俺は小説家である。商業作品はまだない
文字数 1,997文字
俺はネットの小説投稿サイトに作品を載せ、サイトの運営からインセンティブ収入を得ている。
つまりはプロフェッショナル。
だから小説家を名乗っても問題ない。
たとえ、主な収入源は勤めている会社からの給料で、インセンティブの額が赤ペンの購入代ぐらいだったとしてもだ。
俺が大学の文芸部にいた頃、先輩の一人が「自分は小説家だ」と堂々と名乗っていた。商業誌デビューどころかインセンティブ収入すらなかったのに・・・。
当時は、なんて馬鹿なヤツだろうと思っていた。
ところが、その先輩は大学卒業後数年で商業デビューを果たした。今では小説家として身を立てている。
言霊? それとも自己暗示? いずれにせよ先輩は小説家として身を立てた。
俺も小説家として食べていきたい。それが高校生の頃からの夢だった。しかし、大学を卒業してから既に十年が経とうとしている。
そろそろヤバい。
いろいろヤバい。
一番ヤバいのは、年を取るにつれ月日の流れるスピードが半端なく早い。このままでは小説家として生計を立てる前に、俺は定年退職してしまうのではないか・・・。
一刻も早く商業誌デビューして、売れなくては・・・。
そのためには、どんな藁にでも飛びつこうと誓った。
藁に”小説家と名乗る”があるのかは知らない。
単に験を担いでいるだけ。
だが、俺は本気だ。
商業誌にデビューして、小説家一本で生活していく。そう本気で考えているから、俺は小説家を名乗っている。
今日は休日。
俺は喫茶店のランチにホットコーヒー、一息ついてからアイスコーヒーを頼んだ。そして夕方には喫茶店をあとにするのが、休日の数年の俺のルーチンである。
構想とか話の展開は通勤時間や昼休みに考えるようにしていて、その時のアイディアはノートにメモしておく。
それらを元に、喫茶店で執筆をおこなう。
わざわざ喫茶店で執筆活動するのには理由がある。
家で執筆するのは誘惑が多すぎる。ネットに小説、マンガ、テレビ、etc、etc・・・。しかも誘惑には負けても言い訳できるのが悩ましい。
ネットは調査に最適で、小説やマンガは話の展開やセリフの勉強になる。テレビで最近の流行を取り入れ、小説に反映させる。
どれも読者を掴むために必要なのだと・・・。
それにしても、この喫茶店は、雰囲気が良い。
控えめで喫茶店の雰囲気のマッチしたBGM。茶系統でまとめられ色合いのインテリア。ゆったりとした席の間隔。
キッチンはガラスで音を軽減し、コーヒーを淹れるている姿や調理の光景を眺められるようになっている。
お店の雰囲気だけでなく、店員の洗練された接客も素晴らしい。
この喫茶店に相応しい上品な客層。耳を傾ければ話を聞けるが、まったく気にならない話声の大きさ。
何より、常連客への対応が素晴らしい。
「お冷をお注ぎします」
頼まなくても顔馴染みの店員は、俺の欲しいタイミングでお冷を持ってきてくれる。
注ぎ終わりに片手を軽く上げ、すぐにキーボードへと戻すした。それだけで、お礼の気持ちは充分に通じている。
今日も充実した執筆活動が約束された環境なのだ。
商業誌デビューも約束されればパーフェクトなのだが・・・。
そろそろ、帰る時刻。
今日は調子が良く筆が進んだ。家に帰ってからプリントして、インセンティブで購入した赤ペンで早速文章を修正しよう。
ワープロソフトは優秀で”てにをは”などの文の校正を提案してくれるが、文章が面白いかどうかのチェックは書いた自分にしかできない。
紙にプリントし読み返すと、前後の意味が通らなかったりする文章がある。それは、脳内で自己完結した文を書いているから、説明が圧倒的に足りないためだ。
読み手に自分が空想している面白い光景を届けるには文章にするしかなく、俺は今日も自分の脳内を文章化しようと戦った。
そして、今日は良い戦いだった。
この満足感を胸に家に帰ろう。
「はい、領収書です」
レジで支払いを済ませると、顔見知りの女性店員は、何も言わずとも領収書を俺の名前で切ってくれる。
突然売れ始めた時のためにも領収書は必須だ。喫茶店で執筆すれば、飲食費を経費で落とせるのだから・・・。
俺は準備を怠らない男だ。
あとは爆売れするだけ。
「お仕事は進みましたでしょうか?」
「バッチリですよ」
俺は笑顔で返事した。
「それは何よりです。お客様に充実したひと時を提供でき、喜ばしい限りです。差し支えなければ、どのようなお仕事されているか教えていただけないでしょうか?」
顔が引き攣るのが自分でも分かる。
そう、俺は小説家である。
しかし、商業作品はまだない。
少しだけ目を逸らし答える。
「・・・秘密です」
顔馴染みの店員にも、まだ小説家であることを教えていない。
サインを求められても困るからだ。
決して恥ずかしいからではない。
俺は小説家である。商業作品はまだない。
つまりはプロフェッショナル。
だから小説家を名乗っても問題ない。
たとえ、主な収入源は勤めている会社からの給料で、インセンティブの額が赤ペンの購入代ぐらいだったとしてもだ。
俺が大学の文芸部にいた頃、先輩の一人が「自分は小説家だ」と堂々と名乗っていた。商業誌デビューどころかインセンティブ収入すらなかったのに・・・。
当時は、なんて馬鹿なヤツだろうと思っていた。
ところが、その先輩は大学卒業後数年で商業デビューを果たした。今では小説家として身を立てている。
言霊? それとも自己暗示? いずれにせよ先輩は小説家として身を立てた。
俺も小説家として食べていきたい。それが高校生の頃からの夢だった。しかし、大学を卒業してから既に十年が経とうとしている。
そろそろヤバい。
いろいろヤバい。
一番ヤバいのは、年を取るにつれ月日の流れるスピードが半端なく早い。このままでは小説家として生計を立てる前に、俺は定年退職してしまうのではないか・・・。
一刻も早く商業誌デビューして、売れなくては・・・。
そのためには、どんな藁にでも飛びつこうと誓った。
藁に”小説家と名乗る”があるのかは知らない。
単に験を担いでいるだけ。
だが、俺は本気だ。
商業誌にデビューして、小説家一本で生活していく。そう本気で考えているから、俺は小説家を名乗っている。
今日は休日。
俺は喫茶店のランチにホットコーヒー、一息ついてからアイスコーヒーを頼んだ。そして夕方には喫茶店をあとにするのが、休日の数年の俺のルーチンである。
構想とか話の展開は通勤時間や昼休みに考えるようにしていて、その時のアイディアはノートにメモしておく。
それらを元に、喫茶店で執筆をおこなう。
わざわざ喫茶店で執筆活動するのには理由がある。
家で執筆するのは誘惑が多すぎる。ネットに小説、マンガ、テレビ、etc、etc・・・。しかも誘惑には負けても言い訳できるのが悩ましい。
ネットは調査に最適で、小説やマンガは話の展開やセリフの勉強になる。テレビで最近の流行を取り入れ、小説に反映させる。
どれも読者を掴むために必要なのだと・・・。
それにしても、この喫茶店は、雰囲気が良い。
控えめで喫茶店の雰囲気のマッチしたBGM。茶系統でまとめられ色合いのインテリア。ゆったりとした席の間隔。
キッチンはガラスで音を軽減し、コーヒーを淹れるている姿や調理の光景を眺められるようになっている。
お店の雰囲気だけでなく、店員の洗練された接客も素晴らしい。
この喫茶店に相応しい上品な客層。耳を傾ければ話を聞けるが、まったく気にならない話声の大きさ。
何より、常連客への対応が素晴らしい。
「お冷をお注ぎします」
頼まなくても顔馴染みの店員は、俺の欲しいタイミングでお冷を持ってきてくれる。
注ぎ終わりに片手を軽く上げ、すぐにキーボードへと戻すした。それだけで、お礼の気持ちは充分に通じている。
今日も充実した執筆活動が約束された環境なのだ。
商業誌デビューも約束されればパーフェクトなのだが・・・。
そろそろ、帰る時刻。
今日は調子が良く筆が進んだ。家に帰ってからプリントして、インセンティブで購入した赤ペンで早速文章を修正しよう。
ワープロソフトは優秀で”てにをは”などの文の校正を提案してくれるが、文章が面白いかどうかのチェックは書いた自分にしかできない。
紙にプリントし読み返すと、前後の意味が通らなかったりする文章がある。それは、脳内で自己完結した文を書いているから、説明が圧倒的に足りないためだ。
読み手に自分が空想している面白い光景を届けるには文章にするしかなく、俺は今日も自分の脳内を文章化しようと戦った。
そして、今日は良い戦いだった。
この満足感を胸に家に帰ろう。
「はい、領収書です」
レジで支払いを済ませると、顔見知りの女性店員は、何も言わずとも領収書を俺の名前で切ってくれる。
突然売れ始めた時のためにも領収書は必須だ。喫茶店で執筆すれば、飲食費を経費で落とせるのだから・・・。
俺は準備を怠らない男だ。
あとは爆売れするだけ。
「お仕事は進みましたでしょうか?」
「バッチリですよ」
俺は笑顔で返事した。
「それは何よりです。お客様に充実したひと時を提供でき、喜ばしい限りです。差し支えなければ、どのようなお仕事されているか教えていただけないでしょうか?」
顔が引き攣るのが自分でも分かる。
そう、俺は小説家である。
しかし、商業作品はまだない。
少しだけ目を逸らし答える。
「・・・秘密です」
顔馴染みの店員にも、まだ小説家であることを教えていない。
サインを求められても困るからだ。
決して恥ずかしいからではない。
俺は小説家である。商業作品はまだない。