筋肉三兄弟女体化事件

文字数 2,831文字

「きゃーー!」
 肌寒い朝の空気をつんざく女性の悲鳴がペンション中に響き渡る。
一橋(ひとつばし)さんの部屋だ」
 宿泊客と従業員が一橋太郎の部屋へと集合する。
 部屋の中には一橋太郎の姿はなく、代わりに女性が一人。
 信じられない物を見たように女が口を開く。
「お、女になっている!?」
 確かに女性は角刈りで一橋の面影を残してはいた。
 しかし背は縮み、筋肉質であった身体は柔らかな肉へと変化していた。
 一橋はスポーツジム仲間が作ったボディビルクラブの一人である。他に、二村次郎、三谷三郎と三人で合宿と称してこのペンションで泊まっている。
 一橋の寝ていたベッドには何やら粉のような物が落ちている。
「む、これは……」
 同じくペンションに泊まっていた探偵の江留木(えるき)緩歩(ゆるぽ)が、粉を人差し指に付け、自分の口へと運んだ。
 ぼわん!
 緩くたるんだぽっちゃりとしたお腹は引っ込み、そのお肉はオッパイへと移った。
 緩歩の姿が美少女へと変化したのだ。
「私の推理に依れば、これは女体化薬です。それも即効性の」
「いや、それは見れば分かりますって」
「おそらく、何者かが一橋さんが眠っているあいだにこの部屋に侵入し、一橋さんの口に女体化薬を入れたのでしょう」
 このペンションに泊まっているのは一橋、二村、三谷、緩歩の四人。それに、このペンションの経営者の百田(ももた)夫婦の二人。
「あっ! 見てください」
 百田夫人が指さしたのはこのペンションの部屋の見取り図。部屋割り用に使用しており、各部屋に人形を置いてある。
「太郎の人形が女になっている!」
 四人分の人形は昨日の夜にはすべて男だった。しかし、今は一橋の人形だけが女の子になっている。
「ひょっとして、犯人は一人ずつ女体化させるつもりでは……」

 朝食をとるために食堂へ集まった一同。そこへ女になった一橋が現れた。なぜかセーラー服を着て。
「ちょっ、一橋さん、なんでセーラー服?」
「あー、これですか。宴会に使う女装用のセーラー服です。女になったんで女の子の服を着なくちゃいけないでしょ。ちょうどよかったです」
「はぁ……」
 そんな緩歩と一橋の会話の裏で、二村と三谷がひそひそ話をしている。
「なぁ三郎、女になった太郎を見てどう思う? 僕は結構アリだと思うんだけど」
「うん、確かにアリだな。まぁ、太郎が男の俺を好きになるかは別の話だけどな」
 緩歩が三人に向かって話し始めた。
「一橋さん、二村さん、三谷さんは一緒に来られたんですよね?」
「はい、俺たちはジムでは筋肉三兄妹と呼ばれています」
「一人が女になっちゃったんで、もう三兄妹とは言えないわね」
 一橋はもう女言葉になっている。
「次に狙われるのは二村さんか三谷さんの可能性が高いです。十分注意してください」
「「はい」」
「ところで、二村さんだけ髪の毛を伸ばしていますね。何か理由があるのですか?」
「ボディビルの大会が近いんで願掛けのために切らないようにしてるんですよ」
「ああ、サムソンですか」
「ええっ!? な、何言っているんですか。僕はデブ専じゃありませんよ」
 二村はひどく動揺していた。
「サムソンって旧約聖書に出てくるサムソンですよ」
「ああ、そうだったんですか……。で、サムソンって何者なんです?」
「怪力の持ち主で、力の秘密が髪の毛にあって、毛を切られたら力が出なくなっちゃうという英雄です」
「へぇ、面白そうですね」
 食事を終えた二村が缶に入ったプロテインをスプーンですくって口へと運ぶ。
「待ってください!」
 緩歩が二村の手を止めた。
「ちょっといいですか」
 緩歩がスプーンを自分の口へと運ぶ。
 ぼわん!
 緩歩の膨れた胸が更に大きくなった。
「やはり、そのプロテインに女体化薬が混ぜてありますね」
「じゃあ、僕も女体化させられるところだった、と。危なかった」
「二村さん、本当にそう思っていますか?」
「どういうことです?」
「私にはもう犯人は分かっているんですよ」
「いったい誰が!?」
「しらばっくれるのもいい加減にしてください。二村さん」
「えっ、僕ですか? 僕はさっき江留木さんが止めなかったら女体化しているところじゃなかったですか」
「ええ、二村さんは本当に女体化するつもりだったのです」
「どうして次郎が? 次郎は今度の大会の優勝候補じゃないか!」
 三谷には二村がそのようなことをする理由が思いつかなかった。
「それはあなたのせいですよ、三谷さん」
「?」
「二村さん、あなたはゲイで、恋愛対象は男性ですね」
「ど、どうしてそれを……」
「サムソンです。あなたは旧約聖書のサムソンを知らなかった。知っていたのは雑誌『SAMSON』です。SAMSONというのははゲイ雑誌です」
「…………」
「おそらく、二村さんは三谷さんのことが好きなのでしょう。でも、三谷さんの恋愛対象は女性。二村さんは自分が男では振り向いて貰えないと思い、女体化することを思いついたのでしょう。しかし、今まで男だったのがいきなり女になるのは恥ずかしい。そこで、何者かにより女体化させられたことにすることを思いついたのです。
 髪の毛を伸ばし始めたのはその時からですね?」
「……はい」
「髪の毛を伸ばしていたのは願掛けなんかじゃなく、この女体化薬で女体化しても髪の毛が伸びないからです。一橋さんや、私を見れば分かりますね。
 女体化したときに自然になるようにあらかじめ髪の毛を伸ばしていたのです」
「……その通りです」
「そして、合宿の日に計画を実行することにした。
 まずは一橋さんで試してみた。女装癖のある一橋さんなら女体化させても罪の意識は少ないと判断したのでしょう。実際、一橋さんは喜んでおられるようだし。
 そして、女体化した元男性が三谷さんの性の対象となることも確認した。そこで自分自身の女体化を実行することを決めた、と」
「そこまでお見通しだったのならもう隠す必要はないですね」
 二村は女体化薬入りのプロテイン缶を奪い返し、粉を口へと放り込んだ。
「いけない!」
 ぼわん!
 筋骨隆々だった二村さんの姿は見る影もなく消え去り、代わりにナイスバディな女性が一人。
「ああ、彼を救うことができなかった……」
「三郎、見てくれ。これが新しい僕の姿だ」
「うん、いける。全然OK!」
「三郎……」
「次郎……」
 二人はきつく抱き合った。
「やれやれ、

を救うことは出来なかったが、

は救われたのですか」
 事件は特に被害者もなく、警察沙汰になることはなかった。
「私の推理によれば、この胸にはブラジャーが必要ですね」
 ペンションをあとにした緩歩は、今まで足を踏み入れたことのないランジェリーショップへと向かった。
 緩歩は新しい世界へとその一歩を踏み出した。

(了)
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登場人物紹介

ゆるくぽっちゃりした探偵

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