その絵

文字数 470文字

その男のことをわたしは幾度か見かけたことがあった。
いつもあの絵の前に座ってじっと見ている。男が動いているのをわたしは見たことがない。石のようにずっとそうしていた。
よほどあの絵が好きなのだろう。
彼がいないときに、わたしもあの絵を見たことがある。
夕暮れの窓辺に置かれた一脚の椅子が描かれていた。木で作られたかわいらしい椅子だとおもった。
わたしにとっては特別ではないが、彼にとっては特別なのだろう。
またある日も男はその絵をずっと見ていた。
男の存在は、わたしにとって居る者ではなく在るものとなった。
なぜだか、ある時から男の姿を見なくなった。
彼が消えたいま、もうあの絵はわたしにとってどうでもよいものとなった。
そうして、何度か季節が巡った。
何の気なしにあの絵を見に行った。
男はそこにあった。
彼は夕暮れの窓辺に置かれた椅子に腰をかけていた。
男の顔はよくわからなかった。
男の隣には、もう一脚椅子が置いてあった。前にはなかった気がする。
突然、わたしにはその絵が魅力的なものに思えてきた。
その日から、わたしは男となった。

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