僕、性格悪いので。

文字数 1,160文字

「僕は待っていたんです。朝の6時に出勤して、彼女が来るのをずっと待っていたんです。」

そうぼそぼそと喋るのは川田信彦。40代後半男性。20代から私立学校の教員をしていたがどの学校でも人間関係がうまく行かずに場所を点々としていた。しかしついにノイローゼになって退職。現在は定職につかずバイトで食いつないでいるフリーターだ。かれこれ1年ほど前から僕を診察している。当初は鬱症状がひどく丁寧なカウンセリングが必要だったが最近はだいぶ落ち着き、診察はカウンセリングというよりは雑談のような内容になっていた。

「あの時僕は高校三年生の学年担当で、彼女は僕が担当していた生徒の一人でした。僕は、彼女が高校二年生の時から彼女のAO入試の論文の添削をしていました。とっても優秀な子でした。赤を入れた場所は次の添削の時には見事に直してくるし、一つ教えたら二つも三つもできるようになるような。まさによく伸びる鉄でした。」

「その子の論文を添削するのは川田さんにとって快いことでしたか。」
次の言葉を見失ってしまった様子の彼に、私はカウンセラーっぽい質問を投げてみた。

「、、、ええ。とても。彼女が成長するたびにとてもうれしかったし、もっともっと教えてあげたいと思っていました。彼女に必要とされていることが僕の活力にもなっていました。」

「彼女を教えることに達成感を感じていたんですね。そしてそれが効力感にもつながっていた。なるほど。でも、ある時から関係が切れてしまったんですね。そのきっかけを、詳しく聞かせてもらってもいいですか。」

「彼女が高三の秋のことでした。文化祭も終わっていよいよAO入試の出願が迫ってきた頃。いつもみたいに論文添削の約束をしていたんです。朝。冬を思わせる寒い中、僕は多少の体調不良を抱えながら、出勤したんです。そして彼女がくるのを待っていました。ずっとずっと待っていました。でも、彼女は来なかった。」

「くるのを待っていたのに来なかったんですね。その時川田さんはどう思いましたか?」

「、、、、、、、、、、、イライラしました。」

「怒りを感じたんですね。」

「、、はい。心が狭いなって思いました?そうですね。僕、性格悪いので。」

ー僕、性格悪いのでー

診察が終わった後、川田さんのその言葉が頭の中で反芻していた。
彼が、あの生徒に対してイライラしたと答えた時、私は正直少し驚いてしまった。話から想像するに、とても真面目な生徒だっただろう。そんな生徒が、突然約束をすっぽかしたとしたら、怒りよりもまず心配な気持ちにならないだろうか。確かに、心配の度合いが高すぎて気づかないうちに怒りに変換されてしまうこともある。川田さんが、そういう神経質なタイプだという可能性も十分にある。しかしやはり違和感は拭えなかった。次の面談ではそこを掘り下げてみよう。


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