第2話 2021年正月

文字数 1,065文字

 2021年、1月。

「真司先輩ってば、なんでまた今年も風邪ひいてるんですか?」

 体調を崩してバイト先のリモート新年会を欠席した夜、予定通り参加した後輩――松野鈴緒(まつの すずお)から連絡があった。ただの風邪だと伝えても、松野はなぜか信用してくれない。普段はあまり風邪をひかない健康体の俺が、去年も同じように正月休みに寝込んでいたせいだ。

「私は先輩が正月だからって夜更かししたり暴飲暴食したり、ここぞとばかりに羽目を外しているのではと疑ってますよ」
「そんなことしてない! むしろ正月を楽しむ前に体がだるくなって夜は早く眠ってる。食欲だってほとんどなくて、水しか飲んでないんだぞ」
「かわいそうに……」
「おい! かわいそうって言うな!」

 思わず言い返して、急に大きな声を出した代償に咳き込む。ゴホゴホとむせている間、電話口から松野の心配する声が聞こえた。

「本当に体調が悪い人の咳でびっくりしました……。そんなに辛いなら、無理して私の電話に出なくてよかったんですよ?」
「出なかったら出なかったで、お前は直接家まで様子を見にくるだろ」
「……確かに去年は様子を見に行きましたけど、今年はできないでしょう」

 苦笑い気味だが、声色は優しい。仕方がないことなのだが、松野に「会いに行かない」と言われて寂しくなった自分に動揺する。まだ松野と付き合っていない去年の俺だったら、こんな気持ちにならなかっただろう。
 そう、俺は松野と付き合い始めていた。ついでに言うと、去年体調を崩したのは松野に告白されたせいだった。年末に突然告白されて動揺した俺は、心を落ち着かせようと寒い中ジョギングして熱を出すという馬鹿みたいな理由で風邪をひいたのだ。一方今年の理由は、俺より先に体調を崩していた友人に付き添い病院に行ったせいだった。友人は一人暮らしをしていて頼る相手が俺以外いなかったため、うつされても責めるつもりはない。というのも俺は年始にバイトのシフトに入っていなくて、外出する予定もなくて、それになにより――

「来年は先輩が風邪をひいても私がお世話できるように、今よりもっとそばにいられたらいいなぁって思いますよ。例えば一緒に住んだり……ふふっ」

 ……松野の言葉が嬉しいから、体がだるくても何も問題ないのだ。普段はあまり風邪をひかない俺だったが、松野と付き合い始めた2020年は常にほんのりと熱があったような気がする。2021年もずっと冷めなければいいなと願う、幸せな熱だ。

「何はともあれ……今年もよろしくお願いしますね、真司先輩」
「あぁ、こちらこそよろしく」
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