第1話

文字数 1,133文字

 山の天気は変わりやすく、山をなめてかかってはいけない。だが、それを理解するには痛みが必要だった様だ。
 大学のサークル活動として山に登った。夏休みにも登ったから行けると思ってしまったんだ。そこが最大の間違い。遭難した人の大半は、ニュースで遭難騒ぎを見ても、遭難した人がおかしいと思うだろうし自分がやらかすとは考えないだろう。登山しなければ山で遭難することもないし。
 しかも、サークル活動でテンションが高くて、無駄に話乍ら歩いていて、天気の急変に気付いた時にはもう遅かった。ただ、何とかして山小屋を見つけた。本当にただの小屋。ドアを閉めれば真っ暗だし、中に何もない。スマホのライトで照らしてみても、バッテリーが切れるのも時間の問題だ。
「あ、あたしアレ持ってる」
 そう言って瀬川が出したのは細長い棒。瀬川はそれを折ると軽く振ってから自慢気に掲げた。
「何か使えると思って買っといたんだよねーこれで、幾らか明るいっしょ?」
 確かにほんのりだが明るい。夜店で子供に売りつける類のおもちゃの様だが、どれ位その明かりはもつだろうか。
「だったら、それをバトンにして例のやつやろうぜ!」
 堂倉が言う。
「ほら、寝ない様に壁沿いに歩いて起こし合うやつ」
 それ、怖い話だろ。
「それをやるなら工夫が必要だな」
 そう言って飲み干したペットボトルを出す鱒崎。その蓋を取ると、蓋の内側に接着剤を縫って光る棒を押し付ける。
「この気温で付くかは賭けだ……まあ、つかなくても良いか」
 そう言って光る棒を空のペットボトルに入れて蓋をする鱒崎。
「あの話は、四人目が叩く相手が居ない。だから、小屋の端に相手が居ない時はペットボトルを転がして次の奴に渡す」
 実際に転がして見せる鱒崎。ペットボトルは思ったより真っすぐに転がる様だ。
「マジかよ鱒崎天才じゃん」
「だろ?」
「じゃあさ、早速やろうよ、他にやることも無いし」
 そうして、怖い話を元にした寝落ち防止が始まった。
 スマホの光を頼りにそれぞれが小屋の端に立ち、提案した鱒崎の掛け声でスマホのライトは消した。すると、小屋の中ではペンライトの光だけがぼんやりと浮かび、足音は吹雪の音でかき消されて聞こえなくなった。
 ペンライトが入ったペットボトルを渡されては歩き、歩いては次の相手に渡す。それを何度か繰り返すうちに眠くなった。寒さと単調作業、これは結構くる。しかし、歩いても先に誰も居らず、ペットボトルを転がす番になった途端楽しくなった。それに違うことをしたせいか眠気も消えた。転がって来るペットボトルを受け取り歩き、渡しては待つのも変化があって良い。動いているおかげか寒くもないし、これなら夜が明けるまで頑張れそうだ。
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