第1話

文字数 9,882文字

シンガーロード        石枝隆美



 小さい頃から歌うのが好きだった。小学生の頃にお風呂に入って歌っていたら、お母さんに歌手かと思ったわと言われたり、合唱コンクールで一際大きな声で歌えば、みんなにすごいと褒められた。音楽の成績は常に5だった。私は将来は歌手になると決めていた。高校ではバンドを組み、ボーカルを務めた。高校を卒業してからは、メンバーはそれぞれ、将来の夢に向かうため、解散となった。私はシンガーソングライターになるため、田舎から上京してきた。

「今日から一人暮らしだぁ〜。」
「ちゃんと食べるものあるの?辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからね。」
「ありがとう、お母さん。でも大丈夫。念願の夢が叶うかもしれないんだもん、弱気になっちゃだめよ。」
「そう。週に一回は連絡するのよ。心配なんだから。」
「わかった。」
これから私の夢を追いかける旅が始まる。私はワクワクが止まらなかった。それはそうと、お腹が空いた、何か買ってこなければ。もう自分しか頼る相手はいないのだ。
 私はスーパーに行き、牛乳やお肉や魚、お惣菜コーナーでポテトサラダを買った。冷蔵庫は備え付けのものがあるから買う必要はない。
 お金は仕送りでもらえるが、一年と期限が決まっている。一年で歌手が叶う見込みがなければ、田舎で公務員の勉強をして、市役所に入るように両親に言われている。私は期限付きの方がやる気が出ると思った。期限内に結果を出さなければ。
 私は送られてきた段ボールの中身をそれぞれの場所に収納し、掃除機をかけた。自分の部屋だから、インテリアも自分好みにできるんだと思いついた。明日は家具屋と電気屋に行って必要なものを揃えなければ。



 朝は誰も起こしてくれないから、いつもより遅く起きてしまった。明日からは目覚ましをかけよう。規律正しくしないと、心が乱れてしまう。そんな状態では良い音楽はできない。
 私は携帯のアプリで料理のレシピをみながら朝食を作った。なんだか朝から疲れてしまう。お母さんのありがたみが身に染みてわかる。ご飯を食べ終わると、食器洗いをチャチャっと済ませ、街に出かけた。
 街には本当にいろいろなものがある。私は目を輝かせた。私が住んでいた田舎は30分近く歩かなければお店がなかったのに、ここでは行きたいお店がすぐに行けて、欲しいものもすぐに見つかる。私はわかっているつもりだったが、都会と田舎の違いにただひたすら驚いていた。
 さてと、まずは電化製品を買わなければ。
トースターと洗濯機が欲しい。電化製品はいろいろ種類があり、どれが良いのかわからなかったので、店員さんに声をかけて、説明を聞いた。買えた頃には正午を過ぎていたので、どこかでご飯を食べることにした。だが、結局、新しいところに入る勇気が出ずに、ファーストフード店で済ませた。私はお腹も満たされ、少し眠くなったが、インテリアを買うのに家具屋を訪れた。私の部屋は壁が明るいクリーム色だったので、可愛い感じの白を基調とした部屋にしたいと思い、白木のいすとテーブルを買った。私はこんなに大きな買い物を自分でしたことがなかったので、なんだか自分がすごく大人になったような気分になった。

 三

 一人暮らしに必要なものはもう買ったので、歌手になるためにオーディションを受けなければと思った。インターネットを見ると、大手音楽事務所でオーディションの応募者を募集していた。歌は自分が作った歌でもいいし、歌手が作った既存の歌でもいいと書いてあった。私は即申し込んだ。何を歌おう。自分の曲を歌おうか、それとも…。私は何個か高校生の時から作ってあった曲があった。それを歌おうと思った。オリジナル性を出すにはやっぱり自分の曲で勝負だ。私は自分の歌を練習するために、電車で河原に向かった。電車で移動するのも一苦労でスマホとにらめっこしながらなんとか目的地に着いた。
 河原には人はおらず、以前買っていた声を録音できるICレコーダーを取り出し、歌を歌った。久しぶりに歌ったからか、勘が鈍くなっていて、音程がずれてしまった。携帯のアプリで音程を確認し、何度も同じ箇所を繰り返し歌った。声が掠れてきたので、今日は帰ることにした。しかし、なんか孤独だ。誰か知り合いを作らないと都会では寂しすぎる、私は故郷が恋しくなった。
 
 四

 都会にきて1週間が経った。私は都会の生活にはまだ慣れなかったが、一人暮らしの自信は少しついてきた。料理は携帯のアプリを見れば作れるし、近くのスーパーはいつ食材が安くなるのかもリサーチした。掃除、洗濯は田舎にいた頃に母の手伝いをしていたので、手慣れたものだ。
 私には二つ上のお兄ちゃんがいる。大学生で私の住んでいるところから電車で一時間程の所に住んでいる。私は人恋しくなったので、お兄ちゃんに会いに行くことにした。
 お兄ちゃんのアパートに着いて、チャイムを鳴らした。ガチャっとドアが勢いよく開いた。
「有紗、よく来たな。ここまで迷わなかったか?」
「うん、ちょっと迷ったけど、大丈夫だったよ。」
「そうか。さっ入った入った。」
「お邪魔しま〜す。」
お兄ちゃんの部屋はこれぞ男の部屋という感じで、色々なものが雑に散らかっていた。
「どうだ?一人暮らしは?」
「うーん不安だしちょっと寂しい時もあるけど、自分の自由な時間が持てるのは良いところかな。」
「そうか。俺も上京してきた頃はそんな感じだったかな。あっ飯食ったか?飯。」
もうお昼の時間はとっくに過ぎていた。
「まだ食べてない。お兄ちゃんなんか作って〜」
「しょうがないな、じゃあ俺の特製チャーハンを作ってやる。」
「やった〜。」
お兄ちゃんは台所に立ち、手際よく包丁で具材を切る音を響かせた。お兄ちゃんのチャーハンは本当に美味しく、キムチが効いてクセになる味だった。
「お兄ちゃんは大学どうなの?キャンパスライフは楽しい?」
「まぁ、友達と合コンしたり、バイト行ったり充実してるよ。家に友達呼んで朝までゲームしたりもするしな。」
「へぇ〜楽しそう。いいな〜。」
「有紗だってこれから沢山楽しいことが待ってるよ。歌手になるんだろ?」
「うん。夢は叶えてみせるよ。せっかく都会に来たんだしね。」
それからはお兄ちゃんと街を巡って、お兄ちゃんの行きつけの店に行ったりした。

 五

 オーディションの日になった。私は自分の曲を歌い込んできた。オーディションは事務所の一室で行われ、番号が呼ばれたら、部屋に入って名前と曲を歌う。私は緊張して、足がガクガクしてきた。お守りがわりにカバンについてるお気に入りのキーホルダーを握りしめ、気持ちを落ち着かせた。
 番号が呼ばれると、シャッキっと立ってドアをノックした。
「失礼します。えっと、名前は宝田有紗です。曲は自分のオリジナルの曲を歌います。よろしくお願いします。」
 一息ついたあと、歌い出した。途中、力が入りすぎて音程が少しずれたが、自分なりにはうまく歌えたと思った。結果は2週間後だ。私はオーディションを初めて経験し、高揚していた。結果はどうあれ、今の自分の力を出し切ることができた。
 帰りにお腹が空いたので、家の近くにあるサンドイッチ屋さんに寄った。そこは、下町の昔ながらのお店という感じで風情があった。私がお店の前で何にしようか迷っていると、サンドイッチ屋のおばちゃんが「おすすめはエビチリサンドだよ。」と勧めてきた。私は「じゃあそれにします。」と言って、サンドイッチを貰った。帰って食べてみるととっても美味しかったのでまた行こうと思った。
 二週間後、オーディションの結果は不合格だった。結構自信があったのに、ショックだった。そんなに簡単に合格するわけはないと思ったが、不合格という文字を見ると、現実を突きつけられたようだった。
 私はもっと上手くならなければと思い、ボイストレーけニングに通うことにした。ボイストレーニングのお金は仕送りのお金から捻出しなければならないので、節約をすることにした。使ってない電気は消す、食料品は値引きのシールがつくのを狙って買う、ドライヤーは使わずに自然乾燥にする、飲み物はタンブラーを持ち歩く、出来合いのものは買わずに自炊を心がけるなどした。
 
 六

 ボイストレーニングに通うようになって、様々な発声法を学び、出すことができなかった音域が出せるようになり、表現力が増したのを実感できた。私はこの調子ならいけるかもしれないと思った。
 しかし、オーディションは受け続けても、受からず、鬱々とした日々が続いた。私の何がいけないんだろうか。表現力をもっと磨くために、いろいろなジャンルの映画のDVDを借りて、家で鑑賞した。観ながら、気になったことや頭に浮かんだことがあったら、ノートに書き留めた。
 ある疑問が湧いた。私が歌手になって伝えたいことはなんだろう。私が歌手という媒体を通して人に与えられるものはあるのだろうか。私は生まれてこのかた、挫折というものをあまり経験してこなかった。オーディションに受からないのがいわば初めての挫折だった。

 私はたまらなくなってお母さんに電話した。
「お母さん、私何のために歌ってるのかわかんなくなってきちゃった。オーディションは受からないし、私って人に必要とされてないのかな。」
「そんなことないわよ。お母さんは有紗のことが必要よ。お母さんにとって代わりはいないたった一人の娘よ。あのね、たった一人でもこの世に必要としてくれる人間がいるって素晴らしいことなのよ。人の価値を決めるものは数じゃないわ、質よ。いつか有紗の魅力が伝わる日がきっと来るわ、だってあなたは素直で良い子だもの。」
「お母さん、ありがとう。お母さんの子供で良かったよ。」
私はお母さんから再び頑張る勇気をもらった。私が伝えたいのは勇気や希望じゃないだろうか。私は心が軽くなったのを感じた。

 七

 曲を作りに河原に出かけた。今まで書き留めたノートを見ながら思いつくままに歌ってみた。歌詞を作ってからメロディーをつけてみる。なんとなく良さげな曲ができた。私の今を伝える言葉たちが並んでる。私は満足したので、この間のサンドイッチ屋さんに寄って帰ることにした。
 サンドイッチ屋さんは人気店のようで、今日は品数が少なく、エビチリサンドはなかった。
「ごめんね、今日は大盛況でエビチリサンドは売り切れちゃったんだ。定番のたまごサンドでもどうだい?」
おばちゃんは私のことを覚えてくれてるみたいだった。
「あっじゃあ、それ一つ下さい。」
「はいよ。お嬢ちゃん、一人暮らしなの?」
「はい。上京してきたばかりなんです。」
「そうかい。こっちの暮らしには慣れたかい?」
「そうですね…でも知り合いがあまりいなくて、こうやって声かけてもらえると嬉しいです。」
「ほんとかい。おばちゃんも若い人と話すのが楽しいよ。またおいでね。」
「はい。」
 人と会話することの嬉しさを感じ、この気持ちを歌詞にできないかと思った。

 八

 家にいると、独り言が多くなった。テレビを見て一人で笑ったり、料理を作りながらブツブツレシピを読んで、できたら「う〜ん美味しい。私って天才じゃない。」と言ったりしている。なんだか一人に慣れ過ぎて、知らないうちに自分が変わってしまうんじゃないだろうか。やっぱり友達が欲しいと思った。

 オーディションを受けるうちに、いつも見かける子がいることに気づいた。私と同じくらいの年齢だった。私は勇気を出して声をかけてみた。
「あの、よく見かけるなと思って、オーディション結構受けてるんですか?」
「え?あっはい。すいません。私自分のことに集中しててあんまり周りが見えてなくて。オーディションは今日で18回目なんです。」
「そんなに…。どんな曲歌ってるんですか?」
「私は歌手が歌ってる曲も歌いますし、自分で動画配信サイトに上げた歌も歌いますよ。」
「動画配信サイトですか。私、あなたの曲聞きたいです。名前教えてもらえませんか?」
「橋本夏帆です。」
「夏帆さん。ありがとうございます。聞いてみますね。」
「あっ聞いたら感想教えて欲しいので、連絡先教えてもらえますか?」
「あっはい。じゃあ友達になりましょうか。」
「いいですね。私もちょうど音楽仲間が欲しいと思ってたところでした。」
 上京して初めて友達ができた。家に帰って早速インターネットで、橋本夏帆と検索して動画を見てみた。動画で歌ってる曲は元気なポップスで私は聴き入ってしまった。夏帆さんが何を伝えたいのかはっきり伝わってくる。私がやりたかったのはこれだと思った。私も動画を作って世界中の人に私の音楽を聴いてもらいたい。新たな目標ができた。
 夏帆さんに連絡して、動画がすごく良かったことを伝え、動画の作り方を教えて欲しいと懇願した。夏帆さんは快諾してくれ、今度私の家に遊びに来ることになった。
 
 九

 学生が夏休みに入ったことをニュースでやっていて、私もそれに便乗し、実家に帰省する事にした。久しぶりの実家はとても居心地が良かった。私が動かなくても料理が出てくるし、話す人がいることが何より嬉しかった。
「お母さん、私がいない間寂しかった?」
「そりゃ寂しいわよ。郁也も有紗も出て行っちゃってお父さんと二人きりなんだから。」
「そういえば前も言ったけど、お兄ちゃん元気だったよ。なんかキャンパスライフを満喫してるって感じ。私も歌手人生、充実したいなぁ〜。」
「有紗の頑張りにかかってるわね。」
「だよね。頑張んなきゃな〜。友達も一人できたんだよ。今度、動画配信のやり方教えてもらうんだ。」
「ヘぇ〜良かったじゃない。友達は大切にするといいわよ。困った時に助けてくれるから。」
「うん。わかった。」
私は実家の近所を愛犬マロと散歩して、リフレッシュした。土手に座り、夏帆ちゃんの動画を見ながら歌を口ずさんだ。なんて良い曲なんだろう。何度も聞いてるうちにどんどん好きになっていった。夏帆ちゃんはこの曲をどんな気持ちで作ったんだろうか。

 十

 実家から帰ると、急に寂しくなった。私は寂しさを紛らわせるために、近所のサンドイッチ屋にエビチリサンドを買いに行くことにした。
「こんにちは。」私は元気よく挨拶した。
「あら、また来てくれたのね。今日はエビチリサンドあるよ。」
「本当ですかー良かった。じゃあエビチリサンド一つ下さい。」
「はいよ。今日はずいぶん元気ね。なんか良いことあったの?」
「実家に帰省してたんですけど、こっちに帰って来て寂しくなったから、誰かと喋りたいなと思って。」私は照れ笑いした。
「そう。お母さん嬉しそうにしてた?久しぶりに会って。」
「はい。嬉しそうでした。でも私、夢が歌手になることなんですけど、夢が叶うまでもう実家には帰らないつもりです。」
「そうなの。頑張り屋さんね。私も応援してるわ。サンドイッチ買わないで、喋りに来るだけでもいいのよ。」
「ありがとうございます。」
 私は心がほっこりした。帰ってエビチリサンドを食べていると、ハエが家の中に入っていることに気づいた。私はハエと格闘し、ようやく捕まえて、逃がしているうちに、エビチリサンドが冷めてしまっていた。うちに電子レンジはないのでそのまま食べた。冷めてもおばちゃんの優しさを思い出すと、美味しかった。

 十一

夏帆ちゃんが家にやって来た。
「有紗ちゃん家って綺麗にしてるんだね。」
「そんなことないよ〜、いつもは散らかってるんだけど、夏帆ちゃん来るから掃除機掛けて大掃除したんだ。」
「あはは、そうなんだ。」
「あっなんか飲む?コーヒーかカフェオレか昆布茶ならあるけど。」
「コーヒー頂こうかな。」
「コーヒー、ブラック飲めるの?」
「うん、飲めるようになった、最近。」
「すごい、大人だね。私はカフェオレしか飲めないよ。どうしてもあの苦さがだめで。あとね、モンブランとショートケーキがあるんだけど、どっち好き?」
「モンブランあるの⁉︎私モンブラン大好き。」
「本当⁉︎良かった〜。」
インタントのコーヒーとモンブランを夏帆ちゃんに出した。
「ありがとう。」
座り直して夏帆ちゃんに尋ねた。
「ねぇ、夏帆ちゃんってなんで歌手になろうと思ったの?」
「…私ね、中学の時、女の子のグループから影口言われたりしてたんだ。でも歌があったから立ち直れた。学校祭で歌ったの。そしたらクラスのみんなから上手いって言われて、それから影口言ってた子とも打ち解けて、みんなと仲良く過ごせた。だから、昔の私と同じような立場の人がいたら、元気づけてあげたいなって思うようになったんだ。」
「そうなんだ〜いい話だね。きっと夏帆ちゃんの歌で勇気づけられる人、沢山いると思うよ。夏帆ちゃんはそれができる人だと思う。」
「有紗ちゃんだって、歌手になるために一人で上京して来たんでしょう?目標しっかり持ってて偉いなって思うよ。」
「そうかな。私は夏帆ちゃんみたいな特別な動機はなかったけど、昔から歌が好きだったんだ。せっかく人生一回きりなんだし、好きなことを仕事にしたいって思ったんだよね。」
「素敵だと思う。」
「ありがとう。同世代の人に応援してもらえると心強いよ。」
「私も。」
動画配信の仕方を教えてもらい、また会う約束をして、夏帆ちゃんは帰って行った。

十二

 さっそく動画配信をすることにした。曲は一番よくできてる自信作のオリジナル曲を歌おうと思った。
 私は動画を撮るために、いつもの河原に向かった。動画の出来は初めてにしては上手く撮れた。そして、色々調べていくうちに、オーディションの他にデモテープをレコード会社や音楽事務所に送る方法があると知った。レコーディングスタジオを予約して、デモテープを作ることにした。

 動画の再生回数は少しだが、私の曲を聴いてくれてる人がいると思うと、嬉しかった。私はもっと歌が上手くなりたいと思い、ボイストレーニングにより精を出して通った。動画を撮るようになって、見た目も変えたいと思い、私が作るのは明るい曲が多いので、髪色を茶色に変え、化粧も明るくし、服も今時の衣装を買いに行った。そうしてるうちになんだか動画配信が楽しくなって行って、これならいける気がして来た。やっぱり見た目も大事だと思った。

 秋になり、紅葉が色づいてきた。私は音楽配信に夢中になり、再生回数を伸ばすことに躍起になっていた。だが、私がしたい音楽はこれなのだろうかと思った。いつのまにか目的が再生回数を伸ばすためになっていって、自分の音楽が作れていないような気がしてきた。
 
 夏帆ちゃんに相談することにした。
「最近ね、自分の曲の軸みたいなものがズレちゃって、こう歌詞に書いたら、人から良く思われるかな〜って気にし過ぎてる気がするんだよね。夏帆ちゃんはどうしてる?」
「うーん私は自分が作りたい曲しか作りたくないんだよね。私が作った曲を支持してくれたら嬉しいし、支持してくれなくてもそれはそれで、好きだと言ってくれる人だけ大事にして歌っていきたいと思ってる。だって人に合わせてばかりいたら、自分が何のために歌ってるのかわかんなくなっちゃうよ?」
「そっかーそういうもんなんだ。」
「私もよくわかんないけどね。」
「ううん、夏帆ちゃんの言ってることよくわかる。自分無くなっちゃったら嫌だもんね。
ありがとう。聞いてくれて。」
「またいつでも電話してね。私も相談したいし。」
「うん。またね。」

 十三

 夏帆ちゃんに相談してから、自分の曲が作れるようになり、自分のコンセプトもはっきりしてきた。これで売れなかったら売れなかっただ。私は開き直っていた。自分の好きなこと、気持ちが揺れ動くことに向かって生きていきたいと思った。それが私の信じる歌だ。

 私はそれからというもの、私の歌を好きになってもらうために、動画を配信したり、ブログを書いて宣伝してみたり、路上ライブもしてみた。路上ライブでは自主制作のCDを売ったりして、売り上げがあると嬉しかった。
 路上ライブをすると、いつも来てくれるお客さんや応援してるよと言ってくれて、最初から最後まで見てくれるお客さんができた。確実に私のファンは増えていっていた。

 そんな時、一本の電話が入った。知らない番号だったが、出てみると、某有名音楽事務所だった。わたしのデモテープを聴いて、ブログや動画も見てくれたらしく、会ってみたいということだった。私は電話を切った後、嬉しさのあまり飛び跳ねた。やっと私の音楽が認められた。

私は音楽事務所に着くと、緊張のあまり息が浅くなった。会社の応接室に連れて行かれ、待っていると、担当者がマネジメントしたいので、契約しないかということだった。私は即オーケーの返事をした。

 帰りにお母さんに連絡した。
「お母さん、私ね、歌手になれるかもしれないの。音楽事務所の人に私と契約したいって言われたんだ。」
「あら、良かったじゃない。有紗の努力が身を結んだのね。」
「うん、今度帰ったら、私のCDいっぱい持っていくね。近所の人に宣伝しといて。」
「あら〜なんだか楽しそうね、有紗がやりたいことができているのね。」

十四

 音楽事務所の人には、責任もってレコード会社に売り込むよと言ってもらった。だが、メジャーデビューの話は断った。メジャーは大衆にウケる音楽を作る傾向があって、売り上げ重視の度合いもインディーズに比べて強く、所属アーティストが作りたい音楽より作らせたい音楽を優先することがあるそうなのだ。私はそれでは私がやりたいことと違うと思った。

 夏帆ちゃんに音楽事務所と契約したことを報告した。
「おめでと〜、有紗ちゃんならやってくれると思ってたよ。本当に頑張ってたもんね。」
「ありがとう。夏帆ちゃんのおかげだよ。色々教えてくれたし、刺激にもなってたよ。」
「あたしも頑張んなきゃな〜。有紗ちゃんはどんな歌手になりたいの?」
「私はみんなに好かれる歌手じゃなくって、私と歌を愛してくれて、応援してくれるファンのために頑張りたい。それが大人数じゃなくても、極端に言えば一人でもいいの。」
「すごいなー。」
「夏帆ちゃんに出会ったおかげで自分がどんな歌手になりたいか良くわかったの。感謝してる。」

 十五

 お正月になり、歌手として売れてきたので、実家に帰ることにした。お兄ちゃんも帰省していて、居間のドアを開けたとたん、
「有紗、俺も今帰ったところだよ。しかしすごいな、有紗は。俺そんな情熱ないよ。一人で上京して、本当に歌手になっちまうなんてさ。」と言われた。
「お兄ちゃんにもCDあげるよ。聴いたら感想聞かせて?」
「おう、任せとけ。有紗がもっと売れるように良いとこと悪いとこ見つけてやるよ。」
「あー売れるようにじゃなくて、有紗らしい曲になってるか聴いてほしいの。」
「あっそうなのか。良く考えてるんだな。よし、わかった。」
「お母さん、お父さんどこにいるの?」
「あ、お父さんね、郁也と有紗が帰ってくるから、スーパーにご馳走買いに行ったのよ。もう少しで帰って来ると思うわ。」
そう言った途端、ガチャっとドアが開き、お父さんが帰って来た。
「おー二人とも帰って来てたのか。」
「ただいま。」
「お父さん何買って来たの?」
「お節料理とお寿司買ったぞ。今日は正月だからな、豪華だろ。」
「お父さん、私歌手になれたよ。」
「あぁ、おめでとう。でもこれからが大変だぞ。人間、情熱を持って、やり続けるっていうことが一番難しいことなんだ。」
「うん、わかった。」
「でも有紗は俺の子だから大丈夫だ、自分を信じ続けていれば必ず道は開ける。」
「ありがとう。お父さん。」

 十六

 私はサンドイッチ屋のおばちゃんに自分のCDを渡しにいくことにした。
「こんにちは。」
「あら、今日は新商品のアボトマエッグサンドが入ってるわよ。どう?あっそれとも何かお話しでもする?」
「あっ今日はちょっとお渡ししたいものがあって。」
「なになに?」
「私、CDを作ったので、上京して初めて知り合いになってくださったお礼に、聴いていただきたくて。」
「えーありがとう。夢に一歩前進したのね。おめでとう。」
「ありがとうございます。今度何でもいいので感想聞かせてください。」
「わかったわ〜楽しみ。」
 私は大勢の人が自分の歌を聴いてくれるのも嬉しいが、身近な人やお世話になった人に一番に聴いて欲しかった。 
 
 いつか有名になるのかはわからないが、有名になるのが私の目的ではない。周りの人を私の歌で幸せにしたい。それが私が歌を歌う意味だ。














 































 

 



 
 









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