、キミの異能に耐えきるだけの性能を付けないと実戦投入なんて夢のまた夢だし・・・・・・あれだけ頑張ったつもりなのに、結局ボクは間に合わなかったんだから。」

 正門で英人と遭った時から気にはなっていたのだが、色白だとは言えやはり血色が悪く、間に合わなかったと言った表情は笑顔なのに暗い影を落としていた。

「何が間に合わなかったんだ?試作品を持って来てるって事は間に合ってるんじゃねぇの?」
「目標はナノマシンサイズ、合体攻撃も可能な広範囲監視警備デバイスを作りたいんだ。早く作り上げて平和維持に使うためにはどんだけ頑張っても間に合ってなんかないんだよ。」
「すげーーーー!マジかっけぇっす神谷さん!!男ッスね!!」
「で、逞真をどこに飛ばした。」
 素直に驚いている正道とは真逆に全く興味を示さない隆介を少し残念そうな表情で見て逞真達の居場所を告げる。
「断罪旅団基地最深部、黒檀の間。キミがどれだけ頑張っても侵入するには相当時間がかかる神器保管庫、そこに逞真クンと周防サン、榊クン、東部(こちべ)司令が居る」
「おっかねぇの全員揃えてんじゃねぇか・・・・・・」
「強いのかソイツら?」

吸いかけのタバコを灰皿へ押しつけて怠そうに立ち上がりながら呟く。

「元傭兵の暗殺者、指名手配書(ビンゴブック)掲載済呪術家の直系、光の魔王なんて呼ばれてる最強ヒーラーだ。刃向かったら死ぬ」
「すげぇ面子だなぁ。さっきの姐さんはその内のどれだよ?」
「アサシン。模擬戦でも勝てたこと無ぇ」
【黒の昴宿】と呼ばれる黒鎖の神器を操る女教官は、遮蔽物一つ無い訓練場で戦っても勝てた試しが無かった。
「うぇぇ・・・綺麗な顔してそんな奴なんかよ」
「その道のプロなんだろ、虫も殺せん顔してザックリってな?オレだって本気の八雲さんと戦り合った事ねぇし、あの人と本気の殺し合いなんて考えたくも無ぇ。・・・・・・・・・黒檀の間、か」

 大地の奥深く、地脈の結節点付近まで掘り下げて作られたその一室へは延々と続く階段と入り組んだ通路によって遮られていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「凄いですね、空間転移なんてマンガの世界だけだと思ってました」
「あまり動じてないように見えるわ、初めての経験だったでしょ?」
「緊張して何だか解らなかったです・・・・・・・・・・・・そっか、初めてだったんだっけ」

 視界を白く染める光と共に浮遊感に襲われたと思うとこの場所に移動していて、人生初の空間転移は不安に押し潰されかけた心に一切の感動を与えられなかった。
 正面玄関で合流した女性が優しく微笑みながら手に持った札が塵一つ残さず崩れていくのを見せる。
 榊流修験道・天昇陣と呼ばれる転移術式で転移してきた先には広大な空間が広がり、さらけ出した岩肌に無数の穴が掘られて様々な輝きを放つ神器と思わしき武具が納められていた。
 部屋の中央には黒い木製の台が鎮座している。

「ようこそ断罪の旅団(ブリゲードオブジャッジメント)最深部、黒檀の間へ。私は隆介の担当官もやってる周防八雲、僧服を着ているのが榊厳太、もう一人が私達のボス、東部公造司令よ・・・・・・厳太、外に出よう」
 祭壇近くに居た僧服の男がスーツの上からも分かる鍛え抜かれた体躯をした壮年の男性へ軽く一礼して逞真達の方へ歩み寄り深々と頭を下げながら話す。
「君が南風原君か・・・・・・悪いが色々と調べさせて貰った、隆介が世話になっているそうだな?
ありがとう、そして今後も宜しく頼む。アイツには君のような人間こそ必要なんだ。滅多な事は起きないだろうが仮に君が戦いに巻き込まれたとしても俺達が必ず支える、安心して欲しい・・・・・・それでは失礼する」
 誠実そうな面立ちの僧侶が飄々とした様子の女性と黒檀の間から歩み去ると、不安に震える少年と精悍な男の二人きりになった。

「壮観だろう?この場に集められた神器は現在使用中の物を含めて24個存在している。この祭壇で継承の儀を行うのだが、その度に神器にまつわる存在の記憶らしき物やそれ自体に宿る何者かと意志の疎通を得る者もいる。曰わく『滅んだ世界の残渣、帰り着いた想いの結晶』であるそうだ」
 祭壇の奥に立つ男性、東部司令が突然話し出した内容の一部を気にかけながら意を決して祭壇前に立つ。
「それじゃ、24個も世界を滅ぼしたって事ですか?」
「いや、我々はゲートの向こう側に到達できていない、手段は確立しつつあるのだがな。どの魔族がどの異界に関わるか、敵勢力の規模、首領格の意図と有無も不明だ。少なくともこの場にある24個の神器に宿る存在はこの世界の維持に協力の意図を示している・・・・・・挨拶が遅れた、総司令を務めている東部だ。長い付き合いになるだろう、今後も宜しくな」
 言いながらゴツゴツとした男らしい右手を差し出す東部に遅れて手を差し出す。
「初めまして、南風原逞真です・・・それじゃ日野君の持っているアレにも何か別の存在が宿っているんですか?」
 体育の授業で着替える時に見かけることもあった隆介の胸板に添えられた蒼い宝玉。
 雷撃の力を秘めたあの宝玉や、最悪の場合自分が扱うことになる神器【咎人の焔(ブレイズ・オブ・ブレイム)】にも誰かの意思が宿っているのだろうか?
「隆介の【蒼雷の宝玉】は対になる剣が有るらしいのだが、父親と生き別れになった際に宝玉だけ持たされたそうだ。その際に一度だけ何者かの意思に触れたがそれ以来何の反応も無い・・・とは言っているな。君が引き継ぐ神器には火竜が宿っている。継承の儀の際に幻視として見えるが、特に何も言わずに異能だけを授けられると報告はあがっている」
 中等部入学からの付き合いだから既に二年になるが出会った当初から宝玉は胸に蒼く輝いていて、いつからその力を振るって居たのかまでは聞こうともしなかったのに気が付く。
「アイツ、何歳から一人なんですか?」
「四歳だ。半年近く施設を転々とし、ある日行方を眩ませて十歳になるまで一人生き延びていた・・・・・・私から話す内容では無いから詳細は伏せる、興味があるなら本人に折を見て聞くと良い。本題に入っても良いか?」
「・・・・・・はい」
 逞真を真っ直ぐ見続ける東部の視線に耐えられず、視線を微妙に逸らしたまま答えるのを見て大きく溜息を吐く。
「・・・・・・・・・止めだ、止め。この口調は無駄に疲れる、そこに腰かけろ」
「え?・・・・・・そこって、祭壇ですか?」
「祭壇以外の何処に座るっちゅうんだ?有り得んだろうが最悪お前もコレの上寝っ転がって儀式受けるんだ、どうだって良いだろう」
 言いながら逞真の横に回って音を立てて祭壇の上に座る東部をマジマジと見つめていると、軽い荷物でも持ち上げるように片手で逞真の襟首を引き寄せて祭壇の上に座らせる。
「あ・・・・・・ありがとうございます・・・?」
「悪かったなぁ、南風原。儂らの戦いに巻き込んじまった。入学条件だから遷移時点で告知と確認をしたんだが、お前の神器の現所有者はそれなりに強いからな!そう簡単にお前の出番が来ることは無い・・・・・・コンテスト、頑張って金メダル取ってこい。全てはそれからだ」
 先程厳太と呼ばれていた男が言っていた通り、ある程度の情報は調べられているようだ。
「それからどうするんですか」
「可能であれば白兵戦の基礎だけでも護身術だと思って受けてくれ。練習量も任せる・・・・・・但し、最悪の場合だけ想定しておくんだ」
「・・・・・・・・・・・・最悪?」
 恐る恐る問いかける逞真の顔は真っ青になっていた。
「仮に今回問題無く帰ってきたとして、次の任務で想定外の大物が現れでもしたらどうする?何時でも応じることが出来るように覚悟を決めて日々を過ごしてくれ」
「・・・・・・はい」

 つまり、最前線への道は思っているほど長くは無いらしい。

「なに、心配するな!お前の命は儂が預かっとるんだ、必ず一人前の戦士に育てる。無為に散らせなどせんよ!」

 だったら何でこんな形で人員確保してるんだよと大声で叫びたいが、それすらも出来ない。逞真には信用ならない人物にしか見えていなかったが、逃げることも出来なかった。唯一の武器である『ホルン奏者としての自分』を捨てる結果に繋がる逃亡という手段は選択肢には元から含まれておらず、流されるままになるしか無い。

 人類全体の脅威へ対抗する手段を拒絶した演奏家。
 売り込むには不都合すぎる背景を背負う馬鹿が何処にいる?

「司令、時間ですがお話は済みましたか?」
 男の声に顔を上げると厳太が扉の向こうから姿を見せた。
「今終わった。隆介に絡まれでもしたら面倒だからな、徒歩で戻るからお前達は南風原を連れて先に戻れ」
「それが良いでしょうね、隆介のヤツ確実にボスの所に行こうとするでしょうし。そいじゃ厳太、三人で地上に戻ろっか?」
 この三人も何らか神器を持ち合わせ、地獄のような戦いを制して生き延びてきているのだろう。同い年の雷使いだってそうに違いない。

 それでも思う。
 臆病な僕はそういうのじゃ無いと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・んで、お前が次の持ち主ってか。ま、安心しとけ!俺は当分渡す気無ぇからよ!」
「アンタが突っ走んなきゃもっと安全だってのよ・・・・・・南風原君、コイツは馬鹿だし後先みないで動く大馬鹿だけど実力だけは何故かあるから心配しないで?それに、私とウリヤノフも居るから今回も一緒に帰って来るよ」
「無論だ。」

 断罪旅団本部の一角に、継承権を遷された逞真、付き添いで来た隆介、流れで一緒にくっ付いて来て立ち入り禁止区画の中を興味が赴くままに歩き回る正道に何故か説明を続けている英人・・・・・・そして逞真が継ぐ可能性がある神器の所有者、神谷隼人と任務へ一緒に向かう予定の二人、計七人が集まり、厳太と八雲の二人は別件があると言って姿を消した。

「・・・・・・・・・やっぱ納得いかねぇ、司令にナシ付けてくる」
「無駄だ、お前の出る幕では無い。あの箱庭に入るのを決めた時点で選択の余地は残されていない・・・・・・承知の上だった筈だ、違うのか?」
 その場を離れようとする隆介の肩を掴みながら俯いたままの逞真を見て冷たく言い放つ赤毛の大男の腕を払い、自分よりも上背のある男の胸倉をひっつかんで顔を近付けさせる。
「オレのダチに何て言い方すんだ!ひでぇじゃねーか!」
 逞真を見据えて言い放った赤毛の熊男、ウリヤノフ・ラトキンに食ってかかる隆介を不安そうに見る逞真。
「ならば聞くが、お前が興味を持たん学園生徒が同じ様に権限を遷されているが何故騒がなかった。この一年に数名遷された学生が居た筈だ、見知らぬ他人だから庇わなかったのか?」

 冷静そのものと言った表情で隆介を見つめるウリヤノフの胸倉を掴んだ隆介の手に優しく触れて指を解して二人の距離を離させて、深緑に輝く宝珠を抱え込んだ女神像を先端にあしらい付けた白杖【楽園の主(パラダイスロスト)】を持った女性、キリエ・ウェリントンが優しく微笑みながら言う。

「二人とも落ち着きなさいって、確かにあの学園に在籍する以上覚悟しといて欲しい事だってされちゃうけど・・・・・・普通はそこまで深刻に考えないよね?私も遷された日とか今日で死ぬんだって思ったし、そこのバカのお陰でそれでも何とか今日までやって来れた」
「・・・・・・キリエ、お前これで三回バカっつったな?バカって言う奴がバカなんだぞばぁぁぁぁか!」
「アンタが賢くないのは理解してるから黙ってなさい。・・・・・・南風原君、私は日野君がこんな風に誰かを庇おうとするの初めて見た、だからきっと大丈夫」
 焔使いの相棒を軽くたしなめて蒼白になったままの少年を慰めるキリエが隆介に向き直る。
「日野君、司令と話が出来たとしても前例は作れないの一言で終わるわ。ただ、あの人が優しいのを君は知っているよね?とても辛いだろうと思うけど、そんな司令の優しさに甘えちゃ駄目だよ」
「・・・・・・でも」
 悔しそうに両手を握りしめる隆介の肩を軽く叩いて笑いかける。
「君の役目は南風原君を助ける事、南風原君は少しでも早く現状に慣れる事。頑張ればどんなモノにも人はなれるんだよ、頑張ろう!・・・ウリヤノフさん、ご飯食べに行きましょ。今日はタップリ食べて早く寝なきゃね?」
「そうだな・・・・・・逞真、お前のように怯えるのが普通だ」

心なしか和らげた表情で熊男が逞真に向き直る。

「ノヴゴロド連邦国陸軍第十二特務大隊少尉・・・・・・それが私の役職だった。
 国家の剣として人間相手に戦い、生き延びてきた。
 初めて敵と殺しあった瞬間の絶望を今も覚えているし、今夜も眠りは浅いだろう・・・・・・だがそれが普通なんだ。だから生き残れる。キリエ、食い終わったら一杯どうだ?秘蔵のウイスキーを出すぞ」
「えぇぇ、ピート強いのは苦手かなぁ・・・・・・そもそも私まだ19ですよ?」

 話しながら歩み去る二人を見送り隼人、隆介、逞真の三人が残った。
「えっと・・・・・・・・・うん、俺から言うことは何も無い!学生生活を満喫してろワカモノ!」
「すまん逞真、不安だろうけどコレ結構強いから放っといてくれ。コンテスト終わるまで集中させてくれって司令にはお願いしとくから、終わり次第またこの件は話そう、な?」
「あ、大丈夫だよ。コンテスト終わるまでは何もしないって言ってた」

 終わった後に何をさせられるか全く解らないけどと内心付け加えながら微笑む逞真を見ながらこめかみ辺りを引き攣らせている隼人が悔しがりながら隆介を睨む。

「言ってくれるじゃねぇか隆介ぇ・・・・・・そうだな、よし・・・逞真、だったよな?」
 焔使いの青年に呼ばれて小さく頷く。
「あの白衣のデブが俺の兄貴なんだけどさ、アイツがとんでもねぇヘマやらかして強制的に旅団員に組み込まれてよ、また何かやらかさねぇか不安で俺もくっ付いて来たんだ。
 んで審査の結果俺達双子に適正あんの判って俺が【咎人の焔(ブレイズ・オブ・ブレイム)】兄貴が【翠緑聖典(ワーズオブエデン)】を持つ事になった」

 自分の行いが齎した事態に興味を示そうともせず、隼人の部屋の本棚に突っ込まれていた神器を返すついでにぶん殴った日を思い出しながら話を続ける隼人。

「アイツ、お勉強だけの糞野郎でさ、日本じゃ認められないからって東のクロヴィス合衆国まで13歳で行っちまってどうしようもなく悪化して博士号引っ提げて帰ってきた、それが16ん時だ。
 マジもんの糞だったぜ?対処療法しか手段がねぇってのに災厄に巻き込まれて死ぬのは無能だからだって遺族の前で平然と言いやがんの、殴り合ったことも無ぇ癖によ。
 チマチマと一方的に開け放たれたゲートの処理してる時間が惜しいから壁をこじ開けて一気に殲滅してやれよって色々探って正解らしきモノまで辿り着いて旅団に取っ捕まってな、止めときゃ良いのに『お前達の間違いを僕が証明してやる』とか吐かしてすっ転びやがった・・・ま、良い薬になったんだろ。今の兄貴が居るのはその結果だ。」

 笑いながら正道へ手にした翠緑聖典(ワーズオブエデン)を見せて己の異能で作り上げた翠色に輝く椅子へ座らせている優しそうな青年からはそんな気配は微塵も見えない。

「あのバカ兄貴をカバーすんのに必死だったからな、すぐに使いこなせた・・・・・・キャンキャンうるせぇ後輩もできたしな。
 俺はお前が何やってきたのか知んねぇし興味もねぇ。
 言ってやれるのは一つだ」

 両肩を掴まれて視線を合わさせられる。

「向き不向きじゃねぇよこんなん、やんのかやらねぇかだ。
 俺は最初から兄貴って理由があっただけマシだったけどよ、お前にも何か理由がある筈だ。キリエはずっと迷いっぱなしだったが急に出来るヤツになってた、それだって何かの理由が出来たからだろって俺は思ってる。
 逞真、お前の理由が早く見つかると良いな?」

 精悍な顔に浮かべた笑みを眩しく感じて見ることが出来ない。

「・・・・・・考えてみます。」
「あー、考えるって言うか感じろだな、うん。その時に感じた理由を大事にしてやってくれ。俺はそれで強くなれたって思ってる。
 ・・・・・・・・・後は任せたぜ、逞真」
 満足げに頷きながら隆介の方に目を向ける隼人。
「どうだ隆介、感動的なスピーチだっただろ!」
「臭ぇ、しかもフラグ立ててやがる。キッチリ回収しに戻って来いよ」
「誰が死ぬかよ!?・・・・・・んで、お前は何か言わねぇの?」
「・・・・・・・・・・・・に理由無ぇだろ。」

 視線を逸らし輸送機が来たタイミングで呟くと、環境に慣れた隼人には判別が付いたが肝腎の逞真には聞こえて居らず首を傾げている。

「成長したなぁお前!うるっせぇ犬っころが嘘みてぇだぜ」
「あ”ぁ!?思った通りに火が使えねぇって泣きついてきた奴がオレを犬呼ばわりか?笑うぜ、隼人」
 要らない情報を漏らした年下の同期の行いに応えようと、逞真の耳元へ口を寄せながら隆介を見る姿に嫌な予感を覚える。
「・・・・・・・・・逞真、良い事教えてやる。コイツ今ダチをま」
「っっっだあああああああああ黙ってろ隼人ぉ!?」
「良いじゃねーか教えたってよぉ、コイツに教えさせねぇってんなら他のにバラすぞ?」
「ダメだ絶対言うな!!同期だろオレら?頼むから止めてくれ!」
「友達守るのに理由は要らないかぁ・・・・・・良いなぁ、そういう事ボクにも言って欲しいなぁ♪」

 隆介の顔が凍りつき、いつの間にか後ろに立っていた正道達二人に振り返る。

「なんで英人さんに聞こえッッッあああああああああ!?」
 掌に乗せた数体の試作品ユニットが騒音を取り除いた音声を流し続けている。
 正道の相手をしながらこちらの様子を聞いていたのだ。英人の後ろに立つ正道が何度も頷いて隆介の発言を聞いている。

「熱い男だったんだな、俺は感動したぞ隆介!お前を気に食わんと言う輩にこの話を聴かせて俺が改めさせよう。局長さん、音声データを頂いても良いか?」
「うん、ボクも彼が誤解されてるなんて嫌だからね・・・・・・ほい、届いた?」
「お前らいい加減にッッッッがぁ!?放・・・ッせぇええええええ!!!!」
「誰が放すかぁっ!早く拡散しろッ!!」「おーらい!て言っても一人で十分だよね?周防さんに送っちゃえ♪」「・・・・・・俺はやらんぞ。」

 隆介が正道のスマホを強奪しようとした瞬間、隼人が羽交い締めにして動きを封じ込め、そんな三人を唖然とした表情で見る逞真の横に英人が移動して音声データを聞かせながらそれを八雲に送り、何かが終わった様な絶望的な表情を浮かべて項垂れた隆介を見て少しだけ笑う。

「・・・・・・さて、と。もう遅いし夕飯くらいご馳走したいんだけど、部外者はそろそろこの施設から出て貰わないといけないんだ。夕飯代あげるから皆で食べて帰ると良いよ。」
「さすが局長紐が緩い!オレはいい加減腹減ったから飯に行くわ・・・・・・居たら相手してやっからまた来いよ、じゃあな。」
 財布から紙幣を数枚隆介に渡して正門の方へ歩くよう促す英人の横で軽く手を振って食堂へと歩き始める隼人。
「・・・・・・・・・多過ぎじゃね?」
「成長期だしそれぐらい食うでしょ、むしろ足りるの?」

 苦笑を浮かべる英人の視線に気付かず、渡された紙幣を無造作に懐にしまい込む隆介の手元を餓えた獣の様な目で睨む正道の頭に隆介の手刀が叩き込まれるが反応が鈍い。
 本当に餓えている。

「必要な分だけ貰っとく、食い放行くぞ。」
 受け取った紙幣を再度取り出し、必要最低限だけ貰って残りを返すと肉食獣の目が虚ろになっていく。
「・・・・・・・・・・・・肉。」
「お前が居なければ良い肉食って憂さ晴らしも出来たってのによ、残念だったなぁ逞真ぁ!?」
「何で俺が居ちゃダメだってんだ!?オレには食い放題で十分だっつーのか隆介ぇ!」
「ダメに決まってんだろが!お前どういう目で貰った金見てたと思ってんだ!?」
「男が細かいこと吐かすんじゃない!!」
「ケダモノが人っぽい鳴き声で喋んな!!」
「えっと・・・・・・先にありがとうございますって言うべきじゃない?」
 普通の反応を示す逞真に気が付き慌てて隆介を放して深く頭を下げる正道に軽く手を振る英人。
「倍ぐらいなら持ち合わせ有るから出しても良いけど、学生だけで行くなら食い放題の方が無難かな。お腹壊さないようにね?」
 気のない返事をして先に歩き出す隆介と正道を先に行かせて丁寧に頭を下げる逞真と英人が残った。
「色々ありがとうございました、神田の世話まで見て貰っちゃって。」
「ハハ・・・・・・どういたしまして。隼人のヤツ、ボクのこと引き出して君を励ますなんて酷いマネするよねぇ?」

 食堂のある棟へのんびりと煙草を吹かしながら歩く双子の弟の後ろ姿を見る英人の視線は何故か寂しそうに見えた。

「元気づけられました、隼人さんによろしく伝えて下さい。」
「うん、アイツもきっと喜ぶ・・・・・・逞真クン」
「はい、何でしょうか?」
「あの・・・さ、いや・・・・・・・・・何でも無い。コンテスト、無事に参加出来ると良いね。」
 何かを言いかけて飲み込み妙な言い回しで応援する英人に首を傾げながら一礼し、三人が敷地から姿が消えるまで見送って懐から煙草を取り出す。

「・・・・・・うるさい、これ以上は動かないよ。」
 
紫煙を吐きながら呟いた声が月の沈んだ空に響き、手にした神器が一瞬淡く輝いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み