ジューンブライドとライスシャワー

文字数 1,216文字

 なぜわざわざ雨の中で結婚式なんてするのかしら、と彼女──漆原桃子は言った。

 梅雨入り三日目の午後、市内のホテルで開催された知人の結婚披露宴に、わたしと桃子が連れだって参加していた時のことである。それも新婦が両親への感謝の手紙を読み上げている最中に、だ。

 わたしに聞こえるぎりぎりの声で尋ねてくるあたり、さすがに場を弁えているのだろうが、敢えてこのタイミングで訊いてくるところがやはり桃子である。

「雨の中でっていうより、ジューンブライドだからでしょ。ほら、六月の花嫁は幸せになるっていうやつ」

 周りの様子を窺いながら小声でそう返事をすると、桃子は涼しげな顔で、ああ、と頷いた。

「ローマ神話のユノが結婚・出産などを司る女神で、ついでに六月を守護してるからっていう、由来も真偽も定かじゃない例の話ね」

「それはそうだけど、今言うことじゃないよ、ぜったい」

 わざとやっているんじゃないかと疑いたくなるが、本当に悪気なくこういうことをこういうタイミングで言ってくるのがこの女である。

 というか、そういう話は桃子の方が詳しいのではないのだろうか。

 そう言うと、桃子は目を伏せて物憂げな横顔を見せた。

「残念なことに私は全知全能ではないのよ。本当に残念なことに」

「何で二回言った?」

「大事なことだからよ」

 それからちらりと一瞥をくれ、

「ほら、ライスシャワーてあるじゃない? あれは雨を模してやってるのかと思っていたのよ」

「あー、あれ」

「だから、どうしてわざわざ雨の中で結婚式なんてするのかと思ったんだけど」

 言われてみれば、確かにつながりがあるような気がしてくる。恵みの雨なんていうくらいだ。おめでたいことと雨には繋がりがあるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、桃子はふうとため息をついて

「あれを見るたび、節分の豆みたいに一善分ずつくらい個包装にした方がいいと思うのよね、後で食べられるように」

「もはやシャワーじゃなくて、棟上げで撒く餅だよね」

「いいじゃない、餅撒き。二倍めでたい感じがするわ」

「それをぶつけられる新郎新婦の痛さは二倍どころじゃないと思うけど」

「映えるのは間違いないわね」

「もはや奇祭だよ」

 などとあくまでも小声で軽口の応酬をしていたのだが、急に桃子は真剣な顔になり、

「私が結婚する時は雨もお餅も必要ないわ」

 と言った。

 桃子が、結婚。

 そんな未来があるのだろうか。

 長くこの女の従姉にして幼馴染をやってきたのだが、恋愛のれの字も出たことがなかった桃子。彼女にもそういった人生の転機が来るのだろうか。

 わたしはどう反応すればいいか分からず、言葉に詰まる。口の中に砂を噛んだような感触がして、いつの間にか歯を食いしばっていたことに気がついた。

「……その時は絶対、主賓席に呼んでね」

 ため息を飲み込んで、かろうじてそう告げる。

 桃子は少し驚いたようにこちらを見てから、

「あなたは私の横に決まっているでしょう?」

 そう少し笑った。
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