第1話

文字数 1,985文字

「話をさせてくれよ。最後なんだ少しだけいいだろ。」
あたりは真っ暗で少し騒がしい。そんな場所で男は返答も待たずに話を始めた。

「俺はさ、ケンジっていうんだ。まぁ今となっちゃそんな名前はどうでもいいんだけどな。父親が小さい頃からいなくてさ、母親と俺とでずっと暮らしてきた。小さいながらに母親が苦労してるのがわかってさ、何も出来ねえことが辛くて。参観日にくる学校の友達のお母さんはみんな幸せそうで綺麗な格好してるのを見ると、うちの家はどこか普通とちげぇんだなってことがわかったよ。高校を卒業してすぐに上京し就職した。早く母親を楽にしてやりたいと思って働き始めたはずなのに気づいたらさ、そんなこと忘れちまって二十歳になった頃には稼いだ金は全部パチンコとか酒に消えるようになっちまってたんだ。そんな日々がよくないことはずっとわかってんだ。パチンコをしてる時にも、酒を飲んでる時にも心の中にどっか晴れない気持ちがあるんだ。それを見つけて、でも必死に気付かないふりをしてまたパチンコとか酒に逃げるんだな。本当にもうどうしようもない生活だった。高校生の頃はしっかり働いて母親を旅に連れて行こうなんて思ってたはずなのによ。あぁどこでくるっちまったんだろうな。でもな、そんな生活を5,6年続けて流石に気づいたんだよ。いや、気づいたってよりは向き合う勇気を持ったと言ったほうが正しいか。こんな生活を改善しなきゃってな。勇気を持ったきっかけは本当にしょうもねぇことだった。車から降りて重い荷物を出そうとしたら不健康な生活を送ってたせいかぎっくり腰になって立てなくなっちまったんだよ。そしたらなちょうど通りがかった高校生が大丈夫ですか?って声をかけてくれて荷物を運んでくれたんだ。その時にさ、自分もこんな時があったなだとか昔の自分が今の自分を知ったらどう思うだろうかなんて考えてとんでもなく恥ずかしくなっちまったんだ。もちろんそれからすぐに今までの生活をキッパリ止めるなんてことはできなかったけど、少しずつ飲む酒の量も減っていって、パチンコにもほとんど行かなくなったんだ。そんでさ、毎月少しだけどお金を貯めて、ある程度貯まったら母親にあげようなんて考えてたんだ。すぐに仕送りしようと何なかったのはさ、そんな大した額は送れないからってのもあるけどそれ以上に母親に合わせる顔がなかったからだ。実はさ、母親と連絡を全く取らなくなってたんだ。心配してくれてて何度も連絡をくれてたんだけど、パチンコとか酒に溺れてた俺は「うるせえ」って言ってまともに返事を返さなかったんだ。今考えたらさ、本当に馬鹿息子だよ。自分を犠牲にして必死に働いてくれてた母親を無視してさ、自分はパチンコと酒に溺れて。それでさ、一年間貯金してある程度の額が溜まってやっと母親に会いに行こうかって思ってた時に久しぶりに母親から電話が来たんだ。癌だってさ。しかも治る見込みはないって。持って半年だとか。目の前が真っ暗になったね。電話しながら泣いちゃったよ。親孝行すらできないのかって。母親は泣いてる俺に対してさ、気にすんなって、それからよかったら一度地元に帰ってこないかって言って電話を切ったよ。本人は息子に心配させまいと元気な声で喋ろうと死んだろうが電話の声からでもさ空元気だろうってわかるくらい弱々しい声だった。電話を切った後すぐにさ、職場に連絡して何とか休みをもらって一週間地元に帰ることにしたんだ。いざ地元に帰って、母親の病院を訪ねた時、母さんは俺が知ってるよりも弱々しかったけどこんな馬鹿息子を優しく迎えてくれた。そしてさ、ちゃんとご飯は食べてるか?ちゃんと寝てるか?って病人の自分のことだけを心配していればいいのに自分のことよりも俺の健康を気遣うんだ。そしてさ、俺が本当に少ないけどお金を母さんのために貯めたから何か欲しいものはないか?って聞いたら、俺と写真を撮りたいってそれだけでいいっていうんだ。そのお金は自分のために使いなさいって。それが母さんの望みだって言われたんだ。それから一週間毎日母さんと過ごしたし、写真も何枚もとった。後ろ髪を引かれる思いを堪えて職場に戻って三ヶ月後くらいだったかな。母親が危険だって連絡が入ってさ。そぐに列車に飛び乗って母親のもとに向かったから何とか間に合って母親を送り出せたんだ。それからというもの、母親に胸はって生きていけるようにさ必死に働いたよ。まだまだやりたいこともあったけどさ、病気になっちまって。でもまぁいいんだ。俺は途中で気づけたから。」

周りの音がどんどん大きくなってくる。

「あぁそろそろ時間だ。君に明け渡さなきゃな。」
「君はどんな人生を歩むのかな。俺はある意味お前の親みてえなもんだからな。お前の幸せを祈ってるからな...]

『オギャー、オギャー!』
「生まれましたよ!男の子です!」


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