後は、任せた。
文字数 1,574文字
新選組屯所、前川邸。
二人の男が正対していた。
一人は涼やかな美男子で、町を歩けば女が振り返るほどの容姿をしていた。
もう一人は理性的で学者と思わしき男。顔色が悪いがどこか達観した雰囲気を醸し出している。
二人は穏やかに会話している。傍目から見たら想像もできないだろう。
この数刻後に、一人は切腹し、一人は介錯をするなど――
「沖田君。いろいろとすまなかったね」
沖田君と呼ばれた美男子は優しげに首を振った。
「いえ。山南さんが納得しているのなら、私は構いませんよ」
山南と呼ばれた男はにこりと笑った。
二人の間に悲しみはない。何故ならばこれは予定されたことなのだから。
山南自身が考えた、山南が死ぬことで新撰組が守られる計画なのだから。
「大阪で山南さんが大怪我をして、それから刀を振れなくなって、どのくらい経ちますか?」
「さあねえ。短い間だったけど、私には数十年にも思えたよ」
「池田屋のとき、一緒に戦ってくれたら、どれだけ楽だったか」
「君の腕ならば、どんな相手でも勝てるだろう」
思い出話が中心だが、時折、剣術のこと、屯所での出来事を語っている。
ふと沖田が「伊東甲子太郎先生には困りましたね」と愚痴をこぼした。
「新撰組を割って、隊員を引き連れて、新しい隊を作ろうとするのだから」
「まあ彼は熱心な尊皇攘夷派だったからね。佐幕派の新撰組には合わなかった」
「私は、近藤先生について行ければそれで良かったんですけど」
「全員が全員、そういうわけではないよ」
山南は微笑んだまま「だからこそ、私が死ぬ意味がある」と告げた。
「隊を脱するを許さず。それは幹部にも適応される。それを新撰組全体に知らしめるために、私は死ぬのだから」
「刀を振れなくても、山南さんは内務で活躍できたんですけどね」
「あはは。君も知っているとおり、病に冒されて数年の命なんだよ、私は」
沖田は目を丸くして「ああ、そうでした」と頭を掻いた。
「山南さんの身体の具合が良かったので、うっかり忘れていました」
「ああ。それにこんな嬉しいことはないよ。病状の身でも新撰組の役に立てるのだから」
沖田は満足そうな山南に「水を差すわけではありませんが」と言う。
「新撰組のために死ぬって、どういう気持ちなんですか? 悔いはないんですか?」
「沖田君。私にとって、新撰組は生きた証なんだ」
山南は少しだけ視線を沖田の頭上に移した。
今までの人生を思い返すような仕草だった。
「そして死ぬ価値のある大切な場所なんだ」
「その気持ちは分かりますけど……」
「沖田君も同じだと思ったけどね」
山南は穏やかな表情で、沖田に問う。
「肺を患っているのだろう?」
「――いつから、気づいていましたか?」
「勘、というやつさ」
「理性的な山南さんらしくないですね」
山南は「ううむ。土方君みたいだったな」と苦笑した。
「沖田君。先に死に行く者として、一つ言っておこう」
「……なんでしょうか」
居ずまいを正した沖田に山南は愛しい弟に向ける口調で言う。
「人は死ぬけど、守ったものは決して無くならない」
年若い沖田にも、それが幻想であると分かっていた。
無くなるものは無くなる。それが世の常だった。理性的な山南の言う言葉ではない。
しかし山南は信じているようだった。
「沖田君。私はね、近藤さんや土方君、それに試衛館のみんなと出会えて、幸せだったよ。こんなにやりがいのある人生は初めてだった」
「山南さん……」
「もちろん、君にも会えて良かった」
山南は「もうすぐ時刻だね」と静かに言った。
そして最後に山南は沖田に言い残した。
「後は、任せた」
死に様ではなく、生き様を感じさせるような、穏やかで潔い表情であった。
その後、新撰組は京を追われて、名も変えて、隊士がほとんど死に、生き残った者も少ない。
だが、確かに、彼らはいた。新撰組として、生きていた。
二人の男が正対していた。
一人は涼やかな美男子で、町を歩けば女が振り返るほどの容姿をしていた。
もう一人は理性的で学者と思わしき男。顔色が悪いがどこか達観した雰囲気を醸し出している。
二人は穏やかに会話している。傍目から見たら想像もできないだろう。
この数刻後に、一人は切腹し、一人は介錯をするなど――
「沖田君。いろいろとすまなかったね」
沖田君と呼ばれた美男子は優しげに首を振った。
「いえ。山南さんが納得しているのなら、私は構いませんよ」
山南と呼ばれた男はにこりと笑った。
二人の間に悲しみはない。何故ならばこれは予定されたことなのだから。
山南自身が考えた、山南が死ぬことで新撰組が守られる計画なのだから。
「大阪で山南さんが大怪我をして、それから刀を振れなくなって、どのくらい経ちますか?」
「さあねえ。短い間だったけど、私には数十年にも思えたよ」
「池田屋のとき、一緒に戦ってくれたら、どれだけ楽だったか」
「君の腕ならば、どんな相手でも勝てるだろう」
思い出話が中心だが、時折、剣術のこと、屯所での出来事を語っている。
ふと沖田が「伊東甲子太郎先生には困りましたね」と愚痴をこぼした。
「新撰組を割って、隊員を引き連れて、新しい隊を作ろうとするのだから」
「まあ彼は熱心な尊皇攘夷派だったからね。佐幕派の新撰組には合わなかった」
「私は、近藤先生について行ければそれで良かったんですけど」
「全員が全員、そういうわけではないよ」
山南は微笑んだまま「だからこそ、私が死ぬ意味がある」と告げた。
「隊を脱するを許さず。それは幹部にも適応される。それを新撰組全体に知らしめるために、私は死ぬのだから」
「刀を振れなくても、山南さんは内務で活躍できたんですけどね」
「あはは。君も知っているとおり、病に冒されて数年の命なんだよ、私は」
沖田は目を丸くして「ああ、そうでした」と頭を掻いた。
「山南さんの身体の具合が良かったので、うっかり忘れていました」
「ああ。それにこんな嬉しいことはないよ。病状の身でも新撰組の役に立てるのだから」
沖田は満足そうな山南に「水を差すわけではありませんが」と言う。
「新撰組のために死ぬって、どういう気持ちなんですか? 悔いはないんですか?」
「沖田君。私にとって、新撰組は生きた証なんだ」
山南は少しだけ視線を沖田の頭上に移した。
今までの人生を思い返すような仕草だった。
「そして死ぬ価値のある大切な場所なんだ」
「その気持ちは分かりますけど……」
「沖田君も同じだと思ったけどね」
山南は穏やかな表情で、沖田に問う。
「肺を患っているのだろう?」
「――いつから、気づいていましたか?」
「勘、というやつさ」
「理性的な山南さんらしくないですね」
山南は「ううむ。土方君みたいだったな」と苦笑した。
「沖田君。先に死に行く者として、一つ言っておこう」
「……なんでしょうか」
居ずまいを正した沖田に山南は愛しい弟に向ける口調で言う。
「人は死ぬけど、守ったものは決して無くならない」
年若い沖田にも、それが幻想であると分かっていた。
無くなるものは無くなる。それが世の常だった。理性的な山南の言う言葉ではない。
しかし山南は信じているようだった。
「沖田君。私はね、近藤さんや土方君、それに試衛館のみんなと出会えて、幸せだったよ。こんなにやりがいのある人生は初めてだった」
「山南さん……」
「もちろん、君にも会えて良かった」
山南は「もうすぐ時刻だね」と静かに言った。
そして最後に山南は沖田に言い残した。
「後は、任せた」
死に様ではなく、生き様を感じさせるような、穏やかで潔い表情であった。
その後、新撰組は京を追われて、名も変えて、隊士がほとんど死に、生き残った者も少ない。
だが、確かに、彼らはいた。新撰組として、生きていた。