黙示

文字数 2,760文字




「悪魔よ、退け!」と聖人が叫ぶと、
今にも襲いかかりそうだった魔物は消え()せ、
垂れこめていた恐ろしい黒雲も引いていきました。
物陰に隠れていた人々はただ感心して、
その光景を見守るばかりです。

かつて私は各所で、そんな舞台を演じていました。
しかし、心の中ではこう思っていたのです。
「この銀河系には、皆さんよりも
進歩した種族が数多くいます。
私は彼女達を統治する星間帝国のために、
貴方達の文明発展を助ける仕事をしています。
でも、ご免なさい。 今はまだ、
そのことをお知らせできないのです……」と。




文明とは、高度な技術を伴う生活様式です。
技術は私達に大きな力を与えますが、
それは両刃(もろは)(つるぎ)でもあります。
それまで、古き先進種族と突然に出会った
若き発展途上種族は、遥かに進んだ文明を前に、
過剰依存や意気阻喪(いきそそう)、あるいは
突然得られた高度な技術の悪用・誤用や副作用から
衰退・自滅してしまうことが多かったのです。

そこで私は、皆様の目から私達の存在を隠して、
秘密裏に観察・支援する方法を考えました。
特に「全能なる神は善き人々を救う」という神話は、
人々の心を癒し、救いを与える文化活動であると共に、
社会を健全に保つ政策を助ける、優れた社会技術でした。
それは知的種族が(いだ)く限りない想像力や欲求を満たしつつ、
それらが速く育ちすぎないよう社会のために制御して、
初期文明の発展を支援するのに大きく貢献したのです。




何しろ帝国の最先進段階にある種族達は、
全ての人々の人格を量子頭脳網に転移(アップロード)しています。
そうした種族は膨大(ぼうだい)な演算能力や共有人格形成能力を得て、
種族全体が帝国の様々な役職を務められます。
また、個々の人格が量子頭脳に宿って母星外に(おもむ)き、
様々な生物・機械工学的身体に人格を再転移(ダウンロード)して、
自由自在に活動することもできるのです。
様々な星で神話を広めるために天使や聖人、
悪魔や怪物を演じるのは容易(たやす)いことでした。




後に私は、若き種族が帝国と公式に接触したとき
皇帝種族が支持を得やすいよう、配慮も加えました。
偉大なる皇帝種族のような性格の神を中心に、
他の様々な種族に地位や外見が似た天使や悪魔が
登場する神話を、作って用いるようにしたのです。

皇帝種族は峻厳(しゅんげん)ながら慈愛(じあい)(あふ)れ、
見識の高い種族でした。
その昔、近隣恒星の新星化により滅びかけた
私の種族を救ったのは、
すでに多くの種族を率いて星間帝国を建設しつつある、
彼女だったのです。




彼女は銀河統一後の平和社会建設を念頭に、
肉体的にも性格的にも戦士には不向きな
その種族を助けました。
そして帝国の公用語で〝逆境に抗う者〟
〝滅びを拒む者〟という意味の名称さえ与えて、
私達の生存と帝国への加盟を祝福してくれたのです。

私の種族は彼女の先見的・人道的な配慮に心を打たれ、
その恩義に報いるべく民生分野での貢献を希望しました。
そして途上種族の支援に力を尽くした結果、
私自身もこうして人格の量子化(マインドアップロード)を認められ、
文明開発長官の地位を得ることができました。




しかし、そんな帝国にも問題はありました。
国家建設に功績のあった軍事種族の増加が止まらず、
特に皇帝種族の側近団をなす〝中枢種族〟達が、
領土拡大の停止と共に、腐敗と抗争に陥ったのです。

帝国政府は軍事技術による銀河統一に専心する余り、
経済・社会活動を健全に保つための利害調整や、
それに必要な人々の向上、政府組織の改革といった、
新政策の導入に失敗してしまったのでした。




中枢種族は新興の産業・技術種族に不法な要求を行い、
統一戦争に敗れて以来、発展を制限されてきた
銀河系外周の種族からも、資源を奪い続けました。
それに加えて彼女達は、
未来ある種族達を自らの傘下(さんか)に収めようと、
私達の支援計画にも非人道的な干渉を加えました。

力を増した中枢種族の一部はさらに、
皇帝種族を傀儡(かいらい)化し、帝国の実権を掌握(しょうあく)するに(いた)ります。
そして(つい)には相互の内戦を引き起こし、
皇帝種族を初め多くの種族を滅ぼして、
帝国を崩壊させてしまったのです。




そこでこのたび、私達文官種族の有志(ゆうし)は、
多数の有能な産業種族・技術種族や、
良識ある穏健派軍事種族と共に新王朝を設立し、
平和回復と国家復興に努めることを決めました。
私達はまた、恒星間を渡れる発展途上種族や、
銀河系外周種族とも協力を図りつつあります。




幸いにも、内戦以前から私の種族のもとには、
〝先帝〟種族から多数の人格が亡命・避難しており、
彼女達にその指導を(あお)ぐこともできました。
私達の願いは〝先帝〟が常に目指していた、
〝全種族のための文明発展〟です。




未来ある若き種族が帝国に加入できる条件は、
惑星統一政府や恒星間航行技術を持つことですが、
内戦の勃発(ぼっぱつ)という非常事態により、
皆様との正式な接触は予定より早まりました。
戦いの()(すえ)も、今はまだ予断を許しません。

しかしこれまで人類の皆様は、
神話の中の倫理や道徳を見事に会得(えとく)し、
時に(あやま)ちを犯しても、それを正して自らを高め、
規則(ルール)自体も社会の変化に応じて見直し続けることにより、
めざましい文明発展を()げました。




そそれゆえ皆様は現下(げんか)の困難な状況にあっても、
必ずやきっと私達〝新帝国〟種族の誠意と熱情を信じ、
私達を逆族として討滅しようと(たくら)
中枢種族の政治宣伝(プロパガンダ)に惑わされることなく、
自世界の平穏と繁栄を保ってくださることでしょう。

私達の新国家の理念とは、
政策が文明の発展に伴い、人々の向上を前提として、
国家の拡大・統合など広域化すると共に
民主化・自由化など分権化するというものです。
その理由はといえば、驚くほどに単純明白です。




技術の進歩に伴って、
経済・社会活動が拡大・省力・複雑化すれば、
より多くの人々が共に考えないと政策が運営できず、
それができる生活の余裕も生まれる一方、
それ以外の仕事はなくなっていくからです。

旧帝国においては銀河系の広大さが、
その発展を一時的に退行させていたにすぎず、
今後はさらなる生産・輸送・通信技術や
保健・教育・組織運営技術の発達によって、
政策の広域化と同時に分権化もまた可能、
かつ必要となりゆくことでしょう。

そのため私達は、〝先帝〟種族の
遺志実現のためにも将来の民主化を目指し、
必要な次世代技術の裏付けを得たうえで、
様々な種族の向上と協力を増進しつつ、
旧帝国の側近種族達と戦っています。




しかし、偉大な文明を築きつつある人類は、
いずれの陣営が勝利しようとも、
新たな銀河秩序の中核を担うまでに
発展できるものと、私は強く期待しています。

ですから人類の皆様、私は今、このように
真実を語れることをとても嬉しく思うのです。




「……以上の経緯(けいい)からここに私、
旧帝国文明開発長官にして新帝国皇帝種族たるサタンは、
帝国の慣習法に従い、
母星の量子頭脳網と当分離個体と派遣頭脳の名において、
この太陽系第三惑星〝地球〟を含む、
銀河系内の実効的支配領域における統治を宣言する……」


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