第1話

文字数 823文字

 鳥居の向こう側でうやうやしく一礼した女が、参道の端を歩いてくる。
 そこまで存在を消すように歩かなくてもと苦笑いした。
 手水屋で手口を清め、一度こちらを見た。思いがけずそれが熱視線であり、驚いて台座からころりと落ちそうになった。
 女は視線を外し、しずしずと拝殿に向かっていった。鈴をシャリシャリ鳴らし、二礼二拍手。熱心に自己紹介をしたのち一礼した。すっきりした顔でこちらの方へ歩いてくる。私の前で一礼すると先程の熱視線を向け、何やらごそごそと鞄をあさり、写真機をこちらに見せた。

ーー我らの写真を撮りたいと、別に構わないぞ。好きに撮れば良い。ほほう、玉乗りしている姿は関東ではあまり見かけないのか。勉強熱心で感心な事だ。
 え、臀部、燃え。燃やされるのは困るぞ。え、萌える、説明されても全く分からんがそんな趣味嗜好もあるのだな。少し恥ずかしいが、まあ良い。隅々と巧みの技を堪能するが良いぞ。
 何、可愛い、はあ、そのような文化があるのか。文化ではない、分かったような分からぬような。よいよい、そちらにも既に伝えたから好きに撮れ。

 女は生き生きと近づいたり遠ざかったりしながら写真を撮っている。
ーーまあ、礼を欠かなければ許してやるがな。満足したのか。うむ、また来るが良い。


ーーお、あの女は確か我らを愛でていたあの時の。家族を持ったのか。娘、手水屋で服がびしょ濡れになってるぞ。小さい手では杓子がまるで桶のようだな。早く拭いてやれ、風邪を引かせるなよ。

 娘が小走りになるのを、母親になった女が、呼び止めるが走り出した幼児はそう簡単には止まらない。父親は転ぶぞと注意しつつも笑って見ている。
 我ら狛犬と獅子を見た娘が鈴のような声で言う。
「ママ抱っこ!お尻なでなで!」

ーーお主のDNA、しっかり引き継いでるな。
 狛犬が珍しく愉快そうに笑った。
 獅子の私も覚悟を決めて付き合ってやろうと微笑んだ。

  (了)
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