第1話
文字数 1,919文字
「あ゛~~あっちぃ!」
営業マンにとって夏の暑さは、危険な暑さ以外何物でもない。
この危険な暑さの中、得意先を回って商談をする営業マンというのは過酷な商売トップ3にははいるのじゃなかろうか。
僕の小さな声だが心の底からのつぶやきは、隣で顧客からの電話を涼しい顔して受けている課長にはたぶん気が付かれていないはずだ。
同行者の課長は社内外で「絶対零度の氷の女王」と呼び名がついている。
いわゆる「少々度を越した」クールビューティーだ。
研修が明けたばかりで初めての商談。誰かが同行してくれるとは、聞いていた。
それがまさか課長だとは。
会社を出てからここまでほぼ、無言。冷たい、とまでは思わないけれどやはり何かとっつきにくいものを感じてるせいか特別何かを話すでもなく駅からの長い距離を暑い暑いと思いながら汗を流して黙々と歩き続けた。
電話中の課長を待ちながら、僕は出がけに聞いた1年先輩の言葉を思い出す。
「お前、商談中にきょどるなよ」
いくら僕でも、研修はしっかり終わらせたし、今回は課長も一緒なんだ。
挙動不審に陥るような事態にまみえるはずがない。
ほどなくして課長は電話を終えたようだ。
絶対零度の氷の女王は僕のところに戻ると氷結の表情で
「待たせたな。行くぞ」
と、目の前のビルを指し示す。
僕と課長は二人で自動ドアをくぐる。
商談中、僕は先輩の言葉が、僕への信頼感の欠如から出たもではないことをすぐに思い知る。
『べ……別人やんけ……』
心の中でそうつぶやいて、僕は隣の課長を見つめるしかなかった。
クールビューティーどこいった……。
むしろ饒舌、もはや課長の独壇場だった。
課長の時折冗談を交えての巧みな話術に、取引先のお偉いさんも若干押され気味、というよりもすっかりその渦の中に巻き込まれているようで商談は終始こちらのペースで進んでいったのだった。
鮮やかすぎるその様子に僕は感動すら覚えていた。
入社してから新しく知ったことや驚いたことは多々あれど、さっきの課長ほど驚いたことはない、「驚きの夏」なんてタイトリングできちゃいそうだ。
僕に鮮烈な印象を残したまま、あっという間に商談を終えると炎天下、来た道を駅に向かって歩いて行く。帰りも、もちろん無言。氷の女王再降臨だ。
少しだけ僕の前を歩く課長に
「課長、先ほどは、本当にすごかったです!」
思ったことは伝えた方がよいと思って意を決して口にしてみる。
「……そうか」
「もちろん、入社して間もない、ということはありますが、もっともっと自分を磨いて勉強もしてあんな鮮やかな商談をしてみたいと思いました」
って話している間もほとんど表情は変わらず、こちらをちらりと見ただけだ。
そして、「商談がスムーズに終わったからな」と僕に向かって話したのか独り言か判別がつかない言葉を口にするとそのまま道沿いにある小洒落たカフェの中へ入っていった。
着席すると、女王は女王のまま
「何か好きなものを頼むといい」
メニューを手渡してくれた。
ぼんやりとメニューを眺めながらやはり、ここは課長と同じものを頼むべきだろうな、と考える。
「決まったか?」
僕の頷きを確認すると課長が手を挙げてお店の人を呼んでくれた。
課長はじっと僕を見る。僕の注文を待っているらしい。
そんなことをしたら課長と同じもので作戦が使えなくなってしまうじゃないか!
僕はちょっとあわてて課長どうぞ、ってしてみた。
課長はふっと表情をゆるめると
「クリームソーダひとつ」
「じゃ、僕も同じものを」
あらかじめ用意していたオーダーだったので、課長のクリームソーダに追従する形になってしまった。
まったくの予想外のオーダーに僕は表情を隠せていなかったらしい。
「好きなものを頼めと言ったのに」
課長は少々あきれ声でそう言った。
「課長と一緒でしたのでそれに倣うのがいいかと思って、用意していた通りの言葉を放ってしまいました」
「上司のいうことは素直に聞いておくものだぞ」
二つ運ばれたクリームソーダを前にテーブルに頬杖つきながら苦笑交じりで話す課長と少し仕事の話をした。
会社には慣れたかとか、どういう勉強をするといい、とか。
30分ほど話してそろそろ会社に戻る頃合いかと思い始めたところで
「髪が少し乱れているから直してくるといい」
そういわれて席を立つ。
僕が洗面所から戻ると課長はもう店の戸口のところに立っていた。
「あのお会計……」
「あぁ、あれは私のおごりだ。私は部下に課金するタイプの上司だからな」
そういってにやりと笑う様子は、氷の女王でも、商談の時の華々しい女優然とした課長ではなくもっと親しみやすい、部活の先輩みたいな表情だった。
営業マンにとって夏の暑さは、危険な暑さ以外何物でもない。
この危険な暑さの中、得意先を回って商談をする営業マンというのは過酷な商売トップ3にははいるのじゃなかろうか。
僕の小さな声だが心の底からのつぶやきは、隣で顧客からの電話を涼しい顔して受けている課長にはたぶん気が付かれていないはずだ。
同行者の課長は社内外で「絶対零度の氷の女王」と呼び名がついている。
いわゆる「少々度を越した」クールビューティーだ。
研修が明けたばかりで初めての商談。誰かが同行してくれるとは、聞いていた。
それがまさか課長だとは。
会社を出てからここまでほぼ、無言。冷たい、とまでは思わないけれどやはり何かとっつきにくいものを感じてるせいか特別何かを話すでもなく駅からの長い距離を暑い暑いと思いながら汗を流して黙々と歩き続けた。
電話中の課長を待ちながら、僕は出がけに聞いた1年先輩の言葉を思い出す。
「お前、商談中にきょどるなよ」
いくら僕でも、研修はしっかり終わらせたし、今回は課長も一緒なんだ。
挙動不審に陥るような事態にまみえるはずがない。
ほどなくして課長は電話を終えたようだ。
絶対零度の氷の女王は僕のところに戻ると氷結の表情で
「待たせたな。行くぞ」
と、目の前のビルを指し示す。
僕と課長は二人で自動ドアをくぐる。
商談中、僕は先輩の言葉が、僕への信頼感の欠如から出たもではないことをすぐに思い知る。
『べ……別人やんけ……』
心の中でそうつぶやいて、僕は隣の課長を見つめるしかなかった。
クールビューティーどこいった……。
むしろ饒舌、もはや課長の独壇場だった。
課長の時折冗談を交えての巧みな話術に、取引先のお偉いさんも若干押され気味、というよりもすっかりその渦の中に巻き込まれているようで商談は終始こちらのペースで進んでいったのだった。
鮮やかすぎるその様子に僕は感動すら覚えていた。
入社してから新しく知ったことや驚いたことは多々あれど、さっきの課長ほど驚いたことはない、「驚きの夏」なんてタイトリングできちゃいそうだ。
僕に鮮烈な印象を残したまま、あっという間に商談を終えると炎天下、来た道を駅に向かって歩いて行く。帰りも、もちろん無言。氷の女王再降臨だ。
少しだけ僕の前を歩く課長に
「課長、先ほどは、本当にすごかったです!」
思ったことは伝えた方がよいと思って意を決して口にしてみる。
「……そうか」
「もちろん、入社して間もない、ということはありますが、もっともっと自分を磨いて勉強もしてあんな鮮やかな商談をしてみたいと思いました」
って話している間もほとんど表情は変わらず、こちらをちらりと見ただけだ。
そして、「商談がスムーズに終わったからな」と僕に向かって話したのか独り言か判別がつかない言葉を口にするとそのまま道沿いにある小洒落たカフェの中へ入っていった。
着席すると、女王は女王のまま
「何か好きなものを頼むといい」
メニューを手渡してくれた。
ぼんやりとメニューを眺めながらやはり、ここは課長と同じものを頼むべきだろうな、と考える。
「決まったか?」
僕の頷きを確認すると課長が手を挙げてお店の人を呼んでくれた。
課長はじっと僕を見る。僕の注文を待っているらしい。
そんなことをしたら課長と同じもので作戦が使えなくなってしまうじゃないか!
僕はちょっとあわてて課長どうぞ、ってしてみた。
課長はふっと表情をゆるめると
「クリームソーダひとつ」
「じゃ、僕も同じものを」
あらかじめ用意していたオーダーだったので、課長のクリームソーダに追従する形になってしまった。
まったくの予想外のオーダーに僕は表情を隠せていなかったらしい。
「好きなものを頼めと言ったのに」
課長は少々あきれ声でそう言った。
「課長と一緒でしたのでそれに倣うのがいいかと思って、用意していた通りの言葉を放ってしまいました」
「上司のいうことは素直に聞いておくものだぞ」
二つ運ばれたクリームソーダを前にテーブルに頬杖つきながら苦笑交じりで話す課長と少し仕事の話をした。
会社には慣れたかとか、どういう勉強をするといい、とか。
30分ほど話してそろそろ会社に戻る頃合いかと思い始めたところで
「髪が少し乱れているから直してくるといい」
そういわれて席を立つ。
僕が洗面所から戻ると課長はもう店の戸口のところに立っていた。
「あのお会計……」
「あぁ、あれは私のおごりだ。私は部下に課金するタイプの上司だからな」
そういってにやりと笑う様子は、氷の女王でも、商談の時の華々しい女優然とした課長ではなくもっと親しみやすい、部活の先輩みたいな表情だった。