第1話

文字数 818文字

 背中の肉                   

 たまに道で、背中が曲がった老人を見かける。普通の曲がり方ではない。ほとんど直角なくらいになっている場合もあれば、太鼓橋のように丸くなった上に肉がのっている場合もある。あれでは、歩いていても地面しか見えない。
 そういう人を見かけるたびに、どうしてそうなってしまったのかと考えてしまう。だいたいは過齢が原因だろう。一朝一夕で、ああはならない。鍾乳洞の雫が一滴ずつ垂れて柱を作るように、長い時間をかけて徐々に形成されていったのだ。病気や元々の骨の形などでどうしようもなく、というなら仕方がないが、ああなる前に何か少しでも手を打たなかったのだろうか。
 せむし、という名前の由来は、背中に虫がいるためになると考えられていたからだという。背中がああも曲がる前に、誰もその人に虫のことを言わなかったのだ。背中が丸いよ、ともし誰かに言われていたら、自分の姿勢を顧みるようになり、せむしにならずに済んだかもしれない。あるいはその人は、ショーウィンドウに映った自分の姿を見て、ハッとすることが一度もなかったのかもしれない。もともと鏡を見ないタイプの人で、自分が人からどう見られるかなどまったく気にしない人だったのかもしれない。
 同世代の友人二人が、あるとき背中が丸かったので、私はここで言わなければ、と心を鬼にし、嫌われるのを覚悟で指摘した。一人の友人は、
「最近、丸いほうが楽なんだよね」
 と半分受け入れ気味だった。駄目だよ、と私は叫んだ。
「丸いまんま肉がついたら、もう元に戻らないよ」
 おそらくせむしへの分岐点は、四十代のどこかに潜んでいるのである。もう一人の友人は、エッと驚き、慌てて背中をそらした。自分を顧みるきっかけを与えたことで、彼女達は将来地面のみを見て歩くという危機を、無事に脱せられたに違いない。
 かく言う本人が丸かったらお話にならないので、外に出ると私は極力、空を見て歩くようにしている。
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