第1話

文字数 2,592文字

 そもそもSNSなど便所の落書きだと思っている私。ツイッターとフェイスブックだけは惰性で続けているのだが、気の向いた時に開くか、友人に「今度、そっちに行くから飲もうぜ」なんてメッセージを送る位。

 SNSの友達というのも本当の知り合いばかりで、ヤメないのは彼らの老後の行く末に興味がある故である。そんな中で一人だけ二〇位離れた友達がいる。彼女は昔、交通事故で入院した時の看護婦さんだ。当時は三〇歳位だったのだが、まだ准看護婦で正看護師を目指し、看護学校に通っていた。正看護師と准看護師では給料の差だけではなく、虐めや差別もあるようで、まさに「女人五障を地で行く環境」であった。
 毎日ではないが午後五時まで働いた彼女達は慌てて看護学校に通う。学校の無い日は夜勤もして夜中も働き、その間勉強をする。
 オジさんとしては若い子の努力に「頑張れ、君たちの奮闘は涙が出るくらいに美しい」と思い、入院中、ベテラン正看護師が愛想で近づくも「ババア、お前ら身の程を知れ、若い子を虐めるでない」と無下にしたものだ。男はどっか精神の片隅に正義を持っているのよ。
 とはいえ、私はこの崖っぷちの准看護師の健康的で圧倒的なケツに「病人としての勇気」を頂いていた。なんて神々しいのだろうって。二〇代前半や一〇代さえいる准看護師達の中において、三〇の学生というのは珍しい。聞けば、関西は尼崎で働いていたのだが、最近、実家のある九州に帰ってきたとの事。ちなみに、今でも関西人と男は大好きらしい。紆余曲折、事情は人それぞれなのだが、基本優しい女で情もあると私は判断した。
 女って大変だな。社会人になってからも、情に支配されて戦い続ける。訳の分からない上司は、裏に呼び出してぶん殴るって手段もあるのだが、普通の女はそんな事しない。
 小さな医院であったが、大小に関わらず、女の欺・怠・瞋・恨・怨と言った五障は永遠といって良い。大病院に行く機会があったら、看護師さん達のヒソヒソ話に耳を澄ますといい。もっと熾烈である。
 
 当時、顔もまあまあで、情もありそうな子が何で結婚しないんだろう? ってのが正直な感想であった。
 ところが最近、突然弾け始めたのだ。正看護師になるといった悲願を達した後、しばらくはこれといった投稿もなかったのだが、四〇間近になり開き直ったのか、極端に投稿が増えた。それは全て旅行や飲酒の映像である。おいおい、毎晩、酒盛りしているのか? 時たま男の姿も写り込んでいるが、ほとんど女友達同席であったり、女だけであったりする。(そもそも結婚していれば、毎晩飲み歩く女はいないだろう)
「きゃー、これヤバイ! 」って音声や♡マークで溢れている。(って、ヤバイのはお前だろ。もうじき、子供も産めなくなるぞ)そうか、運命を受け入れる気になったのだな。まあ、幸せならどうでもいい事だが…… 。

 この子を除けばSNSでの友達はみんなババアである。
 私が大学生時代に知り合ったある女は、今、東北の会津に住んでいる。バンドで遊んでいた頃のメンバーの元嫁だ。こいつらは一九の時、子供が出来たので結婚したのだが、一年もしないうちに父親が違う事が発覚。すぐに別れた。
 一時期は母子家庭として凌いでいたようなのだが、二〇年前に再婚。それも今の旦那は某大企業のサラリーマンである。
 てっきり風俗に身を落とし、風呂にでも沈んでいるんじゃないかと思っていたのだが。投稿は豪華な食事や高価な香水、随分裕福そうである。
 これは年寄りの習性なのだが、やたら若い頃の事に拘る。音楽や文化が懐かしいというより、思考自体、前に進めない。
 そのうち懐かしいAORや懐かしい洋楽の誘いがくるようになった。無視していたら、最近は一日一〇〜二〇件の誘いが来るのである。(嫌がらせだろうか? 勘弁してくれ)
 
 女の生命力には敬服するのだが、対して男は非常に単純で浅はか。
 
 ちょっと年上の男は、毎日、飽食と酒と優雅な隠居生活の自慢投稿を繰り返している。もうすぐ死ぬんだから、承認欲求の成れの果ても仕方ないとは思うが、そんなに私生活を露出して恥ずかしくないんだろうか? まあ、五〇過ぎると男はボケ始めるので許すしかない。
 ある同級生はイタリアンレストランをしていて、廃業した。最近はどっかで勤めているらしいのだが、持って出る弁当はいつも自作のようである。それを写真で投稿するのだが、食材がえらくゴチャゴチャしている。全く美味そうに見えないのだ。…… だから潰れたんだな。
 
 そんな投稿にも『いいね』はつくのだ。SNSって色んな人が見るんだ。言葉の選び方も大事だし、ふとした事でその人の深層が見えたりする。まあ、私は知人たちがどんなボケ方するかだけが楽しみではあるが。
 

 女は意地でも貧乏臭さを見せないところは敬服するのだが、男の場合、そのまま貧乏臭さを露呈する。

 先日、昔一緒に働いていた後輩から電話があった。
「まだ、あの仕事続けているのか? 」
 まだ続けているよと言う。まだ大分にいるのか? 嫌、今は福岡に単身赴任中と言う。話によれば、西区の生の松原の真ん前に事務所があるらしい。そういえばセブンイレブンがあったな? と聞くといつの時代の話だ? 今は蕎麦屋になっているとの事。
「今から海パンに着替えて海水浴か? 」
 と言ったところ、そんな余裕はないらしい。そんなに忙しいのか?
「こんな時代に忙しい訳なかろうもん。安い給料でヒイヒイ言ってる」
「へえ、じゃあ幾ら売らなきゃいけないんだ? 」
「一本」
「ほお、一億か?」
「んなわきゃなかろうが。一千万」
 は? 一千万で営業所? おまけに担当エリアは九州全域である。輸入品販売卸とはいえ、恐らく粗利で三〇%は切るだろう。事務所経費や人件費を考えれば、会社が続けている意味が分からない。
 後輩は既に四〇代後半、今更、転職も難しいだろうし、元々、覇気はない。サラリーマンは気楽なのだが、会社の暖簾で営業させて貰う以上は、それなりの利益を生まない事には存在意味はない。公務員とは違うのだ。
 まあ、いづれ営業所は閉めるに違いない。別に血の滲む努力をしろとは言わないが、結果だけは出さなくちゃな。
 
 貧乏くさい話なら尽きる事がないのでヤメよう。
 
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