第2話 公園に佇む女神様

文字数 2,592文字

二人と別れたラファエルは真っ直ぐに南下した。道中は建物がみっちりと並んでおりさまざまな店が所狭しとひしめいていた。最近できたような新しい店と昔からずっとあるような店が並んでおりラファエルとは色々と巡りたい衝動に駆られていた。特に先ほどから段々と数が増えてきた古風の本屋は何かお宝のようなものが隠されていそうだった。この任務が終わったら宝探しをしようなどと考えていると、十字路脇のなにやらぽっかりと空いた空間へ多くの人が出入りしているのが目に留まった。釣られて潜ってみると何やら改札と呼ばれる小さなドアのようなものがあり、その奥はさらに地下へと続いているようである。ラファエルは周りの人に習って切符を買ってホームへと降り、そのままちょうどやってきた地下鉄に乗り込んだ。
「おぉ、随分早いね。すごいなぁ。こちらの世界の人間は魔力を扱えないと思ってたんだけど、どうやって動かしてるんだろう?」
ラファエルは車内の先頭まで進み、背伸びをして運転席とそこから見える景色を興味津々に眺めていた。すっかり任務のことなど頭から抜け落ちようとしていたところ、不意に上方から神気を感じた。間違ってもこの世界の人間が発するようなものではない。ラファエルが次に地下鉄が停車した駅で慌てて下車し神気の元を辿った。
地上に出ると目の前に大きな公園があった。自然豊かで沢山の草花が生い茂っており、暖かい陽気の中で鳥や蝶があちこちに見受けられた。少しすすむと随分と広い芝生があり、沢山の人が腰をおろして歓談しているようだった。その中に神気の源を見つけたラファエルは真っ直ぐに駆け寄っていった。
「フレイヤ〜!あ、カプとフラも一緒だ!」
「誰かが私を……?おや、ラファエルですか」
フレイヤもラファエルに気づいたようである。カプとフラはフレイヤの両腕でしっかりと抱えられてご満悦のようである。
「あなたまでこちらにいるとは驚きです。何かあったのでしょうか」
「違うよ、フレイヤ達が突然いなくなったから探しにきたんだよ。オーディン達が随分心配していたよ?」
「それはすみませんでした。初めての異世界で興奮し、つい連絡を怠ってしまいました」
この世界に来る前に言わなきゃ意味ないんじゃないのかなぁ、と思ったラファエルだったが、本人が気にしていないのであれば問題ない。
「それにしても、フレイヤが随分楽しそうで良かったよ」
「あら、わかりますか」
「うん、だってすごく表情が柔らかいんだもん」
ふふ、と二人は微笑む。
「やはり初めての異世界はいいものです。私たちの世界にはないものがたくさんあります。この辺りの景色も美しいです。カプとフラと一緒にたくさん写真も撮りました」
にゃあ、とカプとフラはにこやかに応じる。こちらの世界では猫は喋らないらしく、二匹ともそれに習っているようである。
「それに見てください。あの赤い塔の向こう側の雲です」
フレイヤの視線の先を追ったラファエルは驚きで思わず声を漏らした。
「お、あれはまさか——」
「そうです。ヒルディスです。正確には雲なのでヒルディスではないのですが、随分とよく似ています。連れてこられなかったのでいい思い出になりました」
「あ、お姉さん。ちょっといいかな——」
その時、芝生の向こう側から金髪の青年が手を振りながら近寄ってきた。随分と親しげに話しかけてくる。呆気に取られていると、カプとフラがフレイヤから飛び降りて男を威嚇し始めた。
「うわっなんだこの猫、ちゃんとしつけとけよ!」
そう吐き捨てて男はどこかへ行ってしまった。男の姿が見えなくなったのを確認したのち、カプとフラはフレイヤの腕の中に戻っていった。この間ラファエルは目をパチクリさせている他なかった。
「……知り合い?」
返答はおおかたラファエルの想像通りのものだった。
「いえ、初めてお会いする殿方です。なぜかはわかりませんが、先程からあの方のように時々話しかけてこられる殿方がいるのです。何か用事があるのだとは思うのですが、その度にカプとフラが追い払ってしまうのです。ヒルディスがいないので殿方が吹っ飛ばされる心配はないはずなのですが、なぜでしょうか」
「それはきっと——」
ナンパからフレイヤを守ってるんだよ。ラファエルはそう言おうと思ったがカプとフラの眼光が妙に鋭い。もはや獲物に狙いを定める目である。これ以上口にしようものなら容赦無く襲いかかってきそうだ。
「ラファエル?どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。大丈夫」
「そうですか。それは良かったです。それよりいいのですか?」
「え、なにかまずいことあったっけ」
ラファエルの背中を冷や汗がつたる。ここまでの動きで特に問題になることはなかったはずだ。あるとすればノイレを強制送還した時に装置を壊してしまったことだが、そのことはフレイヤは知らないはずだ。一方フレイヤはラファエルの顔が少し引き攣っていることを気にすることなく上空を指さした。
「はい。あれです。見えますか?」
フレイヤの指差す先には空を飛ぶ鳥のようなものがあった。飛行機である。先程乗った地下鉄同様この世界の人間が魔力を使うことなく空を飛ぶために発明したものだ。これにはラファエルも感心と感動しかない。ニコとアルキメデスが観れば嬉々として議論がなされることだろう。
しかしフレイヤがそれだけの理由で飛行機を指さすはずがない。ラファエルは目を凝らしつつ風の流れを読んでいると、ふと何か違和感を感じた。最初はまさかと思っていたラファエルであったが、観測し続けるうちに段々と顔が青ざめていった。
「あれは……まさか……」
「はい。一緒にこちらに招待された方です。私は空を飛べませんので見ていることしかできないのですが、時々上空でへいそうしているようです」
フレイヤが話し終わるや否やラファエルは飛行機が飛んでいった方向へ走り出した。あまりにも急いでいるからか若干浮いているような気もする。茂みの向こうに消える間際にラファエルは振り返り大声で呼びかけた。
「フレイヤ〜!あとで迎えにくるからね!待っててね〜!」
そのまま行ってしまったラファエルを見送ったフレイヤは、甘えてくるカプとフラを撫でながら歩き出した。
「それではあちらの方に行ってみましょうか。せっかくの機会ですから、色々なところをみてみましょうか」
カプとフラのにゃあという返事にフレイヤはふふと微笑んだ。
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