16歳の話

文字数 1,942文字

暑い。
日差しが照りつける。
じっとしていても汗が身体を伝っていく。
今にも溶け出しそうな身体に、和也から借りているハンディ扇風機をあてた。
まだ夏休みに入ったばっかりだと言うのに、この暑さじゃ先が思いやられる。

「おまたせ~!」
そう言いながらコンビニから出てくる君は、部活終わりの汗を首に巻き付けたタオルで拭きながら、私に片方のアイスを手渡してくる。
「今日もお疲れさま」
そう言い、扇風機を持っていない方の手でアイスを受け取った。
手指には、気持ちの良いひんやりとした冷たさが広がる。
期末考査の合計点で競い、買ったほうが負けたほうにジュースなりアイスなりを奢る。
私たちが高校で同じ弓道部の部員になってから続けている、”定期考査対決”だ。

「また俺の負けだーーー!凛頭良すぎでしょ!」
ガードレールに座り、黄昏れる空を仰ぎながら君は叫ぶ。
「和也は弓道に没入しすぎ」

「活動時間は一緒のはずなのにおっかしーなー」

そう言いながら悔しがる君にはどこか幼さが感じられ、ふと無意識に笑みがこぼれた。

「次はさ」


私はそこまで言って口を噤み、その後に続く言葉たちを飲み込んだ。





去年の夏、私が高校に入学して間もない頃、君は2つ離れた県からこの街に越してきた。
転勤族で小学校に通っていた頃から転校を繰り返していた、と自己紹介のときに言っていたのを覚えている。
第一印象から、『多分この人はサッカー部とかバスケ部に入るんだろう』と思っていたから、
弓道部に体験に来たときは驚いた。

「初めてなんすよね、弓道。」
よそよそしく、というよりは私との距離感を適切に図りながら、君は話しかけてきた。
環境に対応する力を持っていた君は、弓の扱い方も少し教えただけで上達した。
それまで同学年で弓道部に入っていた人は数人だけで、皆幽霊部員だった。
だから私は、一緒に練習に参加してクラスの話や行事の話、先生の愚痴などを言い合える和也のことが好きだった。


けど先週、それは朝のHRの時間だった。
長く続いてほしい時間なんて一瞬で過ぎ去り、残酷に、唐突に、終わりを告げる。

「なんと!この夏休み中に転校することになりました!1年っていう短い時間だったけど、この学校で沢山の友達が出来て良かったです。ありがとうございました!」
「はやすぎだろー!」
「もっと遊びたいって!」
あまりにも軽く切り出した君に、急な転校を嘆く言葉が飛び交う。
その間、私は静かにその事実を重く受け止めていた。

『ああ、転校しちゃうんだ。
多分君はこんなこと慣れっこで、悲しいとか辛いとか、そんな感情は湧いてこないんだよね。
きっと、次の高校に行ってもすぐ友達つくれるんだろうな。』





『そっか、こうやって部活が終わった後一緒に帰ったり、テストの点数を競ったり、
もう出来ないのか。』
さっきまでの笑顔が消える。

「今なんて?次って?」

「いや、なんでもない。」

私は食べていたアイスを飲み込み、たじろぎながら平然を装って答えた。





「じゃあまたなー!」

”また”
期限が迫ってきているその言葉に、胸が締め付けられる。
普段私達が別れる交差点まで来たとき、君はいつものようにそう言った。

「うん、またね。」





家に帰り玄関のドアを開けると、リビングからお母さんが駆け寄ってきた。
私は思い出す。
明日は私の17歳の誕生日で、お母さんは仕事の都合で帰るのが遅くなるから、今日が誕生日パーティーの予定だったということを。
和也と長話をしすぎたのか、時刻は20:00を回っていた。
お母さんに急かされながら手を洗い、着替えて席につく。

私の誕生日を祝う曲、クラッカーの音。
無造作に刺さった蝋燭の火を、吹き消した。



プレゼント用のラッピングを丁寧に取り外し、バスボムを1つお風呂に投げ込んだ。
最近は暑くてお風呂なんて気分じゃなかったけれど、今日はゆっくり浸かりたい。
いつもより少し大きめの音量で音楽を流す。
目を閉じて音楽に集中する。
君の顔や声が、頭の中でフラッシュバックしてくる度に打ち消す。
浮かんでは消えゆく君の残像が、焼き付いてしまう。





『ピコン』
無機質な通知音が部屋に響き渡り、目が覚める。
少し離れた机においてあるスマートフォンを眺めながら、私は高速で頭を働かせる。
『お風呂から出てスキンケアした後、寝ちゃったのか。今何時だろ。あ、髪の毛も乾かしてない。』
まだ起きてない身体をゆっくりと起こし、ドライヤーをかける。
タオルドライをしたかは思い出せないが、時間が経っていたからか、髪の毛はすぐに乾いた。


『そうだ、和也に借りてたハンディ扇風機、返さないと。あと目覚ましもかけなきゃ。』
忘れないよう、部活用バッグの中に入れた後スマートフォンを手に取る。

【カレンダー】
  誕生日

その通知と時計が映るスマホのロック画面は、私が17歳になったことを証明していた。
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